- SCP-694-JP-GOI 臑劘<スネコスリ>
- tale“那澤なごむは働かない/西塔道香はときめかない”
- SCP-399-JP“現実酔い”
- SCP-876-JP“ドリンクバー憑き”
- SCP-683-JP“返信の早い男”
- 私的如来観光概要
- 私的“販売員ミヨコ”概要
- 財団版深夜のtale執筆1時間勝負 2015/2/17 “猫宮幸子は分からない”
- 財団版深夜のtale執筆一時間勝負 2015/2/18 “鬼食薬子は働かない”
- 財団版深夜のtale執筆1時間勝負2015/2/20 “ジェット・マロースは疑わない”
- 財団版深夜のtale執筆1時間勝負2015/02/21 ““三姉妹”は答えない”
- 財団版深夜のtale執筆1時間勝負2015/02/22 “紅屋瓶蔵は忘れない”
- 財団版深夜のtale執筆1時間勝負 2015/03/03 “犯促、偽造、暗躍。”
アイテム番号: SCP-694-JP-GOI
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-694-JPの新たな被呪者が発見された場合、即座に拘束し、可能ならば財団の民俗学者と宗教家の監督の元、除呪プロトコルを実施してください。除呪が不可能な場合、クラスF記憶処理によって当該の人物がSCP-694-JP-1となった場合にその被害が他者に向かわないよう、最新の注意を払ったのち処分してください。
SCP-694-JP-1の子孫、親戚筋についてはその全員に、葦舟式怨程度測定指標を参考に、その潜在的SCP-694-JP-1変化傾向度数を測定し、程度Bを超えた場合は処分の対象としてください。
説明: SCP-694-JPは、大戦時に旧日本軍と蒐集院によって共同設立された特別医療部隊(以下、『負号部隊』)における“ツチグモ”隊が関与しているとされる血脈伝来型呪術です。負号部隊の目的1の下、一般的に████として知られる███、及び長野県██村に伝わる民間信仰とを組み合わせ、同村の近辺に古くから伝わる妖怪譚をベースとして作成されたと推測されます。
SCP-694-JPの手段によって「呪われた」人間(以下、SCP-694-JPキャリア)は、その脳が活動を停止するか、不可逆、完治不能の重傷を肉体に負った段階でSCP-694-JP-1に変化します。SCP-694-JP-1となった人間は即死します。
同時に、その死の原因を作り出した存在2とSCP-694-JP-1が目する対象の下に、SCP-694-JP-1が現れます。この際、現れる場所はSCP-694-JP-1の意識/怨意が強く尊重されるようです。この際出現したSCP-694-JP-1はその全長が30〜50センチ程度になるように縮小されており、出現した対象にしか視認できず、実体を持ちません。対象となった人物の報告によると、SCP-694-JP-1は出現時、その手足を丸め、丁度対象の片足、脛部を挟み込むような形で三角座りを行いながら出現します。
SCP-694-JPはこの体勢を保ちながら、出現した対象へと罵倒を浴びせ、己の死について対象を強く避難しながら回転します。
概して、その速度は秒間0.8〜1回転程度であり、基本的には永久に脛部を中心に回転を続けているようです。対象が死亡した場合のSCP-694-JP-1の行方は、対象からのインタビューが不可能である上述の理由から不明です未確認です。SCP-694-JP-1は実体を持たないものの、出現している間、対象は極めて脚部を重く感じ、鬱血や足首の壊疽が併発する場合があります。
また、この異常性はSCP-694-JPキャリアの子孫に受け継がれ、子孫も同様の異常性を有します。財団の除呪工作によって現在SCP-694-JPへの新たな被呪は確認されていませんが、負号部隊の拠点から回収された報告書によると、負号部隊の名目上の解散までに███人の人間がその実験によってSCP-694-JPキャリアとされており、そのうちで消息不明な未確認のSCP-694-JP-1キャリアは██人に登ります。これらの人間の子孫、孫も同様にSCP-694-JPキャリアとされるため、その早急な特定と除呪が求められます。
補遺-1: 1996/04/██に作成されたインタビュー記録
対象: 当時、SCP-694-JP-1キャリアとなった人物の息子、██氏
インタビュアー: 東郷博士
付記: ██氏は当時負号部隊に編入されていた父親を持ち、父が老衰による感染症の併発によって命を落とした際、側で介護を行っていました。
<録音開始>
東郷博士: 今晩は。まだ……その音は続いているようだね。
██氏: ……はい。僕にしか聞こえませんが、まだ父は……こちらに話しかけて来ます。
東郷博士: なんと言っている?
██氏: ……言いたくありません。聞きたくもないんです。
東郷博士: ……そうか。足の具合はどうだ?
██氏: とても重いです。ほんとうに人間が……一人すがりついているかのようです。先生、私は。私は……父がこんなことを思っていたとは信じたくないんです。
東郷博士: しかし、確かに見た目は君の父親なのだろう?
██氏: ……一方的に話しかけてくるだけです。こちらの言うことに気づいているとも思えない。ただ、すごい形相で……叫んでるんです。
東郷博士: ……とりあえず、君を治せるようには努力するよ。
<録音終了>
終了報告書: インタビューから57日後、██氏の右足首が壊疽を始めました。1週間後、██氏は収容室で自殺しました。死体は焼却処分されましたが、遺骨の右足首、及び左足首の骨は火葬後に完全に切断されていることが確認されました。██氏自身がSCP-694-JPキャリアであった関係上、その死の原因となった人物を自分であると考え、死後に自身の死体に現れたと推測されます。これにより、死後であってもSCP-694-JP-1が死体に出現する可能性が示唆されました。
補遺-2: 負号部隊の研究所から発見された文書
咒名-臑劘
星幽面カラノ兵士強化トシテ、死靈ノ行動ヲ制御セムト試ミル
實戰投入以來█年間ハ實用ニ足ル效果ヲ齎シメムケレドモ、██年以降ノ戰況惡化ニ順ジ上官ノ脛二出現ス例ノ漸増ガ報告サル
ヨッテ廢棄處分トス
ツチグモ-星幽體研究班長不破3
余計なことはするな。現在の仕事をするようになって、まず初めに先輩に言われた言葉である。
- 那澤なごむ-0
「あア、楽しみだなあ……仕事は楽しいなあ……」
那澤なごむは名古屋に立っていた。沖縄でひと仕事終えて、サテ居酒屋で好物のフーチャンプルーを肴に一杯4
しようとしていたなごむに、財団から出張命令が出たのは昨晩遅くのことだ。送信されてきたメールには、仕事の内容と、目的地と、同行する職員の名が淡々と記されていた。
「始発で行かないと間に合わない連絡を、前日夜にしますかね本当……沖縄でかわいいシャツを買っておいて正解だったな。お土産のつもりだったのだけれど」
ここ2週間ほど、自室には帰れていない。彼の“才覚”5は功か罪か、彼自身を極めて『便利な人物』として評価させる原因にもなってしまっていた。実際、それが他のエージェントで代替の効くものであっても、仕事は“わざわざ”彼の元に舞い込んできた。
始発の飛行機で沖縄から飛び立ってすでに4時間。昼前の名古屋駅、待ち合わせ場所の金時計の前で、なごむは独りごちた。
今回の仕事はシンプルだ。軽微な異常性の報告があった場所での調査。早ければ今日こそ、自宅に帰れるかもしれない。
- 西塔道香-0
「ウワー、間に合うかこれェ!」
西塔道香は電車に乗っていた。
間に合わない。いや絶対間に合わないこれは。“先輩の威厳”6でなんとかなるレベルをベッコリ越えている。
そもそも私に“7時の電車に乗れ”というのが無茶な話だった。こんなことなら駅前で適当に夜を明かせばよかったのに。あァ駄目だ。ごめんなごむくん。私は1時間は遅れそうです。こりゃ駄目だ。神様、道香はマジで今日こそ財団を解雇になるかもしれません。早寝早起きが仕事の内だなんて誰がお決めになったのでしょうか?
