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アイテム番号: SCP-415-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: 全てのSCP-415-JP実体は高気密の耐火収容室に収容し、専用に開発された対煙中和剤の撒布装置を2基設置してください。撒布装置には煙感知器を取り付け、煙を感知し次第、最低2時間は対煙中和剤の撒布を継続させてください。
SCP-415-JP収容室には、人間が出入りできないように出入口は設けず、SCP-415-JPの取り出しには基本的に専用のロボットアームと、二重扉の小型取り出し口を使用してください。
収容室内部の各機構の点検と修理にも、この小型取り出し口から有線操作のロボットを投入して行ってください。
被験者、もしくは被害者は必要なデータの取得と経過観察を完了した後に、処分してください。その際には、対煙中和剤を用いて体内除染を行ってください。
SCP-415-JPを用いた人体実験は、必ず収容室と同様の気密性と撒布装置を備えた屋内で行い、SCP-415-JPの煙が漏出しないよう最大限の注意を払ってください。
実験終了後には、実験室内部の壁、床、天井を含んだ全物品を対煙中和剤で除染してください。
説明: SCP-415-JPは複数銘柄と一致する外見的特徴を持ち合わせた煙草です。外見、または触覚、嗅覚等の感覚的な判別に於いては通常の葉タバコが用いられているように感じられますが、実際の素材は乾燥し、着色された人間の脳組織と肺組織によって構成されています。
SCP-415-JPの異常性はSCP-415-JPが着火された事によって発生する主流煙、もしくは副流煙を人間が吸引した際、その人間(以下「被験者」と表記)に表れます。
被験者は初吸引後、複数のステップを経て最終的に死亡します。ステップは経過時の環境、もしくはSCP-415-JPの使用の有無、頻度によって分岐するものであることが確認されていますが、いずれの場合であっても被験者の死亡という結果を引き起こします。
以下は、その分岐の中でも、SCP-415-JPが一般社会へと漏出した場合に多発するであろうと思われるルートのステップを述べたものです。
- 未解明の原因により、被験者の脳脊髄液が硬膜を透過し顔面方向へと浸透。両眼窩、鼻孔、口から漏出する。その間、被験者は頭部の激痛を訴える。脳脊髄液は約2時間後に全て漏出するが、SCP-415-JPの主流煙を吸引することで進行は遅行化する。SCP-415-JP主流煙の吸引を2分以上停止した場合、即座に全ての脳脊髄液が流出する(この時点でSCP-415-JP主流煙の吸引をさせなかった場合、脳脊髄液が全て流出することによる頭蓋底部の硬膜への圧力と脳そのものへの損傷による障害・出血による脳機能への障害によって死亡する)
- 頭痛の症状が緩和するが、被験者は落ち着かず、強いストレスの徴候が現れる。また、被験者の軟口蓋部が上方へと穿孔するかのように溶解し始める。被験者をこの現象を知覚していないように見える。溶解は、孔が後頭骨から頭蓋腔へ達した時点で停止。溶解による血管への損傷は「火傷のような痕跡」によって塞栓されるため、出血は軽微。
アイテム番号: SCP-523-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-523-JPは専用のアクリルケースに収納し、固定された状態で金庫に保管してください。SCP-523-JPを用いた実験は、7m×8m×3m以上の規格の専用実験室にて行ってください。専用実験室には、レベル3以上の耐久テストをクリアした部屋を使用してください。
現在、Dクラス職員を被験者としたSCP-523-JPの実験がサイト-8122管理官により奨励されています。SCP-523-JP実験の完遂に関する提案は、担当研究主任宛に提案書を提出してください。
内容: SCP-523-JPは2217ページの書籍です。構成素材は一般的な薄めの書籍用紙であり、印刷・装丁技術または外見的な経年劣化の痕跡から、1990年代に製本された書籍であると推察されています。表紙には『無垢なる捧げものから成る形而上データ・魔の作成開発〜UGLE&GD5デザインブック〜』と日本語でタイトルが書かれていますが、著者名の部分は人為的に切削されており、著者は不明です。また、内容に於いても著者名部分は全て切り取られています。
SCP-523-JPには、最初の4ページまでの目次と、最後の2ページの奥付以外の全てのページで何らかの魔術的な儀式手順の解説が書かれています。これらの手順は章分けされておらず、全ての手順に於いて、前後の描写との関連性が見られることから、全ての手順が一つの儀式のためのものであると考えられています。
手順は一つのページにつき7〜11手順記述されています。記述の右側には不自然な余白が用意されており、これらの手順が、SCP-523-JPの特異性を考慮した上で著者により記述されたものであることが示唆されています。
記述されている手順は合計で17638です。
SCP-523-JPに記述された手順を正しく踏む事で、複数の特異的な現象の発生が特定の箇所に於いて発生します。これらの特異的な現象は、手順を進めることでより無秩序的なものへと変化していくように見えます。
また、手順の実行に失敗した場合、SCP-523-JP内容の該当手順の記述の右側に13秒間、赤い文字の文章が出現した後、全ての特異的な現象が消失します。
この状態が発生した場合、進行していた手順は全てリセットされ、再度の特異性の発現には、手順1よりの再試行を要します。
以下は、これまで確認されたSCP-523-JPによる特異的現象と、手順の実行に失敗した際の状況と、その際出現した赤文字の文章を表にまとめたものです。
手順番号 | 発生した特異的現象 | 手順の内容(原文ママ) | 失敗理由 | 赤文字の内容(原文ママ) |
