差前代理人のアタッシュケース

俺は合志、レベル0のSCP財団職員だ。詳しいことは知らないが、俺の職場は世界の平和のために活動してるらしい。
いったいこの世界にどんな脅威が潜んでるのか俺には知る由もない、だがこの世界がどこかゆがんでいるのは判る。俺の仕事は死者の管理、といっても墓守や葬儀屋じゃないし、ましてや死神でもない。
ただ単に実験や事故、何らかの戦闘によって死んだ職員の名前を記帳するだけ。うんざりする仕事だ。IDに「D」が付いた職員の死亡記録は毎日必ず目にするし、時には食堂で目にした偉そうな爺さんの名前を知ることもある。全国津々浦々から届くあまりにも簡潔な死亡報告書、時にはわざとらしい「原因不明の事故」の文字。目の前にある紙切れより安い命が今日もどこかで財団のために散っているのだろう。
だがこの仕事で一番気が滅入るのはそんなことじゃない。数年…時には数ヶ月に一度、報告書の中にあの名前が入る。

「神山」

今日も届いた。重複がないかチェックをしなくてはならない。しなくては、ならない。
フォルダを開き、「検索:神山」… … …searching

神山仁志 神山翔太 神山陸 神山大和 神山樹 神山太一 神山優斗 神山一郎 神山仁史 神山颯太 神山亮 神山悠馬 神山大地 神山隼人
神山龍之介 神山純 神山啓太 神山博人 神山剛 神山葵 神山太陽 神山亘 神山結城 神山圭吾 神山海 神山大河 神山学 神山春 神山旬
神山涼 神山学 神山一樹 神山雄大 神山巧 神山勇人 神山渉 神山鼎 神山外郎 神山豊 神山研 神山藍 神山薫 神山幸平 神山正太郎
神山健… … … … searching


機械仕掛けの水槽の中に一匹のニホンカナヘビがいる。じっと動かない。寝ているようだ。

「███!███!しっかりしろ!」
「いやぁ…ボクはもうあかんわぁ…。今日まで生き恥さらしてもうたけど…みんなかんにんなぁ。こんな体になってもぉて…これでみんなも楽になってな…、」
「何を言うか███、貴様はお国のために戦った、英雄ではないか!貴様がどのような姿になろうと、俺たちは…。」

「へぇ、アメリカさん。なんですの?ボク確かに君たちとドンパチやったけど、もう裁判にも出れへんで?」
「No…We did not come, in order that we might pursue war responsibility.
「ごめんな、ボク確かに諜報やってたけど英語苦手やねん。だれか日本語しゃべれへんの?」
「申し訳ないMr.███。私たちは戦争責任追及のために来たのではありません。」
「あら、随分流暢やねぇ…ほな、なんでボクに会いに?」
「貴方は優秀なエージェントと聞いています。私たちは随分と苦しめられました。」
「それもあの強行偵察までやけどね。」
「またあのときのような…いえ、それ以上の肉体が欲しくありませんか?」

「ああぁぁぁぁっぁっぁアっぁぁぁァァアァあ!
「Crow! Crow! what he is f███ing!? you told us ”He has aptitude. ”!?」
「I guess 682 has too many black box yet.」
「なん…や。ボクえイごわからンネン…どないなっとるんや…。あカ ん意 シキが…。」

水槽の中でニホンカナヘビが目を覚ます。まだ寝ぼけているようだ。


後何人かこういうの。


摩天楼を見上げるこの路地裏は、空に煌く人口の星々とは裏腹にじくじくと痛む涙がしみこんでいる。
社会からはじき出され、泥水をすするような生活を余儀なくされたものたちは、文明のカリガチュアとでも言いたげなあばら家に住まう。
一際薄汚れた、トタンの寄せ集めとしか言いようのない住処に一人の老人がいた。もう何年も、もしかしたら生まれてこの方風呂になど入ってないのではないかとおもうほど彼の髪は脂にまみれ、もはや顔を見ることも出来ないほどに伸びきっている。よく見えないが、きっとメソアメリカ出身なのだろう。この街にはどこにでもいる、夢破れて久しい。
生きた清掃モップは…どうやら眠っていたようで…不意に起き上がりまるで喉を締め付けられた鶏のような嗚咽を上げた。

「あぁ…兄が死んだ…私もまた兄のように…。」

何かが軋む音がした。途端に肉が爆ぜた。苦しみの声押さえつけ、彼は見えざる力にかき回されるかのように身悶えた。肉体の欠損と再生を繰り返し撒き散らされた肉片と血液で、いまや彼のライナスの毛布はむしろ上等なベルベットのように輝いている。

「兄が死んだ…お世話になっていた方へのご挨拶と…。」

漁師の網のごとき髪はすでに抜け落ち、代わりにまるで洗い立ての黒髪が生えていた。

「その前にこんな格好ではいけない。体を清めて、スーツを仕立てて。」

いまやそこには生きた屍はおらず、代わりに細身のアジア人がいた。

「そしてサンドイッチを食べましょう。」