電車が駅に到着する。ここで近畿鉄道に乗り換えだ。西塔道香はとにかく走った。走ろうが歩こうが次の特急は20分後に変わりは無いのだがこう、ほら、とにかく頑張っているアピールを周囲にしておくと何か良いことがあるかもしれない。神様のいたずらで何か起きるかもしれないじゃないか。
「おはようございます道香さん、先輩はぴったり時間通りのご到着ですね、さすがです」
金時計前を走り抜けようとする時、誰かに声をかけられた。聞き覚えのある声、キャラからはちょいと離れた意外に低めの、それでいて丁寧な口調。とっさに私は立ち止まり、土下座をする。こういうのは最初の姿勢が大事だ。
「那澤!申し訳ない、私はこれから近畿鉄道に乗るから、あと1時間少々遅れます!会社にはナイショにしておいてください!」
「いやですね道香さん、今日の集合場所は名古屋じゃないですか」
「エッ、津じゃないの」
「あれ、大変申し訳ありません。僕が送ったメール、間違っていたのかもしれません。何しろ僕の方に連絡が来たのも遅くって」
「えっえっ」
「いや、それでもこちらのミスを見越してきちんと集合時間通りに到着していただけるとは流石ですね。財団の方に確認を取られたのですか?脱帽いたします」
「いや……うん……」
ここまで来てやっと分かった。集合場所は三重県ではなくて、愛知県だったらしい。昨晩送られてきたメールの時点で、まず内容が間違っていたようだ。いや、そんなことはまずありえない。那澤が私の寝坊まで見越して、早めに名古屋に到着するように集合時間を調整したのでは……いやちょっと待ってくれ。そんなことよりも。
「あのメール、なごむが送って来たの?」
「はい」
「……なんで?」
「任務に同行してもらうエージェントについて、担当の方から幾つか候補をいただいたので、僕の方から道香さんに連絡させていただきました」
「……なんで??」
なぜこいつが人事権を持っているのだ。西塔の小さな疑問は、より大きな疑問の前に霧消してしまった。
「あっはっは、そんなことどうだっていいじゃあありませんか」
「そんなことないだろ。一介のエージェントごときが、なんで、よりによって先輩のエージェントを選ぶんだよ、というかなんでお前がメールしてくるんだよ……」
西塔は土下座の姿勢から立ち上がる。こいつはいつもそうだ。いつだって、多少の疑問や違和感を、より大きななにかで覆い隠して来る。
「だから私はお前が苦手なんだよな……」
ここに来て、那澤の服装に目が行く。私服での集合ということだったので、私も適当な服を選んで来たが……
うん。そういう趣味があることは事前に知っていた。いや、実際のところは仕事で何回か会った程度だ。完全に理解していたわけではない。いや、こんなの理解できるわけがない。
那澤に“女装癖”があることは知っていた。しかし、西塔の目の前に立っている彼は、仕事で使う私服、ということで、今日は男性の、清潔感のある大学生のような服装をしていた。
青と白、胸のあたりで色の変わるツートンのアロハシャツに、グレーのハーフパンツ。シャツのあわせにサングラス。しかし西塔はその、チャラい大学生のようなファッション“自体”には目が行かなかった。西塔の目は、なごむの胸元あたりに釘付けになっていた。
ーー例のタートルネックだ。
いや、彼が今着ているのはオックスフォードのツートンシャツであるのだから、タートルネックであるはずがない。しかし、現代ファッションにそこまで造詣の深いわけではない西塔は、それを“例の”を使わずに表現する語彙を持たなかった。
ツートンシャツの、青から白に色が変わる部分。ちょうどなごむの胸元に当たる部分が、ばっくりと開いている。 あまり筋肉のついていない、しかし骨が浮くほどではない薄っすらと脂肪の乗った肋骨が目に入る。きめ細やかな胸元はわずかに艶を放ち、西塔の目を引きつけて離さない。女性がこれを着用したならば、特有の膨らみによって胸元のあたりで露出は終わるのであろうが、男性であるなごむの場合はそうはならない。
空白
空白
ーー乳首が出ている。
うぐーっ。西塔は悶絶した。
アイテム番号: SCP-399-JP
オブジェクトクラス: Safe
特別収容プロトコル: 財団の健康診断によって、年に一度、全ての財団職員はSCP-399-JPへの耐性を検査されます。SCP-399-JPへの耐性が高いと判断された職員についてはその旨を人事ファイルに記載し、人事の参考とされます。
SCP-399-JPへの対処法については、財団によってガイドラインが設定されています。必要な職員はガイドラインをプリントアウトすることができます。
説明: SCP-399-JPは、現在まで確実な対処法の発見されていない、周囲の現実改変によってもたらされる神経疾患です。
20██/██/██以降、財団の手によって任意に現実の改変が可能になったため、以前から報告されていたSCP-399-JPについての詳細な検査が行われました。Dクラスを用いての複数回の実験の結果として、██博士によって発症に至るヒューム値の調査、現実改変への耐性の発見などがなされました。
おおよそ周囲のヒューム値が0.575以上変動した(=現実改変が発生した)際、三半規管への刺激から自律神経の失調が起こり、一般的に認知されている加速度病・動揺病に酷似した症状が発症します。発症のしやすさには個人差があります。
ヒューム値の変動が上記以下である場合も、継続的に低度のヒューム値の変動を感じている場合、SCP-399-JPの症状が出る場合があります。例として、
・大群衆の中に長時間居ることによる周囲の認識不一致による体調不良
・高速で移動し揺れる乗り物の中での長時間の周囲の認識不一致による体調不良
・その他、急激な周囲の状況の変化によるヒューム値の変動による体調不良
が挙げられ、これらは一般的に加速度病・動揺病と呼ばれるものと同義であると考えられています。
ヒューム値の変動によるSCP-399-JPの発症を予防・回復するため、財団によってガイドラインが設定されています。
現実酔いを感じたら
・貴方の周囲で現実の改変、あるいはそれに類する実験が行われているならば、すぐにその場所を離れましょう。・特に思い当たる節が無いのに酔いを感じた場合、何者かによる現実改変がなされている場合があります。些細な事ですが軽視せず、必ず財団に報告しましょう。
・きつすぎる衣服や機動部隊装備などのストレスを感じるものはなるべくゆるめ、肩の力を抜いてリラックスしましょう。
・遠くの風景や、空などのヒューム変動の起こりにくい方向を眺め、きちんと現実を確認しましょう。朝日を浴びるのも効果的です。
現実酔いにかからない強い体つくりのために
・現実酔いにかかりやすいと判断された職員は、現実の改変が起こりやすいと判断される場所に出向く際は必ず酔い止めを持参しましょう。
・睡眠不足や過労の状態ではSCP-399-JPにかかりやすくなります。しっかりと休息を取りましょう。
・規則正しい生活を行い、強いからだとこころを養いましょう。