---|---|---|---|---|
26 | 被験者の半径5m圏内にて自然発火現象 | ヤドクガエルの体液を塗った鏃を手順7で用意した水に浸してください | なし | なし |
57 | なし | 水銀、硫黄、塩を心理霊媒にポルターガイストを誘引し、同心方陣中央部へカルマ・ドロップしてください | ポルターガイストの存在が確認出来ず、手順の遂行に確信が持てないまま3時間以上手順が実行されなかったため | 警告:正常な干渉が不可能になりました |
84 | なし | 手順79のアニマをアタラクシアした状態で、疑似アデプト人格器に入れてください | 手順83に於ける工程が疑似アデプト人格器の形成を目的としたものであるとの認識が、実験チームのスタッフ間で共有されていなかった事によって、被験者へ適切な指示を行うことが出来なかったため | エラー103:不明な理由によりアゾースが終了しました |
89 | 被験者の左腕部の著しい変形 | ゆで卵を落とした後、エメラルド碑板の碑文を読み上げてください | 碑文の読み上げ失敗 | ※エーテル応答がありません |
127 | なし | ここでちょっと休憩して、モンティ・バイソンでも見ましょう | 単に休憩時間だと実験チームが認識していたが、後に実際にモンティ・バイソンのギャグ番組を被験者に視聴させない限り手順がクリアされないことが判明している | エラー108762:OOBE |
157 | 「バロン・サムディ」と名乗る知的生命体の出現。被験者に対し友好的に挨拶を行った後、消滅した | 手順155で用意した『グラン・グリモア』に膝蹴りを行い、破壊してください | 被験者が膝蹴りだけで当該破壊対象を破壊出来なかったため | エラー402:不正なイニシエーションです |
218 | なし | KetherをMalchutの頭上へドラッグし、סנדלפוןプロダクトキーを入力してください | 不明 追記:手順実行中、被験者は突如狼狽した様子で「視界が真っ青になった」と報告しました。同時にSCP-523-JPの全ページが青一色に変色した上で、白色の不明な文字の羅列が出現。これらの特異現象は39秒後に終了しましたが、進行していた手順がリセットされていました。再度の試行時には、この異常は発生しませんでした | なし |
237 | 被験者の半径72m圏内のランダムな地点に、3018枚の27円硬貨が出現 | 手順112のスカプラリオを不可視化し信仰をアインしてください | なし | なし |
289 | なし(不明) | 冥王星と天王星を合一しgoanソースをエーテル的ゾス・フォルダにコピーしてください | 手順の実行方法が困難か、もしくは手順の解釈が不十分であるために、手順の実行に3時間以上の間隔が開いたため(停滞地点) | 警告:正常な干渉が不可能になりました |
補遺: 現在、SCP-523-JPの手順実行は[手順289]時点で停滞し、研究の妨げとなっています。研究チームではSCP-523-JPの[手順289]を遂行する方法が募られており、幅広い意見と、議論への参加が求められています。
その際には、SCP-523-JP特別収容プロトコルに基づき、提案書の提出という形での参画が奨励されています。
また、SCP-523-JP内の文体は訳文であり、何らかの原著を翻訳した書籍である可能性が示唆されています。調査チームは現在編成中です。
埃と塵に塗れながら、男は掘建て小屋で作業をしていた。
いくつものコードが伸びたガラクタの塊のようなものを相手に、鼻歌混じりで、ドライバーとピンセットで以て手を加える。
その横には無造作に携帯電話が置かれていたが、それを遥かに超えて無造作に置かれているものが、男の後方に存在した。気を失った、機動服に身を包む二名の人間である。
「M・I・K・K・E・Y♪」
男の鼻歌のリズムに歌詞が混じる。つい、口を衝いて出てしまったようだった。
そしてその直後、鼻歌と同じメロディーの着信音が携帯電話から響く。
男はドライバーを右手の小指と薬指で保持しながらそれを取ると、耳に押し当てたまま首に挟んだ。そうして、両手は作業を再開する。
「はァいもしもし、コールマンだ」
男がおどけたような猫撫で声で電話に出ると、直後に、焦ったような声が返って来た。
『ちょ、コールサイン使ってくださいよ! 事前に決めたでしょ、傍受されたらどうするんですか!』
「でェじょうぶだァ。制圧は済んでるし、通信も『無波塔』を介してるからなァ」
『それでも使おうって言ったのはそっちなのに・・・』
「で、どうしたァ『Икра』」
会話しつつ、男は半田ごてと半田を手に取る。
『報告です。5分前に標的が最終ポイントを通過したとの事です』
「へへッ、内通者の情報は確かみてェだなァ」
『不破さんと琳谷さん、無事だと良いんですけど』
「奴らァ奴らでなんとかするさァ。よォし、準備出来たぜェ」
機械から両手を引き抜き上部にあるスイッチをひねると、機械の各所で、作動を示すランプが灯る。
『! じゃあ、切ります。また後で』
「おゥ、お手並み拝見させてェもらうぜェ」
男は携帯を切って上着のポケットに放り込むと、立ち上がって大きく伸びをする。
それから、壁際まで歩いていくと、窓にかけられていたカーテンを押しのけた。
その先に広がるのは、廃墟と化した街並の風景であった。
打ち捨てられ、砕かれたように瓦礫を散乱させる家々に人影は見当たらず、蔓や雑草に覆われた塀や庭には人の住処としての活気も無い。
無造作に撒き散らされた家具や紙くずは埃や土で汚れるに任されており、家々を縫うようにして敷設されている道路だけが、いやに真新しかった。
それは現代のゴーストタウンというよりは、人間がいた痕跡を人工的に作り出したかのような不自然さを覚えさせた。
しかし数秒もすると、男から見て右奥の道路から数台の装甲車の行列が現れた。
探るようにゆったりと行進を続ける装甲車は一定のペースを保ち、男の視界を横切る蟻の行列のようにも見えた。
