「エージェントが知るべき化学分析の基礎」
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81地域ブロック新入職員へのパンフレット

エージェントが知るべき化学分析の基礎


概説

 本パンフレットは、財団という特殊な組織に参加することとなった新人エージェントに対し、定性分析における基礎的な注意喚起を「研究員の立場から」行ったものです。私たち財団は異常なオブジェクトに対し科学の知識を以って対抗しますが、真っ先にオブジェクトに対応することになるエージェントが科学の知識を持っていないという場合は少なくありません。そして今までに科学に対する無知により悲惨な事故が何件か起こっています。本来であればエージェント全員に財団科学部門用の映像授業などを視聴してもらうのが一番なのですが、それ以外にも多くの技術や知識を習得しなければならないエージェントに対してはこうしたパンフレットにより心構えを周知してもらうほうが遥かに建設的というものです。

 本パンフレットで取り扱うのは、化学分析──解りやすく言えば「あるサンプルにどんな成分が含まれているか」ということを調べる方法についてです。多くのSCPオブジェクトの報告書、特に初期収容時に作成される報告書では「未知の素材」という言い回しが使われていますが、後の調査により機知の物質であった例は意外にも多いのです。科学部門の担当者はサンプルをよくわからない方法で特定していると思われがちですが、実際に行っている手順は比較的単純なもので高校化学の範囲で可能なものもあります。多くのセーフハウスに備え付けの基礎科学キットの使い方を知っていれば、あなたがオブジェクトと対面するときに最悪の選択をする可能性を下げることができます。例えば、金属元素が含まれている物質に触れさせてはいけないとされているオブジェクトがあったとしましょう。このとき、偶然にも岩塩が接触し何も無かったとしましょう。実際は岩塩の主成分は塩化”ナトリウム”であり、ナトリウムは金属です。岩塩の主成分が食塩、つまり塩化ナトリウムであることを知っている人は多いでしょうし、ナトリウムが金属であることは元素周期表を見れば解ります。そうすれば、「金属元素が含まれている物質に触れさせてはいけない」というオブジェクトに対する予想は一部間違っていたとわかります。忘れてはならないのは、完璧な分析結果をあなたが出す必要はないということです。財団科学部門は必要とあらば人類が今まで作り出してきた物質解析の手法をすべて試すことができます。ですが、初期収容の時点でオブジェクトの化学的・物理学的な特性がある程度判明していれば素早い対応が可能です。

 ああ、後もう一つ言い忘れていることがありました。情報災害、認識災害、ミーム災害。そういったものがオブジェクトにあった場合、検査すること自体が異常性の拡大につながる可能性があります。そのためエージェントは常に自分が正気かどうか、オブジェクトに対応していない他のエージェントに定期的に確認してもらってください。

なぜ化学分析が重要か

 たとえばあなたの目の前に無色透明な液体があったとしましょう。この液体が一体なんであるか調べるにはどうしたらいいでしょうか?「飲む」「匂いをかぐ」などといった回答はやめてください。確かに人間の感覚器官は最先端の機械にも劣らず、適切なメンテナンスさえ施せばかなり高性能な観測機器になりえます。が、その能力はあなたがオブジェクトに直面したときの回避に使うべきであって、十分な機材が用意されている状態で使うべきではありません。もしその液体が猛毒だったら?揮発性のガスが含まれていたら?あなたは死に、財団は貴重な人員をひとり失うことになります。私たちにそんな余裕はありません。

 その代わりをしてくれるのが機械たちです。値段は高級車に匹敵することもありますが、それだけの価値があります。そして人間が感知できないほど少量の物質でも解析することができ、ありとあらゆる物質と反応するガスからほとんど不活性な固体まで任意の物質で分析を行うことができます。そして得られたデータは客観性があり、財団の化学物質データベースと比較すればどのような物質なのか調べることができます。

 そう。化学分析はオブジェクトに対抗するときの大きな武器となります。

一般的な定性分析の流れ

 まずは見た目で判断できるいくつかの情報を集めます。色、形、そして状態です。状態というのは固体や液体、気体というものですがほかにも二種類の物質が微粒子として入り混じった分散系、高温などによって発生するプラズマなど物質には多くの状態が存在します。次に質量や体積、内部構造といった比較的簡単に分析できる情報を集めます。もし対象となる物体が純粋な単一の物質からなるものであればこの時点で見当がつく場合があります。ですがそれでも物質が何であるかわからない場合には一般的に蛍光ホログラフィや核磁気共鳴、質量分析などといった方法を用い含まれている元素を特定します。元素が特定されれば実際に物質の中でどのように分子が結合しているのかを調べる作業ができます。もし炭素や水素が多ければ有機化合物であると予想できますし、金属がほとんどであれば合金ではないかと判断できます。