・リラックスしている時(寝る前や昼休み)にイメージトレーニングを行い、自己の存在や今自分がいる現実について揺るぎない確信を持ちましょう。
しかし、現実の改変によって感覚器官—三半規管が異常をきたすということはさ、我々は無意識の中で、現実改変を感じ取る力があるってことなんだよな。何故だろうか?__██博士
アイテム番号: SCP-876-JP「ドリンクバー憑き」
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル:
説明: SCP-876-JPは、██県██村にておよそ300年前から伝わっていたとされる土着精神疾患の一種です。現在までこれらの精神疾患に罹患した人間の治療方法は確立されておらず、(以下、それらの人間をSCP-876-JP-1から-10と呼称)またSCP-876-JPの特性からSCP-876-JP-1から-10は██村に建設された特設の収容施設にて収容されています。
SCP-876-JPは、自らを「ドリンクバーである」と認識する妄想疾患の一種です。SCP-876-JP-1から-10はそれぞれ別の飲料を担当し、質問には通常通り受け答えするものの一貫して自らを「ドリンクバーである」として対応します。何らかの要因によりSCP-876-JPの影響を受けた人間が死亡した場合、██村の別の別の人間が新たにSCP-876-JPに罹患し、SCP-876-JP-1から-10は欠員の出ないよう補充されます。ごく稀に、██村からすでに移住した人間、またはその子孫にSCP-876-JPの影響が顕現する場合があります。
SCP-876-JPに罹患した人間は罹患後1〜2週間で身体組成が変化し、血液を含む全ての体液が担当する飲み物に切り替わります。SCP-876-JP-1から-10にはこれによって生じるであろう身体の不調は発生しません。SCP-876-JP-1から-10は罹患前の性格に関わらず友好的な態度となり、積極的に自らの担当する飲料を飲ませようとします。以下にSCP-876-JP-1から-10の担当している飲料を記述します。
担当する飲料 | |
---|---|
SCP-876-JP-1 | コーラ |
SCP-876-JP-2 | 烏龍茶 |
SCP-876-JP-3 | メロンソーダ |
SCP-876-JP-4 | アセロラドリンク |
SCP-876-JP-5 | 乳酸菌飲料 |
SCP-876-JP-6 | アイスティー |
SCP-876-JP-7 | 生ビール |
SCP-876-JP-8 | アイスコーヒー |
SCP-876-JP-9 | カプチーノ |
SCP-876-JP-10 | 胃液 |
補遺: [SCPオブジェクトに関する補足情
アイテム番号: SCP-683-JP“返信の早い男”
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-683-JPは一般的な人型収容室に収容し、定期的に健康検査を行います。SCP-683-JPへの不用意な接触、また文字入力の可能な電子機器を収容室周辺に近づけることは禁止されています。
現在SCP-683-JPは薬品によって強制的な睡眠下に置かれており、実験の際のみ覚醒されます。その異常性についての研究が終了次第、即時Dクラスとして雇用されます。
追記: 201█年現在まで研究は継続されています。
説明: SCP-683-JPは、現在サイト-8192にて収容されている身長182cm、体重71〜73kgの日本人男性です。いかなる種類の電子機器であれ、それが文字の入力を行えるものである場合、SCP-683-JPが使用する際にその異常性の影響を受けます。
SCP-683-JPはおよそ一般的な人間がキーボードを打ち込む13〜18倍の速さで文字を入力することが可能であり、スマートフォン、タブレットなどにおけるフリック入力でもまた同様です。観測ではSCP-683-JPがキーボードに指を触れる0.18秒前に打ち込む予定としていた文字がテキスト上に打ち込まれ、SCP-683-JPが使用する電子媒体ではその使用頻度に関わらず変換予測は指定の漢字が先頭に表出します。
SCP-683-JPには低度の精神影響能力があり、複数回に渡って文章を送った相手を自分の意思の下操ることが可能であると実験で確かめられています。
SCP-683-JPは20██年に交際していた未成年の女性を妊娠させた疑いを受け警察に事情聴取を求められ、自宅に所有していたパソコンの記録を調査された際にその異常性を確認され収容に至りました。逮捕されるまでにSCP-683-JPは、異常性を用いて複数の女性および家族に対して監禁及び洗脳、殺人教唆を行っていました。
補遺-ハ: SCP-683-JPインタビュー記録
対象: SCP-683-JP
インタビュアー: 田中博士
<録音開始>
田中博士: それではインタビューを開始します。SCP-683-JP。
SCP-683-JP: はい。
田中博士: ……まず貴方が自身の異常性に気づいたのはいつでしたか?
SCP-683-JP: 多分…大学の頃。レポート書くのが苦手でもう……自分で見ても遅かったから……練習のつもりで、小説を書いて見たんだ……。毎日……寝る前に3時間。だんだんうまくなって…そのうち、打つ直前に文字を……打てるようになった。そこからはもう、進歩はしなかったけれど。田中博士: それで、代筆のアルバイトを?
SCP-683-JP: ……3000字のレポートを仕上げるのに、資料があれば30分もかからなかった。小説一本仕上げるのにも構想から初めて3日かからなかったし。
田中博士: …貴方が最初に人を殺したのはいつでしょうか。
SCP-683-JP: 俺が殺したわけじゃないけど……。警察の報告も手に入れてんだろう?2009年の、生放送を始めてすぐに会った女の子が最初、です。捕まえて、縛り上げたら1ヶ月も持たなかった。学ぶべきことは多かった、けど。
田中博士: 嘘ですね。……貴方、お姉さんも殺してるでしょう?
SCP-683-JP: ……分かってるのか?
田中博士: ……我々は全て把握しています。7
SCP-683-JP: …ウーン、殺しては…いない。そうするように仕向けたのは、多分、俺。上の姉ちゃん…名前は忘れちゃったけど…がまずニンシンして、それを親の前で言うもんだから……俺も姉ちゃんも叱られてさ、それで部屋で泣いてる姉ちゃんに、どっか逃げたら?って言ったんだ。今は…どこでどうしてるか知らないけど。……親父もお袋も、なんも言わなかった。
田中博士: ……上?……って、貴方は当時10歳にもなっていなかったはずです。
SCP-683-JP: 俺はもう出来たし。
田中博士: ……それで……大学を中退してから、その異常性を利用して多くの人間を殺しましたね。
SCP-683-JP: 俺は一人も殺してない。
田中博士: ……罪の意識は無いのでしょうか?