その行列の中程に、一際目立つ車があった。実戦では役に立ちそうも無い、巨大なコンテナを積んだトラックである。
コンテナには大きく、二つの円と、それの中心に向かって伸びた三本の矢印のロゴマークが描かれていた。
「さァて、砂漠の剣作戦といくかねェ」
双眼鏡でその様子を観察していた男が口だけで笑みを作ると、背後にある機械のランプの色が切り替わり、同時に、行列の最前列を行進する装甲車が吹き飛んだ。
「行け行け行け行け行け行け!」
育良 啓一郎は叫びながら、いつものように塀の陰から飛び出した。
彼の後ろからは、彼と同様の市街地迷彩服を纏った数名の武装人員が続き、隣接する家屋からも複数名の武装人員が躍り出した。
育良を筆頭に、彼らは行列の装甲車に向かって、やたらめったらに叫びながら銃を乱射する。
先頭車両が突如爆散し、続いて武装した一隊が横っ腹から叫び声をあげて銃をぶっ放す。
幽霊のように静かだった街は途端に狂騒に包まれ、行列は混乱に陥り──はしなかった。
装甲車に搭乗する機動服の男たちは素早く、そして整然と装甲を盾に反撃の態勢を整えたのだ。
狼狽したような様子は微塵も無く、無防備な姿を曝す事も無く、反撃に専心する。
そうなると見る見るうちに形勢は傾き、育良たちの一隊は威勢良く飛び出したものの、結局はまた家々の陰へと引っ込まざるを得なくなった。
機動服の男たちは攻撃を掃射に切り替え、襲撃者たちが家々の陰から姿を現さないよう牽制し、釘付けにする。
そうした上で、装甲車に搭載された重機関銃、ロケット砲によって建物ごと撃滅する。
それが、彼らの基本的な戦術であった。隊列を乱さず、速やかに正面の敵を排除する。その後は、何事も無かったかのようにそのまま通り過ぎる。
この世界で、その手順は今や日常にすらなっていた。
だが、重機関銃の銃口が隊列から向かって右へと一斉向けられた直後、行列最後列の装甲車と、コンテナトラックを前後に挟む装甲車二台が相次いで爆発した。
この爆発によって、彼らは今度こそ目を剥いて隊列の左側方向へと視線を移した。
その先にいるのは、早くも撤収しつつある、市街地迷彩服の男たち。彼らが家々の屋根から、ロケット砲を隊列の左腹に撃ち込んだのである。
最前列車両の爆発は、個人レベルでの動揺は引き起こさなかったものの、部隊間の連携には僅かな隙を生んでいたのである。それぞれが緊急的な個別迎撃にあたったため、周辺の警戒が遅れたのだ。
この爆発に合わせて、家々の陰に隠れていた育良たちの一隊が再び攻撃を始める。
しかし今回は、陽動目的の無謀な突撃ではなく、建築物で弱点をカバーしつつの射撃である。
機動服の男たちも残った戦力でなんとか応戦しようとするが、育良たちの一隊の再攻撃の一撃目が重機関銃の沈黙を狙った狙撃であったため、今や彼我の戦力差は単純に人数の差によって決まっていた。
そうなると、人数の差で劣る上、包囲までされている機動服の男たちに為す術は無く、次々と無惨な姿を綺麗な道路に曝していく。
そんな戦場の最中を、ショットガンを担いだまま悠然と歩む一人の人間がいた。
先程、掘建て小屋から行列を覗いていた、黒いスーツの男──コールマンである。
彼は鼻歌の続きを、今度は口笛で奏でながら、朝の散歩に繰り出しているかのような軽快な足取りで血だまりと空薬莢を踏み分け、進んでいた。
銃弾と手榴弾が飛び交う中で、彼はコンテナトラックに向かってただ歩く。
彼が歩む度、銃声と爆発音があがり、そして止む。
コールマンがトラックの傍に到着するまでそれは続き、彼が運転席のドアをショットガンで無理矢理撃ち破った時には、もう銃声も完全に止んでいた。
運転席のドアを破壊し、こじ開けると、彼は左手を運転席に差し入れ、機動服に身を包んだドライバーを道路へと引きずり出した。
そしてショットガンの銃口を相手の顔面に押し付けると、意地汚い笑みを頭上から浴びせかけながら、言い放った。
「"カオス・インサージェンシー"だ」
「でェ? どんな様子だァ?」
重ねた死体の上に座ってホットドッグを齧りながら、コールマンは眼前の育良にそう訊ねた。
育良はその様子に顔をしかめながらも、ヘルメットを外し報告を始める。
「ビンゴです。財団の人型収容対象移送コンテナで間違いありません」
「ほォ、中にはどんぐらいいそうだ?」
「ざっと・・・40人程度でしょうか」
報告に、鼻で笑って返すコールマン。
「んじゃ、ここで簡易検査するかァ。全員引っ張ってこい」
「はい」
そう指示すると、育良は自分の部下たちを引き連れてトラックの方へと向かう。
その様子を、コールマンはホットドッグを頬張りながら見届ける。
育良がトラックのコンテナの前に立ち、開口部の留め具を壊して開くと、部下たちが内部に銃口を向ける。
しかしそれが火を噴く事は無く、育良が数言、言葉をコンテナの内部へ投げかけると、十数秒の後に、ゾロゾロと人間の群れがコンテナの奥より現れ出た。
彼らは服装も年齢も性別もまるで統一性が無く、着の身着のままで運ばれている途中といった風体であった。多くは日本人であったが、中には「ヒト」とは思われぬ器官をその身に具えている者もいる。
だが、皆憔悴し、衰えているように見えた。彼らは反抗することもなく、ただ育良たちに誘導されるまま、トラックの横で一列に並ぶ。
そこで、コールマンが立ち上がった。
彼はホットドッグの最後の一欠片を口に押し込むと、彼らの方へと歩み寄る。
コールマンは彼らの前に立ち、ホットドッグを呑み込むまで待て、と右手の人差し指を立てることで伝え、それが済むと自分の胸を叩きながら彼らに向けて話し始めた。
「オレァ"コールマン"だ。ただのコールマンだ。だがおめェらの名前ァ、知らねェ」
彼ら全員が、コールマンを仰ぎ見た。
「何故か? それァ、その方がいい世の中だと思ってるからだ。情報が握られ、監視され、生活が脅かされる。なんのためか? 安全を守るたァめでも、誰かを助けッためでもねェ、支配してブチ殺す。ただそれだけのためだ。だァから俺はおめェらのこたァ知らねえ。隣人に売られて、誰かに体をいじくられて、モノみてェに売り飛ばされたこたァよく知ってる。そんなこたァ、今じゃアこの世界のどこででも起きてるこった。重要なのは、オレァてめェらの存在を出来ッだけ尊重してェと思ってるってェことだァ」