 具体的な方法についてみていきましょう。まずは色です。色というのは反射する光(透かした場合には透過する光)なので、逆に言えば物質が「吸収しない」光のことです。どのような光に物質が反応するか調べる方法を「分光」と呼ぶのですが、このときの光は可視光だけでなく極極極超長波からガンマ線まで幅広い波長の電磁波が使われます。昔プリズムで白色光を虹色に分ける実験をしたかもしれませんが、あれと基本的な原理は同じです。この時に物質を入れるケースは実験する光の波長を通さなければならないのですが、ガラスが紫外線を吸収してしまうように普通の物質ではすべての波長で使えるケースを作ることができません。ですが財団では1回の実験で幅色い波長のデータを得るために特殊な加工をした高純度のシリコンのカプセルにサンプルを入れて実験します。このカプセルは表面のミクロな凹凸によって自然界には存在しない特異な振る舞いを起こすことができるのです。つぎに形ですが、気体や液体は形を持ちません。これは物質を構成している分子同士のつながりが固体に比べて弱いためです。形状については写真を複数の方向から撮影すればコンピューター解析で3次元モデルが作成できますが、一般的にはその後に行われる内部構造の分析のときに3次元モデルは作成されます。状態は固体・液体・気体とざっくり分類して大丈夫です。実際の詳しい振る舞いを調べないと正確な状態を決めることができないためです。ただ、粘ついていたりする場合はそのことを特記してくれると科学部門の手間が少し減ります。

 次に質量ですが、これは多くの場合ただ単純にはかりに載せるだけで知ることができます。体積や内部構造は多くの場合コンピュータ断層撮影(CT)や核磁気共鳴画像法(MRI)などを用いてスキャンされた後コンピューターによって計算されます。CTやMRIは医療関係の用語として聞いたことがある人も多いでしょうが、事実医療分野での研究を応用しています。解析されたモデルを見れば中空だったり内部が別の素材でできていたりする場合に特定ができます。またオブジェクトの一部に発生しているひずみや揺らぎなどの特定もできます。

 そして化学分析に入ります。ここで調べたいものは二つ、「どのような物質が含まれているか」と「どのような割合で物質が含まれているか」です。それぞれ定性分析、定量分析と呼ばれています。これらは化学の歴史の中で長く研究されていた分野であり、あるていど手法が確立されています。

 そして物質の性質があらかた特定できたらその物質にあわせた更なる分析を行います。例としてDNAメチレーション・アセチル分析のような生物学的試験や引張試験や複数の硬度試験などの材料工学的な試験が行われます。

 では、今回のテーマである化学分析を見ていきましょう。

具体的な化学分析の手法

今回は5つの方法を紹介しましょう。

とかく組成不明なモノを扱うことが多いので、液体又は気体試料の場合は大抵この機械の世話になる。原理的には超高精度な濾過装置をイメージしてもらえば、おおよそはあっている。
最大の特徴は、やろうと思えば定性と定量を同時進行で行いつつ、混合物をある程度分離させることができる点にある。定性については他にいくらでもやりようがあるが、こと混合物の分離については相当頼りになる。相手の性質がよく分からなくても流せさえすれば、勝手に重さや嵩に従って分かれてくれるからだ。
最大の弱点は、機械が詰まりやすいことにある。なにせやっていることが濾過と同じようなものなので、測定の設定と試料が噛み合わなければ、フィルターが目詰まりするのと同じような感覚で簡単に詰まってしまう。一般の測定であっても塩の析出を始めとした原因で普通に詰まるのだから、我々が扱っているような未知試料なら言わずもがなである。しかも内部は加圧しているので、詰まりは事故に直結しやすく、発生したら直ちに対応しなければならない。
ここで役に立つのが、混入予測物票だ。詰まりやすいものが入っていると予め分かっていれば、効率が悪くとも詰まりにくい設定にしたり、他の手法で取り除いたりして対策することができる。入っていないはずのものが入っていると手の打ちようが無く非常に困るので、少しでも可能性があると感じた場合は記入しておくように。

2 吸光
こちらも非常に多用される測定である。使う機械こそ違えど、同じ原理で固体から気体まで状態を問わず使用でき、機械によっては定性と定量が同時に行えるからだ。
吸光の名の通り、測定には光を使うのだが、波長は赤外から可視光、紫外まで幅広く使われる。目標の物質が一定の条件を満たさなければ検出することができない一方で、検出できれば化合物の組成まで粗方突き止めることができるという測定もある。試料が多過ぎるとかえって測定が成り立たなくなるため基本的に少量で行うのも、サンプルの節約に繋がるため、立派な利点のひとつである。
最大の弱点は、混合物の測定にはめっぽう向かないということである。混ぜた絵の具の色を分解して見ることができないのと同じように、光の吸収を利用したこの測定では、何か混入していてもその“何か”を見分けることはできない。測定結果として妙なグラフが得られても、それがSCiPとして正常な結果なのか、それとも何か混じっているのか、測定する相手が未知なのが大前提な状態で判断することは不可能なのである。
ここでも混入物予測票が役に立つのだが、この測定においてそれ以上に重要な下準備が、サンプルの現地処理と初期観察である。どの手法であっても塊のまま測定することができない上に、光を当てて測定を行うので、砕くのに危険が伴うか否かはっきりさせておかなければ測定の準備すらままならないし、可視光下で何らかの挙動を示す相手にはどうやっても使いようがない。去年も特定の波長の光を当てることで急激に反応するサンプルのせいで、石英セルが6本、測定装置内で溶けたが、石英セルも測定装置も決して安くはない。可視光下でのちょっとした観察をしっかり行うことで、無駄な出費を大幅に削減できるということは、是非覚えておいて欲しい。