SCP-683-JP: 俺が、やったわけでは無い。
田中博士: ……。貴方はずっとこの部屋から出られません。財団が貴方を確保、収容……保護しますから。
SCP-683-JP: ハハハ……感謝してるぜ、お姉ちゃん。死なないで済むだけでも満点だ。
<録音終了>
終了報告書: 本人はそうとは知らないが眠らせられているからまだマシだ。研究が終わったら直ぐにDクラスとして雇用してやる。__田中博士
補遺-ニ:実験記録-683-JP
引き起こした事件の内容から、SCP-683-JPには低度の現実改変能力、あるいは精神影響能力がある可能性が田中博士によって提案され、Dクラス職員を用い実験が行われました。
実験記録001および002 - 日付201█/██/██
対象: SCP-683-JP
実施方法: SCP-683-JPに命じてDクラス職員宛に複数回に渡りメールを送らせる。メールの中にそれと自身を助け出すように仄めかすような内容を挿入することを命じ、何回目で行動に移すか判断する。
結果: 001では23回の文通の後、002では21回の文通の後Dクラス職員は収容房から脱走、SCP-683-JPの収容室に向かおうとした。
分析: 少なくともSCP-683-JPは十数回のトライでDクラス職員を操った。__田中博士
実験記録003 - 日付201█/██/██
対象: SCP-683-JP
実施方法: 前述と同じ方法であるが、電子メールではなく便箋を用いる。
結果: Dクラス職員は命令に従わない。60回の文通ののち実験を打ち切り。
分析: 電子機器でSCP-683-JPの異常性を用いて行った実験でなければならないようだ。少なくとも電子機器を使用した場合、SCP-683-JPには精神影響の能力がある。__田中博士
倫理委員会による提言: 十数回の文通によって操ることに成功したからといって、それだけでは単に彼に人を操る才能があるとも取れます。紙媒体を使用した際の失敗も、SCP-683-JPが結果を操作した可能性があります。
倫理委員会の提言によって再度の実験が計画されました。
実験記録004 - 日付201█/██/██
対象: SCP-683-JP
実施方法: 前述と同様であるが、SCP-683-JPに電子機器で打ち込ませた文章を別のDクラス職員を用いて便箋に書き写させる。SCP-683-JPには打ち込む文字数を制限させ、また可能な限り早く洗脳を済ませるように命令した。
結果: 文通相手のDクラス職員は16回の返信ののち脱走。SCP-683-JP収容房へ向かった。
分析: SCP-683-JPには電子機器を用いた際に低度の精神影響能力があるものと断定した。__田中博士
倫理委員会による提言:文字数に制限があるとはいえど16回かけて洗脳に成功したというのは異常性とは断定できません。彼には精神影響能力が存在しないと判断します。
倫理委員会の提言を元にさらに複数回の実験を行いました。
実験記録005〜012 - 日付201█/██/██
対象: SCP-683-JP
実施方法: 前述と同様であるが、電子機器を用いての実験と紙媒体を用いての実験を交互に4回ずつ、計8回行った。
結果: 実験005では16回、006では失敗、007では14回、008では失敗、009では15回、010では失敗、011では13回、012では63回の文通ののちDクラス職員は収容室を脱走した。
分析:繰り返し人を操らせる中で、必要とする回数が短くなっている。彼がやり方を学習しているだけ、とも取れるが最終的には紙媒体での洗脳を成功させた。これ以上の実験は危険と判断する。
こいつにはあらゆる手段での努力を二度とさせないように。その異常性は解明出来るならば便利かもしれないが、こいつにやらせるのは無謀すぎる。
インタビュー記録を参考にするとSCP-683-JPには当初早打ちの才能は存在しなかったようだ。それもまた努力の中で手に入れたものだと推測できる。 __田中博士
倫理委員会による提言: 本当にそうでしょうか。単に常識の範囲内でSCP-683-JPが人を操るコツを掴み、上達したというだけではないでしょうか?あるいは単に文字を打つのが早いというだけでは我々に破壊されるということを悟り、複数回実験が行われるように、また自身に異常な上達力があると見せかけんが為に成功するまでの回数を操作した可能性が無いでしょうか。彼が明らかに異常であると判断できるまでの精神影響の、あるいは別の実験を要求します。
却下する。どんな種類の実験であれ、それの結果としてこれにさらなる異常性を与えるまで行うことは安全上看過できない。現状を維持せよ。__ 日本支部理事
如来観光とは、恐らくは江戸時代にその端を発すると推測される要注意団体である。理由は後述する。
彼らは観光会社として様々な異常物品を運用・販売し、他の類似の会社がそうであるように会社としては純粋に利益のみを求めて動く。異常な旅行、異常な観光開発、異常な観光ビジネスを求める顧客・オーナーはしばしば会社のエージェントと連絡を取り、プランニングを頼むであろう。
彼らの性質について特筆すべきなのは、どうやら彼ら自身には異常存在を“産み出す”力はないようだ、ということだ。彼らにまつわるオブジェクトの背景を調査してみると、そのほとんどはどこかの山村や神社から、“円満に頂戴した”痕跡が出て来る。それらを販売・複製することで彼らは利益を得ているようなのだ。
また、あるエージェントの調査によれば彼らはとある巨大遊戯施設の地下に秘密のアジトを保有しているらしい。遊戯施設の地下にアジトを作ったのか、アジトの上に遊戯施設を作ったのかは謎であるが、彼らはそこに、巨大な石像を保存している。おそらく彼らの活動の要となっているものがこれであろうと推測される。
潜入したエージェントによれば、石像を目の当たりにした瞬間、奇妙なことに全身から不気味なまでに強い好奇心、また石像を崇めたくなる気持ちが沸き起こったという。これが一般的なミーム作用によるものか、単純な石像の神聖さ/精緻さによるものなのかは不明である。後述。
エージェントが持ち帰った石像のかけらを調査したところ、この石像は恐らく室町時代終期の技術で掘削されていると推測できた。また、この石像のかけらにも同様の性質があり、見ているものを崇めさせ、また人類の好奇心を喚起するミーム作用があることが確認された。