ひん曲がった訛りの日本語を、今の彼らがどれだけ理解出来るだろうか。
しかしお構いなしとばかりに、コールマンは更に単語を捻らせながら語り続けた。
「"財団"は、てめェらも知ってるだろう。"統治者"の言葉ァ、どこででも聞けっからなァ」
"財団"、"統治者"、その言葉を聞いた途端、幾人かが明らかに狼狽した様子で肩を小刻みに震わせ始めた。
そうなった者の殆どは、未成年であるように見えた。
「でェじょうぶだ。落ち着け、でェじょうぶさァ。オレらァなァ、その"財団"のレジスタンスみてェなもんさァ。てめェらの異常性の殆どがたァだのでっち上げだってェこたァよく知ってる。だから、てめェらの殆どはここで解放する。どこへでも行きゃあいい」
大勢をなだめるように両手を広げながら、幾分か柔らかい口調で語る。
だが次の瞬間には、ショットガンを敵の顔面に押し付けた時のような、意地の悪い笑みが現れた。
「異常性が無けりゃあな」
育良は頭を抱えた。
このような脅し文句をぶつけても、何の得にもならないからである。
新兵を鍛え上げるならまだしも、彼らの大半は、財団の報酬目当てで異常性をでっち上げられ、拘束された人々なのだ。
異常性の報告と確保の義務、そして義務に対する報酬は、実際の所は異常存在の確保のためではなく人民支配のために行われている。
相互監視と権力への依存は民衆をバラバラにし、団結力を奪い去る。それは完璧な秩序だ。力があり、序列があり、服従があり、安心があり、保護があり、恩恵があり、平和がある。
彼らはそのための犠牲だ。財団と世界が交わした約束の証明なのだ。それに於いて必要なのは真実ではなく事実。取り交わされ続ける、という事実によって修飾された証明である。
それ故に、彼らが本当に異常な存在なのかどうかを、財団は重視していない。民間の通報、告発によって確保される実体の殆どは贋作か誇張である。なのに誰も、差し出された者がその後どうなるのか気にかけて来なかった。
「彼らは我々ではない」
その想い一つで、殆どの者たちは大衆という顔の無い獣の指先に甘んじていた。
「まァ、心配すんなァ。異常性があったって、悪いようにゃアしねェよォ。ただ、嘘は止めてくれよなァ。てめェらを守るのが難しくなっちまうからよォ」
コールマンがそこまで言うと、部下の一人が彼に歩み寄り、無線機のような小さな機械を手渡した。
彼はそれを、全員から見えるように高く掲げる。
「こいつァ、ヒューム値ってェやつと、えーと後は何だ・・・指向イプシロン波反応だったか? まァとにかく、てめェらに異常な何かがあるかどうかを見分ける装置だ。だが万全じゃねェ。機械ってェのは、どうしても限界がある。だからオレがてめェらに適宜質問を飛ばして確認する事になるだろう。だからなァ、嘘は止めろ」
対幻島同盟要件
・要注意団体「幻島国同盟」の恒常的監視。
・同団体の保持する複数の異常物品の回収。
・同団体が属する異世界に於ける異常現象の把握と解明。
・同団体を含んだ複数の要注意団体が有する潜在的な危険性と実行力の把握。
██████議事録抜粋 ██/██/██
████: 要するに技術的な問題は既に解決されているということだな?
██: はい。既に<門>の時間座標の特定にも成功し、当該島の選定も完了しています。
███: そのことだが・・・何故サンディなんだ? オーストラリア政府に漏れたら厄介だぞ。あそこはまだ仏支部と繋がっているからな。
██: 地理的な問題です。サンディが異世界へスライドした場合、非常に重要な、戦力的要地となるでしょう。戦力が集中する場所であれば、容易く要件を満たす事が可能なのです。
████: 仏は私が押さえている。もとより、幻島同盟についてはどこも手を焼いていた。我々が火中の栗を拾おうとするのを、邪魔しようとはせんだろう。
███: そうか。では、肝心の同盟はなんと?
██: 歓迎する、と。
███: 所詮はヒッピーの群れだな。
████: 「国家ごっこ」は我々の得意分野だ。せいぜい、仲良くさせてもらおう。
██: 建設の進捗は?
███: 既に完成している。天を仰ぎ見るあまり別世界まで浮遊しちまうような連中だ。地の底など、一瞥すらせんだろう。人員はどうだ?
████: 揃っている。これまでの地道な諜報の成果が遺憾無く発揮されるだろう。
██████████: よし。では、いよいよ始めようか。
サイト-8188概要
・通称: サンディ島(Sandy Island)旧称セーブル島(Île de Sable)
・露出部面積: 約126平方キロ
・施設認定深度: 872メートル
・表人員: 島主役一名 渉外担当役一名 軍事顧問役二名 戦術技官役二名 諜報技官役四名 島内議会定員の4割 民間の流通企業最低4社
・裏人員: ※地下収容・研究施設3エリアを計画。適切な研究職・施設維持職の配置をサイト-8182人事部に一任し、クリアランスレベル3以上の情報と規定 機動部隊ん-13"破城槌"隊員54名 民間諜報エージェント14名
・政治指針: 戦闘行為による混乱が予想される。干渉と調査を容易とする混乱を制御するために、民主制の使用が最適と思われる。
通商・流通・外交は可能な限り開放的に。移民受け入れと経済の流通経路の策定に第一に取りかかり、形成段階から、こちらがコントロールする人員を流通の基幹に配置すること。
地下エリアは地下720メートル地点に建設。裏人員の活動拠点とし、表人員は決して地下エリアと接触はせず、連絡のみに留める。
戦闘による島民ないし政治の混乱を必ず誘引すること。他の幻島同盟加盟島による干渉を受ける事で、他島の情報を把握すると共に、人員を送り込むべし。
サイト-8188の空間転移に成功するのと同時に、転移機構は破棄。以降は地下エリア内の小型アーリー・ポータルを用いてサイト-8181──サイト-8188間の移動ないし連絡を行うこと。