3 ルーペ
レンズで物を拡大して見るというのは幼稚な手法と思われがちであるが、真面目にやれば得られる情報量は侮れない。光学顕微鏡もまだまだ現役である。
といっても、諸君らも触ったことがあるであろう、小学校の理科室にあるようなただの顕微鏡を使うことは、化学においては稀である。生物学分析室にはずらりと置いてあるが、化学分析室でその分解能ではあまり情報を得られない。普通の光学顕微鏡を使うのは、結晶が相手の時くらいである。
化学においてよく使うのは、電子顕微鏡である。これを使わずとも化合物の格好は種々の測定結果から明らかになって然るべきなのだが、画面越しであろうとも目で見て直感的に形状を捉えられるというのは大きい。SCiPが相手であれば測定結果と見た目が食い違うことも充分あり得るので、諸君らが想像している以上に、電子顕微鏡の出番は多いはずである。
当然のことだが、サンプルは顕微鏡に合ったサイズまで小さくできる必要がある。他の測定ではちゃんと測れているのかしっかり検証しなければならないが、顕微鏡はとにかく画像が得られればいいので、測定室の混雑次第では顕微鏡での観察を先に行うこともある。サンプルの現地処理が不十分だと試料として使える状態のものを確保するのに時間がかかるため、細かくできなかったものに関してはその旨をしっかり明記し、スムーズに特殊処理室へまわせるようにして頂きたい。

4 磁気
これは理解するのにかなり専門的な知識が必要な測定なので、こんなパンフレットで多くを語っても仕方がないが、我々にとっては切り札と言っても過言ではない。丹念に調べ上げれば、電子の並び方まで明らかにできるからである。大抵はモノの“並び”を突き止める為の測定である。
この測定の結果からSCiPの危険性が明らかになるケースは稀だが、異常性そのものや異常な振る舞いの原因をひとつでも多く突き止めるのに役立つことが多い。化学的にどういう成分が含まれているのか徹底的に詳らかにするには避けて通れない測定なので大半のサンプルがこの測定を受けることになるが、含まれている元素の“種類”を突き止めるのには若干役不足なので、測定を行うタイミングとしては他の殆どの測定を終えた後になる。よって、危険なものは磁気関連以外の測定の段階で騒ぎになっているし、これ以降で事故があった場合の原因は大抵研究部にある。
要するに、この手の測定については何も知らなくても全く問題無いのだが、もし個人的に勉強したいのであれば大歓迎である。

5 アナログ
金属でできた箱型の機械だけではなく、種々のガラス器具を用いた測定も、種類と場合によっては未だ現役である。特にSCiPはちょっとした条件の違いで異常性が出たり出なかったりすることも多いので、化学者でも教科書でしか見たことがないような古めかしい測定を、実際に行うことがあるのだ。
機械化されていないということは、人間の手で操作を行うことになる。アンドロイド系ロボットでの操作も試されたことがあるが、その場その時での素早い反応が必要とされること、他にもっとロボットの手を必要としている作業があることから、今でも生身の化学者が作業を行なっている。
ここで頼りになるのが、簡易観察票である。測定中の作業で実際に実行すると予想される動作については測定の前に危険性の確認を行なっているが、実際に危険な目に遭った動作を確認する時には、その反応に対して適切な対策をとることができる。予期しない事故を防ぐことができ、不必要かつ過剰な防護を省くこともできるので、安全を確保しながら金銭も時間も節約することができる。

特殊な定性分析の流れ

 これまで書いてきたのは一般的な科学の範囲で行われる試験です。が、私たちが対面するオブジェクトが物理法則を遵守してくれる保障はありません。化学の基本原則である質量保存の法則(口うるさい物理学者曰く"質量-エネルギー和一定の法則")をさらりと破るオブジェクトは山ほどありますし、解析しようにも破壊・分解が不可能なオブジェクトも大量にあります。その上霊的実体やまだ名前のついていない物質の状態などがありその分野の専門家以外は特定も分類もできないなんて事例もあります。そういう事態に出くわしたらあなたができることはただ一つです。

 被害を最小限にし、退避が可能であればすぐさま退避してください。なんとしてでも財団と連絡を取り、現状をできる限り正確に伝えてください。すぐさま専門化が招聘され、道のオブジェクトに対する専門的な調査が行われるでしょう。

[なんかうまく追記しとく]


※文責
研究部門 研究員/工学技術事業部門 設計者
小沼 高希
Takaki Konuma
Scientific Department, Researcher / ETS Department, Designer, Site-81██

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