奇妙な報告として、財団の人文学者によれば人類に一般的に“物見遊山”という目的での“観光”が根付いたのは江戸時代であるとのことである。歴史的に江戸幕府の成立によって、中世期日本各地に設置され人の自由な往来を妨げていた関所を通行手形さえあれば一般庶民でも通れるようになったこと、文化の発達により各地の名所を描いた浮世絵などが人々の好奇心を刺激したことももちろん一般庶民に観光目的の旅が根付いた契機ではあろうが、現在ヒト以外は持たない未知の場所、未踏の場所への興味、冒険心といったものが江戸時代よりある種急に現れ出したということと、この石像の成立とに因果関係があるのかは現在調査中である。また、江戸幕府成立の少し前、西洋では大航海時代に突入しており、これもまた何かの関連があるのかもしれない。
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販売員“ミヨコ”の名を名乗り、主に女性をターゲットに化粧品・美容製品・食品サプリメントなどを販売している人物について財団にその存在が確認されたのは最近のことである。女性をターゲットに活動こそしているものの、彼女(?)の販売するアイテムはおおよそ女性の味方とは考えにくいアイテムがほとんどである。彼女の足取り、活動などは彼女とメールや電話にてやりとりを行った顧客の残存データから端々を読むことが可能である。
複数の報告から、“ミヨコ”なる人物については恐らく存在するであろうことは確認できるものの、それが実在の人物であるのか、はたまたまったく架空の偽名であるのかについては不明である。またSCP-187-JPの存在からもその実在は疑問が残る。いわば赤マントや口裂け女、人面犬(これらはすでに財団に収容済みではあるが…)に連なる、現代の口伝、風説の流布が生み出した怪人カテゴリーに属する生命体なのかもしれない。
「ありがとうございましたーっ」
猫宮幸子は運転手に一礼し、タラップを降りた。
一日に4往復のバスより他に移動手段の存在しない、まだちらほらと道端に雪の跡が残る山奥の村に彼女が向かったのは、嫌味な兄貴からついに永遠の逃亡をし仰せた訳でもなければ、実家の墓参りでもない。
仕事である。
「えっと?こっち?」
バスの中で一通りの地図は頭に入れてある。なるべく目立たぬように、と愛車は駅前に置いてきた。さすがにこんな山村にドゥカティ— Monster 1200 S stripe—を持ち込んでは、エージェントとして失格にもほどがあだろう。
というか、そもそも彼女がそのちゃきちゃきとした見た目に反してバケモノみたいなバイクを使いこなしていること自体が、そのうちどこかから怒られそうな事案ではあった。
「やっぱり寒いな…スニーカーの下にもう一枚靴下履いてくればよかった」
一般的な女性にしては多い独り言を喋りながら、彼女はバス停側の階段を降りた。いかにも農道といった雰囲気の道を通り抜け、少し集落の中を歩く。なるべく目立たないように、しゃなりしゃなりと集落を抜けて行く。やがて目的地— 人気のない廃屋である—到着すると、猫宮は人目につかない所に荷物を降ろして仕事の準備を始めた。
一度コートを脱ぎ、ワイシャツも脱ぐ。すこし震えながらアンダーウェアの上に耐ショック性のウェアを重ね着し、ワイシャツの襟に緊急用の小型ナイフと通信装置が縫い付けられていることを確認。動作するか一度スイッチを押す。
「あーあー、11:34、てすてす。聞こえていますか?」
「はいOKです。本日はよろしくお願いします」
耳に取り付けたイヤホンから落ち着いた声が聞こえたのを確認してから、全て着直す。レザーパンツの尻ポケットに私物のICレコーダーを突っ込み、セカンドバックに幾つかの装備を入れ直すと腰に巻いた。スニーカーを脱ぎ、ソールをナイフで剥がす。内側にきちんと小型の拳銃が収まっているのを確かめて、靴とセカンドバックの中身が映るように1枚、そしてそれを全て着用した自撮りとで2枚、写真を撮って財団に送信した。
「はい確認が取れました。11:46、猫宮幸子さん、座標FL-0944652、SCP-46651-Provisionallyの内部調査をお願いします。この調査は財団倫理委員会の承認済みであり、エージェントの方には意図された、無闇な危険がないことが確認されています。猫宮幸子さんは財団の指令に基づき、強制ではなく自らの意思で調査に向かっていますか?」
「はい。私が行きたいから調査に来ました」
「確認が取れました。潜入中、20分以上定期通信が送られなかった場合、音声記録の録音が前触れなく途切れた場合、財団は貴女の身に何かが起きたと判断し、適切な行動を取ります。宜しいですか?」
「はい。大丈夫です」
「確認が取れました。それではよろしくお願いします。」
猫宮は最後にもう一度、全部の装備が整っていることを確認してから目的地の扉の前に立った。軽く深呼吸をしてから、廃屋の扉を開ける。
「いらっしゃいませー!一名様ですかー?」
「は、はい」
「おタバコはお吸いになられますかー?」
「あ、はい。お願いします」
「かしこまりましたー!喫煙席ワン、一名様入られまーす!」
廃屋は、その外見とは裏腹に何やら明るい、一般的なカフェの様相を呈していた。
猫宮幸子は喫煙席に座ると、周囲を見渡す。窓の外を見ると、それまで居た外の雪景色ではなく、何処か都会のような風景が広がっていた。
「あぁ、入りましたー。外は都会のような風景に見えます…椅子は普通のソファ、一応欠片を持ち帰ります」
「了解です。前任のエージェントの報告通りですね。トイレに向かってもらえますか?」
「はい。…えーと、トイレに着きました。便座も個室も、特におかしなところはありません」
猫宮はスマホで幾つかの写真を撮ると、席に戻った。店員(?)が注文を取りに来たのでサマージュースを頼む。注文が運ばれて来たところで、猫宮はレジに向かった。
「ありがとうございますっ!」
「あ、いや、会計じゃないんですケド」
「何かございましたか!」
「え、えーとあの、こちらの方にすこしだけお話を聞かせていただきたいと思いまして」
「かしこまりました!お席にて少々お待ちください!店長を読んでまいります!」
猫宮は席に戻り、タバコを一本吸った。サマージュースには一応警戒をして口をつけない。しばらくすると一人の男性がこちらにやって来た。
「何かございましたでしょうか?」
「はい。一度お話を聞いておこうと思いまして」
「…警察の方ですか」
「うーん、はい」
「…私達はどうなるのでしょうか」
「いや、えーと「私達はここで静かに喫茶店を経営しているだけです。特に何も、ご迷惑をお掛けするようなことはございません。天地神明に誓ってです。こちらに流れて来てから3年、やっとお得意様も出来て来たところなのでございます。こちらの噂が広まってはまずいと気を利かせてくださる素敵なお客様達です。どこからお話を聞いたのかわかりませんが、何卒…お願いいたします」
「…」
猫宮幸子は無言で席を立ち、トイレに向かった。音声受信をオンにして、オペレータと会話を行う。