身分偽造・隠蔽については従来の手順を使用すること。
島内の政治的派閥・軍事的派閥は必ずコントロールすること。増員についてはサイト-8181を介してサイト-8182へ要請すべし。
サイト-8188への疑惑を逸らすため、必ず「ダミー活動」の展開と、それらに関連する「架空の人物」を創造すること。
地下エリア-A"コオリ"概略
面積: 2.1平方キロ
収容人数: 420名
目的: 地下エリア所属職員居住用セクションの収容 小型アーリー・ポータルの管理とネットワーク・ハブの管理
責任者: カートリー・ジャワイ(Kurtley Jawai)特任管理官
特記事項: 小型アーリー・ポータルの管理権限は、各地下エリアの特任管理官の他に、特任管理官総括、特任上席研究員、サイト-8188諜報部総括監督が共有する。
地下エリア-B"ムッニ"概略
面積: 3.3平方キロ
収容個室内訳: 53規格中型収容個室16室 標準規格人型存在収容個室31室 静物収容用容器78個 大型対象物保管コンテナ8基 一時収容隔離錨空間2基
目的: 異常物品の収容・研究 異常現象の検証・研究 確保した実体の一時収容と情報取得
責任者: 飯坂 丁(いいさか ひのと)特任管理官
特記事項: サイト-8188に於いては研究職人員に限ってのみ、特任管理官総括ではなく"ムッニ"人事部が人事権を有する。
地下エリア-C"ニュンガ"概略
面積: 1.1平方キロ
収容可能限界: 約43万t
目的: 情報の集積・管理 サイト-8188の、研究職を除いた全人員に対する人事管理 サイト-8188経営方針の確定 外交管理拠点 サイト-8188諜報部本部 全地下エリアへの資源の一時集積と分配 機動部隊ん-13"破城槌"隊の収容・管理
責任者: カール・カウツキー(Karl Kautsky)特任管理官総括兼"ニュンガ"司令部総督
特記事項: 実存世界からの補給用小型アーリー・ポータルを収容。小型アーリー・ポータルの管理そのものは管理権限者が行うが、補給物資の管理は"ニュンガ"が行う。"ニュンガ"司令部が設置されており、サイト-8188に於ける全方針策定の権限と武力的な権限を持つと共に、倫理委員会直轄の内務調査部を有し、最終的な報告の義務を有する。
地下エリア-D"ドリームタイム"概略
面積: 0.2平方キロ
目的: [最重要機密封鎖]
責任者: 日本支部理事-"鵺"
報告書
コード: Early Bomb
記述者: エージェント・遠江軍務調整班班長
内容: 19██年██月██日"艦隊"との接触に成功。当初の目的通りサイト-8188へと誘導し、幻島同盟に於ける"サンディ島"の戦略的・地理的な重要性を認識させると共に、7度に及ぶ不十分間隔の威嚇射撃の実行により戦意の煽動を実行した。その後の電信交渉に於いては、全情報を他島に対して隠蔽し、"艦隊"が「突然の侵略者」であるとの印象の流布に成功。政治的交渉を通じ、各島の軍事力と攻撃能力と国力の調査へとシフトする。
世論に於いては諜報部の報告待ちであるが、"艦隊"が非常に攻撃的である点については確信が得られるものである。本報告を以て軍務調整班は任務を完遂したものとして、第二段階である軍事諜報部の再編成を提案する。
コード: Tiger
記述者: 阿部 陶薫第二諜報班班長
内容: 全煽動手順を完遂。19██年██月██日、"サンディ島"政府は幻島同盟と共同で"艦隊"へ対し積極的専守防衛を実行し、幻島同盟と"艦隊"は戦争状態へ突入した。
風説の流布による島民の不安は開戦によって最高潮へと達し、他島への亡命が相次ぐ。それに乗じて既に82名の工作員を他島へと送り込むことに成功しており、潜入工作の進捗は実に芳しい。軍事力と技術力、各島の関係については外交筋より情報の入手が見込める。
"艦隊"の戦力については未知数な点が多数存在する。工作員の潜入も困難であり、早期の戦争決着が望まれる。
コード: Tiger
記述者: リチャード・コープス軍事工作員
内容: 幻島同盟の主要な戦力とネットワークの把握に成功。任務の達成により、諜報的観点から"艦隊"との戦争の激化は今後の要件達成になんら有益な結果をもたらさないため、財団による秘密裏の軍事的介入を提案する。
コード: 遷都
記述者: カール・カウツキー特任管理官総括兼"ニュンガ"司令部総督
内容: "艦隊"による"サンディ島"の占領が予想されるため、19██年██月██日よりサイト-8188の機能を他の異空間へと避難。人員の大部分は一時的に小型アーリー・ポータルによって実存世界へと移動。サイト-8188復旧のため、財団による秘密裏の軍事的介入が日本支部理事-"鵺"により承認。19██年██月██日付けで実行予定である。
コード: Tiger
記述者: カール・カウツキー特任管理官総括兼"ニュンガ"司令部総督
内容: 1946年██月██日、"艦隊"の撤退により、全島で終戦宣言が発布。本戦争による幻島同盟側の損失は約10,376,686,745$相当、人的損失は約3万人以上。サイト-8188の損失は約568,654$相当、人的損失は14名。
戦後復興と経済の促進に伴う市場の再形成に、制御下の企業を台頭させることで経済・流通を掌握する"蟻計画"に着手。全経過、これまで至って順調と言える。
コード: Ants
記述者: マルタン・マルダン渉外担当役
内容: "蟻計画"の第二段階である「サンディ島の完全離脱」を実行。"サンディ島"が名実共に幻島同盟中枢島の一つに登録され、全通商が全ての"蟻"へと開放された。"蟻の巣"を広げ、より完璧なものへと構築するために、潜入工作員の増員を要する。
また、フリスランドの海運会社とカリフォルニア島貿易局より複数の軽金属の買い付けが打診されている。これは両島の政治中枢・経済中枢の掌握に乗り出す絶好の好機である。これらの買い付けを成立させるための資金源として、銀島に潜入中の工作員を用い、有利な金貿易の協定を締結することが有効であると思われる。
幸いにしてサイト-8188は、幻島同盟の中では軍権的な政府であるとの認識が強いため、"艦隊"の脅威をちらつかせる事で疑いを最小限に抑えつつ有利な協定に持ち込む事が可能である。
研究報告書う-117
対象: 虫喰現象
内容: 時束転位相捕捉機による計測の結果が赤であったため、虫喰は特に時間的な異常による作用であり、同空間内の異なる時間より転送されているものであると思われる。時間ブイによる一次検査では、時空間の潮流とでも呼ぶべき可塑性空間流動が確認された。
これらの結果から、虫喰現象が自然的な異常であるとは考えにくく、人為的な作用によるものではないかと思われる。その原因についても、何者かが昆虫の大量発生という害より逃れるために時空間ポータルを開いて昆虫群を転送した結果、偶然その潮流が本空間に接続されてしまったものであると推測される。
昆虫群の出現地点が異なるのは潮流に於ける誤差程度のものであり、幻島同盟領域という名の"砂浜"に流れ着くという結果は変え難いものである。この変更は、海で例えれば一つの潮流を変えるために、海そのものをまるごと入れ替えるという手段を要するということであり、事実上、解決は不可能であると考えられる。
研究報告書お-45
対象: 艦隊 VIC海賊
内容: 複数回の調査の結果から、艦隊は既に同盟領域内から完全に退去している可能性が高いと思われる。現在、幻島同盟全体に報告され、公表されている不審な航空機・船舶の多くは密漁業者、VIC海賊、伝地所有機であり、残りはサンニコフ島主導の偽装船舶・偽装航空機である。
密漁業者、VIC海賊、伝地所有機の情報についても明らかな情報制限と印象操作の形跡が見られ、これらの不審な航空機・船舶は全て幻島同盟首脳によるプロパガンダと思われる。
サンニコフ島は軍拡経済によって成り立ち、それは他の幻島にとっても大きな雇用機会の創出に繋がっている。それらの経済的な繋がりを絶たぬため、軍事的な意義を維持する手段として"艦隊"の脅威が積極的に利用されているのは確実である。
また、軍拡経済に付随する重税化によって生じる不満を解消する手段としての外敵を容認する向きもあり、VIC海賊に対しては一部の秘密組織を通じて活動を支援する人物の存在すら確認されている。それらの人物については付記の資料を参照のこと。
幻島同盟の行政陣の多くはVIC海賊が潜在的には大規模な組織であると考えているが、その大規模な組織の全容こそ、恐らく幻島同盟首脳陣の一部であると思われる。
ダミー計画報告書
内容: 「ユアン・ドナティル(Juan donatir)」 「ハンス・バッカー(Hans Backer)」構築 完了 デモ ゲリラ 架空名義 による 捜査誘導 問題無し
特別指名手配協定 調印完了 同盟捜査本部 潜入工作員 増員求む
調査・監視・確保・収容・保護を継続せよ。
幻島同盟を、幻島同盟自身にすら気付かれる事なく財団のコントロール下に置くことが、サイト-8188の最終目標である。
──██████████
20██年██月██日/16:27:04 SCP-066-JP特別対処事例警戒発令
20██年██月██日/16:27:04 SCP-066-JP特別対処事例警戒発令
優先レベル6以下の業務、または休養中の"ハエトリ計画"担当人員は直ちに配置につけ
優先レベル6以下の業務、または休養中の"ハエトリ計画"担当人員は直ちに配置につけ
本作戦への問い合わせを予定する場合、速やかに作戦司令部へ連絡する事
本作戦への問い合わせを予定する場合、速やかに作戦司令部へ連絡する事
繰り返す
20██年██月██日/16:27:04 SCP-066-JP特別対処事例警戒発令
優先レベル6以下の業務、または休養中の"ハエトリ計画"担当人員は直ちに配置につけ
本作戦への問い合わせを予定する場合、速やかに作戦司令部へ連絡する事
繰り返す──
作戦司令部と呼ばれてはいるが、実際の所、その一室の役割は情報統合室と言った風情のものであった。
ずらりと壁際に揃えて押し込められたコンピューター端末とモニターは、テニスコートよりもやや大きいはずであったこの一室の広さを6割程にまで押し縮めている。
機器の前には、それぞれが専門分野を有したオペレーターが座し、モニターとコンソールに向かって、忙しなく情報の整理と分類を行う。
それらの手順に淀みは一切無く、躊躇わずに素早く自らが得手とする分野の情報を処理し続けていた。
しかしその中に、身を縮こまらせながら周囲を見渡し、躊躇いがちにキーボードをさする指先と背中が一つ。
業務命令により、普段着用している頭部の覆いが外されているためか、それとも生来の小胆のためか、その細身の体は不安に震えていた。
そのため、作戦司令部の扉が強く開け放たれたというそれだけの事で、その肩はびくりと跳ねた。
扉が開け放たれた理由は、その向こうから、軍服の群れが入室してくるためだ。
堅い靴音を響かせながら部屋の中央へ歩んでいく軍服たちの先頭を行くのは、一際大柄で厳つい男だった。彼の軍服そのものは他の者たちのそれと同様であったが、その風貌と、纏う静けさは、彼が歴戦であることを示しているようだった。
「各員、そのまま続けろ。遅れてすまなかった」
彼へ向けて畏まる寸前であったオペレーター達を制しつつ、男は軍帽を脱ぎ、部屋の中央にある机の上に投げ置いた。
男の名は黒堂 団一。"ハエトリ計画"作戦司令室指揮官であり、実質的な作戦司令官である。
SCP-066-JPに於ける実体SCP-066-JP-2の空中確保作戦──"ハエトリ計画"
台風が来る度に海中から飛び出し、日本のいずれかに落下する大質量の実体を、可能な限り被害を抑えて収容することを旨としたこの作戦では高度な設備、人員、システム、そしてそれらの連携が求められる。
だが何より求められるのは速度である。設備も人員もシステムも連携も、速度のために存在していると言っても過言では無い。
故に、黒堂なのである。実戦経験が豊富で、状況に対して素早く的確な判断を下せる人材として、国内の職業軍人としては異例の実戦キャリアを持つ彼が適任だったのである。