「基本的には事前の情報通りですね。どうしましょうか?いちおう、拘束の用意は持って来て居ますが」
「彼がこの座標の異常性の基準になっていることは事前調査で確認済みです。今回の潜入調査でインタビュー記録も取れました。これらを総合的に判断し、財団が決定を下すはずです」
「わかりました。私からはAnomalousを進言して居たと伝えてください」
「かしこまりました。それでは、そのままご帰宅下さい。本日は直帰で大丈夫です」
「わかりました」
猫宮が席に戻ると、まだ男性は席に座ったままであった。
「処分は…どうなるのでしょうか」
「私にはそれを軽々に話す権利はありませんし…未だ決定はしていません」
「あなたはきっと、警察…とかそういうものよりも、もっと恐ろしいものなのでしょうね」
「そうかもしれませんね」
「私達は…殺されるんでしょうか?」
「分かりません」
「この店は…畳まなければならないのでしょうか?」
「分かりません」
「ウチのお得意様も…何かをされてしまうんでしょうか?」
「分かりません」
「…そうですか……貴女が先ほどから飲み物に手をつけないのも、吸えないタバコを無理に吸っているのも何かの司令なのでしょうか?」
「…分かりません。私には、何も、分からないんですよ」
猫宮は、そう言うと椅子に座り、一気にサマージュースを啜った。
「ごちそうさまでした。お勘定をおねがいします。」
「これ食べんのん?」
「はい。宜しくお願いいたします。」
セクター・8192食堂に併設された、料理長私室に、二人の女性が佇んでいた。一人はこの部屋の持ち主、鬼食。もう一人は“1/4研究員”こと、田中伊藤研究員である。
「いいけどさー、なあにこれ?うまい棒?水?味ってさ。わっちは確かに“何でも”食べられっけどさー、美味しくないのは嫌よん」
鬼食はいたずらっぽく田中伊藤の方を向いた。
「一通り、研究は終わっているのです。内容の成分もほとんど一般のものと変わりないことが判明しています。恐らくですが、毒もありません。今回の試食は一応の確認でして」
「答えになってなーい、ね。わっちは美味しくないのは嫌って言ってるんだよう。仕事だから、とは言ってもね」
あぁ、なるほど。
田中伊藤は理解した。この少女— 少女なんて冗談でも言えない年齢では有るはずなのだが—はあれだ。いわゆる“めんどくさい時の料理長”モードに入っている。朝食を食べ損ねたか、新料理の開発がうまくいかなかったか、ワシントン条約で禁止されている生物の肉を輸入しようとしてまたぞろ銀襟さんに見つかったか、原因は分からないが。
「うひひひひ。そんじゃーそこに置いといてよー。また今度食べておくからさっ」
「うっ」
それは困る。なんだか、食べないで適当なことを報告されそうな気がする。私の目の届かないところで、彼女がどうするかなどわかったものではない。
「と、とりあえずAnomalousアイテムの詳細だけでもお願いします」
まるでナンパ師のようなセリフを言いながら、伊藤はカバンからタブレットを取り出そうとした。鬼食に“食堂”のほうへ行かれるのはまずい。もうすぐ昼時だ。彼女は料理に関しては決して譲らない。「お腹すかせてるんがいっちゃん辛いからね!」が口癖の彼女が。もし。外に並んでいる“職員”を見てしまったら。
『あはは、ごめーんねいとっちゃん。また今度!わっちは忙しいんだぜ』
とかなんとか言われてしまうに違いない。
「あの、鬼食さん、これだけでも…つぁ!?」
慌てていたのだろうか、椅子の脚に伊藤の左足が絡まる。前のめりに倒れそうになり、田中伊藤はカバンから取り出したタブレットを思いっきり鬼食に向かって投擲してしまった。くるくると宙を舞ったタブレットの角が、鬼食のこめかみに突き刺さる。
「ぎゃおん!」
「あっ!すっみません!!ほんと!申し訳ないです!!うっわー鬼食さん!血が!ヤバイ!ティッシュ持ってきます!…持ってきました!さーっせんした!ッス!」
「…いとっちゃんテンパると体育会系が出るね…あつつ、っつー…酷いことするなぁ…血が出てるから料理は無理だな…ブドウ球菌が…」
鬼食はどこからか取り出した包帯をくるくると頭に巻きながら、タブレットを拾い上げる。
「ヘイ、お嬢さん、落としたぜ」
なぜ急にダンディな口調になったのかは分からなかった。照れ隠しかもしれない。
「いえ、こちらこそすみませんでした…本当に。本日はここで一旦帰らせて頂いてまた、後日きちんと依頼させていただきます…うわ…画面が割れちゃってる」
思いっきり地面に落ちたタブレットの画面はひび割れ、特に画面の下半分は真っ黒になってしまっていた。
「うっわー、えらいこっちゃーだねこりゃ。こりゃ…ううん?」
こちらを覗き込んでいる鬼食の目が固まった。驚いたような顔をして、何やらブツブツと呟いている。
「…っで……E………肥大…………ううん……?……」
「お、鬼食さん…?」
「……決めた!決めたよいとっちゃん!アタシ食べる!そのうまい棒食べるよ!概要を見せてくれてありがとう!サァ持ってこい!うまい棒なら大好物だ!!100本だって食ってやろうぞ!」
「ぅぇ!?は、はい?」
「食べるってんだから食べるんさー!早く持ってきて!わっちの気が変わらんうちにさ!これか!これを食えばええのんか!?」
興奮した口調で、鬼食は椅子に座った。一度合掌、大きな声でいただきますと唱え…怒鳴ってから、机の上の『うまい棒 水味』に手を伸ばす。
「バリバリバリバリ!ドガガガガ!!ガシャーン!!ブッピガン!ブッピガン!ウィーンキュルルル!キュゥッ…………バゴーーン!!!」
世界の終わりのような音を立てながら、鬼食は机の上のうまい棒を物凄い勢いで食べ始めた。みるみるうちに包装紙が積み重なってゆく。
「完食!ごちそっさまでしたァ!」
「あ、ありがとうございました。して、お味のほうは…」
「問題なし!水ってか塩?海の水の味がすんね。他の人が食べても問題ないぜ」
「り、了解しました。本日はありがとうございました…では私はこれで」
「ヘイ!待ちな!」
「ハイ!なんでしょう!」
「今日のアタイはなんだか気分がいい!Anomalous保管庫にアタイを連れて行きな!まだやってなかった試食、全部済ませちまうぜ!ほらほら!ほらほら!」
なんだこいつ。頭を打ってついにおかしくなったか。
しかしとりあえず、物凄いやる気を発揮した鬼食を止める道理もなく、伊藤は鬼食をAnomalous保管庫に案内することを上司に報告した。
提案は承認され、鬼食にその旨を伝える。鬼食は何やら歌を歌いながら先に走って行ってしまった。
「っと…うわー、しかし本当にタブレットどうしよう…お兄ちゃんに怒られちゃう…」
タブレットを机から拾い上げると、何やら裏にぬるりとした感触を感じる。
「…?なんだろ、これ」
タブレットの背面に、何か塗られている?
いや、血か?うーん?…ローション?いや莫迦な。なんでそんなものが。
「…まあいいや」
タブレットをケースに入れる。田中伊藤は、鬼食の跡を追った。
Anomalous-JP No.78
説明:うまい棒 水味。
回収日:20██/██/██
回収場所:都内ディスカウントショップ██████████駄菓子売り場。
現状:完食。
厳密には海洋深層水味でした。―伊藤研究員
Anomalous-JP No.79
説明:Eカップサイズのブラジャー。装着者の胸部をブラに適したサイズまで肥大化させる██████████████████████
███████████████████████膨らむ█████████
回██████████
回収██████████購入。██████████不明。
現状:██████████
██████████―████
春先の有る日。研究室を抜け出して中庭の桜の下で一杯やっていたマロース博士がそれを見つけたのは既にアブソルヴェントを2.3本空けた後のことであった。
半袖のシャツにカーゴパンツ。キャスケットを被った5〜6歳ごろの少年。それがいつからか、マロースの後ろに立っていた。
少年の目は暗く、値踏みするようにこちらを睨みつけている。
「よう!どうした少年よ、迷子か!」
「…」
少年は答えない。
「我輩はマロース博士!ウォッカとテキーラ、ウイスキーが大好きな愉快な博士だ!ソビエト崩壊よりこの財団に身を寄せはや██年!!特別御意見番兼博士として勤務してやっておる!時に少年よ、君は誰だ!保育所ならばここを真っ直ぐ行って右!三本目を左!一階上に上がって二つ目の部屋!そこを出て廊下を西…西…西に向かってまっすぐ!突き当たりを降りて今いる中庭のそこのドアから出て来られる!そしてそこからこ〜うぐるっと迂回!道なりに真っ直ぐ進んで行けば、君の本来おるべき場所に辿り着くであろう!このセリフ、心に深く刻んでおくと良い!セレクトボタンでいつでも思い出せるぞ!」
渾身のユーモアを織り交ぜた愉快な挨拶を受けてなお、少年の態度に変化は見られなかった。
マロースは少しだけ困った。
「少年!なあ少年よ!!そのような灰色の目をするでないわ!世が世なら不敬罪にて捕まっておるぞ!」
「…」
「…」
少年はピクリとも動かない。変わらず、暗い目でこちらを睨みつけている。
「仕方が無いな!我輩は財団勤務のマロース博士!スネグーラチカには程遠いようなお前の態度も多めに見ようぞ!ついてくるが良い、保育所までの道はそれほど長くはない!」
「…」
マロースは答えを待つことなく、子供を抱え上げた。後期高齢者にさしかかろうという年齢にもかかわらず彼の肉体はそれを微塵も感じさせない。
「ホッホォ!我輩は冬の男!少年よ、寒かろう!」
「…」
「のお!ソビエトの冬よ!冬将軍の権現よ!寒かろうのう!少年よ!」
「…」
「我が息は吹雪の風!ゴダールは“子供達はロシア風に遊ぶ”という映画を撮ったが、ワシに言わせればちゃんちゃらおかしいものよ!ロシアの風に子供が遊べるものか!いや、内容はどうであれな!」
「…」
「着いたぞ少年よ!ンン…ェヘン!ェヘン!!我輩こそは冬将軍、ロシアの北風の権現マロース博士よ!保育士殿よ!こちらに一人、貴殿のィヤスリーから零れ落ちた少年を連れて参ったぞ!ェヘン!ェヘン!誰かおらぬか!」
「…」
「誰か!誰か!…んぬ!?少年、少年よ!何処へ行った!?保育所はここだ!おい!」
いつの間にかマロースの腕の中から消えていた少年は、少し離れた場所でポケットを漁った。小型のICレコーダと、メモ帳、鉛筆を取り出す。
「…ジェット・マロース。きん務中に飲酒。監査官に対しては一方的かつ高圧的に話しかけ続け、その正体に対し油断し切っての行動が目立つ。めいていしていたとはいえやや注意欠かん。対応として“見るからに怪しい態度”を取ったが、まるで疑わず。功績をかんがみても一度厳じゅう注意を進言…保井虎尾」
「何を消しているんですか?」
ガスマスクの中に声が響く。長女は答えない。
「すみません、どちらに向かわれているのですか?」
長女は答えない。何も喋らず、余所見もしない。静かに廊下にいる男の後ろに忍び寄っては、首に手を絡める。スプレー缶を口元に当てる。耳元で小さく「貴方は転寝をしてしまっているのよ」と呟く。倒れこんでくる彼らの肉体をそっと抱え、地面に寝かせる。次。次。また次。
「あの、すみません。私の声は聞こえていますか?」
長女は答えない。廊下を進む。後ろから、二人の女性がついてくる。
「あの、あの」次女は何も話さない。長女を押しのけ、階段を上る。何人かの機動部隊隊員とすれ違うが、すれ違いざまにまとめてエアロゾルの詰まった煙幕を投げつける。「あらァ、俺たち気絶しちまってたみてェだ」
彼らを抱え上げ、踊り場にもたれかからせる。次女は何も言わない。
「すみません、それ以上近づかないでください」次女は答えない。階段を上る。後ろから二人の女性がついてくる。
「今すぐその場で止まってください。別サイトに連絡し機動部隊がこちらに向かっています」三女は動じない。廊下を突き進む。横から一人の背広姿の男が飛び出してくる。即座に首筋に手刀を打ち込む。男は意識を失って倒れた。記憶処理は施さなかった。「来ないでください。あの」三女は何も言わない。
ふいに長女が走り出した。一瞬遅れて、次女と三女もそれに続く。“三姉妹”はお互いに押しのけあいながら、廊下を突き進んだ。
最初に到着したのは次女だった。三女と長女が追いつく前に、急いで部屋の中に入る。部屋の中には一人の男。怯えた目でこちらを見ている。
「な、なんなんですか…?あの…通信室に…?というか、僕に…何の用」
次女は彼の前に立った。しっかりと直立し、ポケットに手を突っ込む。空いている片方の手でガスマスクを取った。職員の誰にも見せたことの無い顔。後ろでドアが開く音が聞こえた。長女と三女だろう。次女は少しだけ後ろに気を遣いながら、息を吸う。ずっと言うつもりだった一言を、口から吐く。
「あの…これ、チョコレート…です。…好きです」
サイト-8192で一件の葬儀があった。身寄りのないエージェントと、機動部隊員と、表向きは社会からいなくなったことになっているDクラス職員と、あまり表に出せない職員たちのためのものだ。皆忙しかったけれども、そこはなんとか都合をつけて集まるのが通例となっていた。簡素、かつ合同のものではあったけれども、そんなことは関係なく職員は割にこの葬儀には参列していた。
「あたし、けっしてそっち方面の専門家じゃあ無いんですがね、いいんですかね」
紅屋瓶蔵は控え室で呟いた。
「良いんですよ。紅屋さん。こんなものは所詮遺されたもののための儀式ですし、また生きている職員に財団が残酷な組織ではないことをアピールするためのパフォーマンスだ。まさか貴方も、死後の世界とか極楽とかを信じている口ではないでしょうな」屋敷信正—屋敷博士がそれに応える。
「あんた宗教学者でしょう。そこまで言いますかね」
「だからこそ言えるのですよ。わざわざ記憶処理まで使って坊さんを読んでくることは無い。それらしく見えれば良いのであって、それでパンピー職員は何だか死者をあたたかく見送った気分になる。それで良いのです。袈裟を来たヨボヨボのジジイが前に出て来て、それらしく喋って、それらしく祈る。その所作こそが大切なのですよ」