彼の後ろからついてきた軍服の群れは、ただの補佐官に過ぎない。黒堂こそが、この作戦全ての指揮と、命令系統に於ける多くの責任を負う者なのである。
その彼が、機器の前で小さく震える背中を見つけると、補佐官達に机の傍で待機するよう目配せした後、小さな背中に向かって歩み始める。
小さく震える肩が、今度は強張る。黒堂の足音が近付いてきている事を察したためだ。
「幸坂事務員」
「はいぃっ!」
小さな背中の名を呼び終わる前に、彼女は勢い良く立ち上がった。
力強く鼓動する彼女の心音は、黒堂にすらはっきり聞き取れる程だった。
そんな彼女を振り向かせぬまま、黒堂は静かに言葉を放つ。
「作戦行動への従事は初経験だそうだな?」
「はっ、はい」
「肌には合わんだろうが、慣れてもらうしかない。まずここでは『幸坂事務員』などと呼ばれても返事はするな。ここでの君の肩書きは二等情報官・緊急対処オペレーター。作戦中のコードネームは"レザー"だ」
「は、はい」
「どもるのも厳禁だ。分かったな"レザー"」
「はい!」
彼女は自らの単眼が涙で潤いそうになるのを何とか堪え切った。
二週間前、いつも通り業務連絡を確認していた彼女は、そこで突如自らが"ハエトリ計画"のオペレーターの一人に抜擢された事を知ったのだ。
無論、ほぼ定期的に実行される大規模作戦の事を彼女自身が知らないはずは無い。それどころか、"ハエトリ計画"の手順改正会議のための会議室を手配したことすらある。
だが、それはあくまで自分とは全く異なる分野の仕事。是非に頑張ってもらいたいと思いはしつつも、そこに自分が参加するとは到底思っていなかった。
それが唐突に、作戦そのものの基幹となるべき司令室の情報官として働く事になってしまったのだ。萎縮しない訳が無いというものである。
パリッとした制服に身を包み、まさしく戦場の前線に立つ。これまで事務員として、財団の中では比較的和やかな業務をこなしてきた彼女にとって、それは災難以外の何ものでも無かった。
「こちらを向け」
黒堂の声が幸坂の耳に、脳にこだまする。
ここに配属されるにあたって、当然彼女は司令官である黒堂の顔を写真によって知っている。
その時に最初に抱いた印象は大まかに述べて「怖そうな人」というものであった。
その人物と、至近距離で対面せよ、という命令が下されたのだ。軍人でも何でも無い幸坂は、一瞬たじろいだ。
「こちらを向くんだ」
「はいぃっ」
だが、更に声を低めて発された二言目に対しては、意思よりも肉体、ひいては生物としての本能が反応した。
素早く反転した幸坂の視界に、固く口を閉じ、眉間に皺を寄せた黒堂の顔が映る。
幸坂は、思わず口元が引き攣ってしまった。その様子を黒堂の双眸がじろりと見下ろし、微かに口を開く。
「怒鳴られる」。咄嗟にそう感じた幸坂は体を硬直させたが、その予想に反する事態が起きた。
黒堂は幸坂から視線を外し、司令部全体を見渡せるように振り返ったのだ。そして微かに開いた勢いそのままに、口を広げ声を張った。
「諸君、注目」
低く、それでも司令部全体には十分に通る声。
ここにいる全員が、それに従った。
「事前の連絡で既に承知の事だとは思うが"ハエトリ計画"内の緊急対処手順の多様化に伴い、司令部の増員が実施された。周知の事実ではあるものの改めて紹介しよう、彼女は幸坂 縁二等情報官あるいは緊急対処オペレーター、コードネーム"レザー"、平時に於いては幸坂事務員と呼ばれる。全員、彼女の声と顔をよく憶えておくように」
黒堂は、司令部の一同に幸坂を改めて紹介したのだ。
当然、司令部に配属されている人間は、他の司令部所属の人員全ての人事ファイルに目を通している。が、実際に幸坂を目の当たりにするのは初めてなのである。
"ハエトリ計画"では日本全土、更には国外からも人材を集めているため顔見知りなどもいない。それ故に、現場入りした新人の紹介は不可欠なのである。
ここにいる全員は、他の全員の声の僅かな特徴を憶えて、誰が何を発言したかを即座に認識出来るようにならなければならないのだ。
そしてそのためには、幸坂が自己紹介を行う必要がある。黒堂はそのお膳立てをしたのだ。
「こ、幸坂 縁二等情報官、コードネーム"レザー"です。緊急対処手順のオペレーションを担当する事になりました。よろしくお願いします」
このぐらいの自己紹介なら、普段の彼女であれば余裕綽々でこなせるはずである。
だが、普段の業務とは全く違うこの空気と緊張の中で本領を発揮するには、未だ時間が足りないのである。
彼女には、自己紹介後の皆の沈黙すらも恐ろしく感じられてしまった。
「以上だ、仕事に戻れ」
黒堂の言葉で、各々は自らの業務へと戻る。
「お前も仕事だ"レザー"。緊急対処が業務のお前でも、マニュアルの確認とプログラム動作のテストぐらいは事前にやっておけ。シフトの時間は・・・予定通りだ」
更に彼は幸坂の方を振り向き淡々とそう言い放つと、彼女の挙動を見届ける事もなく、司令室中央へと戻っていった。
その様子に更に不安を覚えながらも、幸坂はなんとか再び席に着く事が出来た。
SCP-066-JP特別対処事例警戒が発令されてから5時間27分が経過していた。
「状況は?」
「温帯低気圧の発生と、SCP-066-JP-1への接近軌道が報告されています。温帯低気圧の中心の最大風速は現在51.2m・s-1。衰弱期に移行しつつありますが、"Phoibos"の計算では十分な勢力を保ったままSCP-066-JP-1上に到達するとの結果が出ています」
「温帯低気圧は南東よりSCP-066-JP-1上に到達するものと思われますが、軌道の誤差程度で、十分SCP-066-JP-1より外れる事もあり得る、と郡博士は見ています」
「しかし、比較的早い段階で偏西風に乗った事もあり、移動の速度は非常に速く、予断を許さない状況です」
「各支援基地と監視駐留所、各種通信網へのダメージ予測はどうだ?」
「現在のところ基準値内です。機動部隊のスタンバイにも支障ありません」