「へぇ」紅屋は分かっているような、分かっていないような声を上げて頷いた。
「…それでは、あたしは少しお手洗いに行ってまいります。直ぐに戻ります」
「便器に座ったまま死なんで下さいよ。いい迷惑だ」
「言いますね」紅屋は控え室を出て、サイトの廊下を歩く。手近な手洗いに入り、個室で用を足した。すると、彼の耳に何かの噂話が聞こえてきた。
「…骨は無いんだな」「…そうだね」「どっかに行っちまったんだっけ?穴に落ちて。仕方ないけどさ、遣る瀬無いな」「…いなくなった…ってことだよね」「又中クンは?」「…98サイトに出張。多分、来れない」「…死にたくねぇなあ」「……そう、だね」
葬儀の参列者の会話だろう。少し気になって、紅屋は個室に座ったまましばらく聞いていた。エージェントと思われる二人の共通の友人。ポータルオブジェクトに飲み込まれ、ついに帰ってこなかったらしい。
しばらくそこにいると、彼らの後に手洗いに入ってくる人々の色々な話が聞こえて来た。怪物に引き裂かれた機動部隊員。収容室で隙を見せたがためにとんでもない死に方をしたDクラス職員。どれもが現実離れした、およそ普通の生活をしていては経験することのない死に方であった。
「本当にいいのかねえ…」
紅屋はかぶりを振って便器から立ちあがった。廊下を歩いて来る途中で、こちらに向かって歩いてくる屋敷博士に出くわす。
「あんまり遅いのでついに逝ったかと思いました」
「年寄りは便所が近いだけですよ。しばらく出られませんから、多めにしておかないとね」
「デリカシーのかけらもありませんな。大人ですか?」
「うふふ」彼の言葉はいつだって刺々しい。それが己を異常の嵐から守るための精一杯の鎧であることを、紅屋は知っていた。
「屋敷さん。あなたは…死にたくないでしょう」
「それは、まあ当然です。生きているものならば皆当然でしょう。私はヒトなんです。人として生きて、あくまで人として生き延びます」
「誰か特定の人を思い浮かべています?」
「…ご想像にお任せします」
「…本当はどうなのでしょう」
「と、言いますと」
「あなたは怖いのでしょう?自分が分からないものが。自分の知らないものが。自分を越えて行くものが。だからそれを研究した。神を、儀式を、宗教を。だからあなたはいつだって、ヒトを越えているかもしれないものに対して厳しいのでは無いですか」
「…不愉快です。いや、気分が悪いですな。あなただってそうなのではないですか。こんなところにいつまで居るつもりなんです?離れるのが怖いのでしょう。未知の世界の入り口の横から離れたら、いつ、そこから出て来て、いつ、そばに来たのかわかりませんものね。その老眼と、遠くなった耳で」
「…否定できませんねこりゃ。…みんな、同じなのかもしれませんね。だからこそ、私たちはとりあえずは仕事をしなくてはいけない。ここに残るために」
「…間も無くお時間です。袈裟を着直して下さい」
葬儀会場までの廊下を歩きながら、紅屋は少しだけ考えた。この葬儀もまた、その一つなのではないかと。死にたくない。財団に居る職員ならば皆そう思っているだろう。それは一般社会で生きている人々と比べたら幾分か大きな気持ちなのかもしれない。だからこそ、彼らは死を実感するためにここに集まって来る。財団職員に限った話ではないが、この葬儀が定期的に行われている理由が少しだけ分かった気がした。
「紅屋博士。こちらになります。…では…最後の別れを、よろしくお願いいたします」
「了解しましたよ。…ェハン。失礼いたします」
ドアをくぐる。見知らぬ職員たちがこちらを一斉に振り向く。彼らに一礼し、部屋の前方にある簡素な祭壇の前に座る。棺が置いてある職員もいれば、写真が飾ってあるだけの職員もいる。おおよそ死体が入りそうにもない、小さな小箱だけが置いてある所もあった。
「…?」ふと目がひとつの写真に止まる。紅屋の目が、隣の写真に、棺に書かれた名前に、死者の一部分だけが収められた小箱に映る。
それは、紅屋のかつての教え子達であった。覚えている。自分が育てた名前を覚えている。そんな職員の名前が、紅屋の眼前にちらほら、広がっていた。
「屋敷博士…やはりお人が悪いです」
こんなものは所詮遺されたもののための儀式だ。屋敷の言葉が頭の中で反響した。
紅屋の後ろに座っている職員たちが、固まってしまった紅屋を心配してざわついた。自分の知っている名前が前に置いてある。自分の知らない名前が後ろに座っている。
「みんな…慕われていたんですねぇ」
手を合わせる。後ろの職員がそれに続く。
「合掌。そして、祈りを」
「ビデオカメラが撮影を開始!直ぐに確認に向かいます!」
雛形が机の上の鍵を引っ掴み、スタジオを飛び出す。パソコンと睨めっこをしながら、僕たちは取り敢えずコーヒーを淹れた。
「よーし、直ぐに現場周辺の住民調査の結果を当たれ。どうだ。」
僕は手元のタブレット端末を操作し、検索を行う。
「居ました。42歳男性、実家にて8年前から引きこもりを開始。使用しているインターネット回線の記録からは小児性愛と欠損嗜好の形跡が確認できます」
「十分だ。直ぐにエージェントを現場に向かわせる。3人で良いだろう。くれぐれも住民に気づかれるなよ」
中山室長が携帯電話で付近に張り込んでいたエージェントに連絡を取る。しばらくして、雛形から着信があった。
「こちら雛形。犯行現場が撮影されたことを確認しました。撮影者を一瞬気絶させ撮影記録をコピー、完了して居ます。直ぐにそちらに送信いたします」
スタジオの共用メールボックスに、数十MBのデータが送り込まれてくる。
「よし、仕事の開始だ!」
僕は手元のCG編集ソフトを起動する。エージェントが撮影してきた男性の画像を元に、30人がかりで超速で男性の3DCGモデルを作っていく。向こうのテーブルでは1000人体制で犯罪行為が撮影された現場、そのもののモデルが作られていることだろう。
「出来ました!」「こちらもOKです!」
完成した3DCGモデルを並べ、さも男性がその犯罪を犯したかのように見えるよう、映像を編集していく。監督が横で確認し、違和感のある部分を全てピックアップして編集班に回す。
編集班はPhotoshopで指摘された細々とした違和感を手作業で修正して行く。ここが最も手間のかかる作業だ。割かれる人員も多く、時に中国のスタジオに一部仕上げを外注することもある。中山室長は「向こうの奴らは仕上げが雑だ」と言ってあまり彼らを好んで雇用しようとはしないけれど、僕の目には十分な仕事ぶりに思える。
「出来ました!直ぐに焼きます!」
田中さんが出来上がったデータを送信し、ビデオテープに完成した「犯罪映像」を録画する。予備も含めてダビングしたところで、帰ってきた雛形さんが目的地までとんぼ返りをした。
「エージェントに記憶処理薬を持たせているだろうな」
「大丈夫です。…任務、完了しました」
スタジオに安堵のため息が充満する。
このスタジオがいつから存在しているのか、そんなことは僕たちにはどうでもよかった。ただ僕たちは「カメラ」で犯罪の映像が取られた時にそれを直ぐに回収し、それに合わせて最新のCG技術で偽の映像を作る。それだけだ。そんなスタジオが全国に幾つもあって、それらは全部まとめてただ、「財団」と呼ばれている。似たような名前の小さな組織が同じく在るらしいが、そんなものに僕たちの技術がばれるものか。ばかばかしい。