「よし、温帯低気圧の情報を逐一取得し、報告しろ。"ハエトリ計画"発動宣言を発布すべきタイミングを決して逃すな。今回は"Phoibos"の補助に"Helios"も使う。今から申請したとしても、一時間半後には許可が下りるはずだ」
「了解」
「了解」
「了解」
空白
天にまします われらの飢えよ
願わくは我が心を満たしたまえ
御影を来らせたまえ
御心の血になるごとく、地にもなさせたまえ
われらの日用の糧を今日も与えたまえ
われらに罪をおかすものを
われらが糧とするごとく
われらの飢えをもゆるしたまえ
われらを頂きにあわせず
渇望より救い 出したまえ
霧と水と飢えとは
限りなくなんじら影のものなればなり
████…
空白
空白
空白
20██/8/██ 17:40頃、巡回中だった無人航空機の光学スペクトルデータ及びサンプリング調査の分析から、██県███町南南西約140km地点の海上、約1,800m上空に積乱雲状のSCP-058-JPが発見されました。この時点でSCP-058-JPは███町方面へ60km/h前後で移動しており、███町への到達予想時刻は19:55と推定されました。
空白
空白
空白
我は禍土の造り主 全能の父なる影を信ず
我はその独り子 我らの主、█████を信ず
主は陰影によりてやどり おとめ█████より生れ 苦しみを受け 死にて葬られ 陰府にくだり 三日目に光芒の内よりよみがえり 影にくだり 全能の父なる影の右に座したまえり
かしこより来りて生ける者と死にたる者とを審きたまわん
我は聖霊を信ず 七臓の血の交わり 罪のゆるし からだのよみがえり とこしえの命を信ず
████…
空白
空白
空白
「確認が取れました、未確認のSCP-058-JP実体群です。一時空気中に飛散した霧状の小実体が対流圏内で融合を続けていたものと思われます」
「来たか、久々に」
「規模はどの程度だ?」
「少なくとも48,000㎥程度は」
「・・・随分多いな」
「対処は?」
「ティフォンとあかしまが急行しています。オブジェクトは人類生活圏へと接近しており、最大の収容努力が必要かと」
「ヨウ化銀誘導の手配をしろ。6基の誘導装置をオブジェクト中心部から3km圏内に必ず配置するんだ、行け!」
「はっ」
「・・・妙では?」
「何がだ」
「アレらが一ヶ所に集まろうとする性質を持つのは承知の上だが・・・一度飛散した後で集合する場所が、何故ここまで日本に近いのだ? 気候的にも、ここは集合地に向く国ではあるまい」
「他の集合実体も全て日本で発見されている。帰巣本能みたいなのがあるんじゃないのか?」
「他の例では、集合実体は全て日本国土に固着した実体だった。しかし今回は、文字通り空気中に霧散した個体だ。気象の変化が激しい日本近海上に留まること自体困難なはずだ。ましてやかつてない規模である、最低48,000㎥の塊などで──」
「だが奴らはその労苦を推してでも、そこで集合し、隠れ、今まさに襲ってきた」
「・・・」
「・・・そういえば、今はSCP-066-JP特別対処事例警戒も発令されていたな」
「そうだな。関係あると思うか?」
「分からん。だが──」
「嫌な予感がする。そうだろう?」
空白
空白
空白
我ら霧の民、我らが飢えの故に、我らが血漿の誓いの故に、御出征をお慕い申し上げる
████…
空白
「一体どうした」
やや語気を強めながら、黒堂は補佐官の面々をギロリと睨み付けた。
彼らの周囲を固めるオペレーター達は、より一層の慌ただしさでモニターを制御しつつ、作戦に関係する各部署に連絡を取り続けていた。
それはまさに、不測の事態が起きた事を証明する喧噪であった。
「温帯低気圧が洋上で急激に加速しています」
筆頭補佐官が、老練の司令官に対してまずは簡潔に事実を述べた。
「気象図を見ても各前線は高速で推移しており、今なお加速し続けている状況です。原因の詳細は不明なままですが、加速は17:45より急激に進行しました。温帯低気圧が現在の速度を保った場合3時間後に、従来よりも20時間早く"ハエトリ計画"発動宣言発布の要件を満たすと思われます、更に加速した場合の予測は計測結果待ちです」
「原因の詳細は不明と言ったな。仮説程度のものなら、何かあるのか?」
黒堂の問いに、筆頭補佐官は数瞬躊躇った。
しかし鋭い視線に射すくめられ続けられ、直後には覚悟を決めたように口を開いた。
「・・・17:40に、SCP-058-JPのかつて無い規模の集合実体の出現が確認されています。捕捉可能となる以前の軌道を推測した所、複数の推測結果の内の一つで、SCP-058-JPは形成段階にある温帯低気圧に接触していました。およそ110時間程前に、ですが」
「そうか」
報告に対し、いやにあっさりとした返答がなされる。そしてその後数秒の沈黙すら挟まる余地を与えず、黒堂は言葉を続けた。
「"ハエトリ計画"発動宣言は、本来は"Phoibos"自らの計算結果に基づいて自動で発布される。だが、手動でも"ハエトリ計画"発動宣言の発布は行えるはずだ」
「お言葉ですが、マニュアル外の出来事をプログラムに強制した場合の影響は予測が困難です」
「いや、緊急対処マニュアルF12-22に記述がある。"レザー"!」
黒堂は突如大声でオペレーターの一人のコードネームを呼ばわった。
それに反応して、肩を凍らせながら、単眼の女性が椅子をガラガラと180°回転させて立ち上がり、意味の無い敬礼をとる。
しかしそんな様子に構わず、黒堂は決然とした口調で幸坂にこう言い放った。
「緊急対処マニュアルF12-22を起動! "ハエトリ計画"発動宣言の発布と同時にプロトコル1243-KKRを実行し、各部隊にこう通達しろ。『本作戦は"ハエトリ計画"に基づく収容プロトコルを技術手順として取り入れた、独立した収容任務として扱う。"ハエトリ計画"の本来の手順やシステムに加えて、従来の収容マニュアル、システム、装備、通信網を活用し作戦にあたるものとする』」
黒堂の語気が強まる。
だが、それは怒りによるものでも、士気によるものでも、恐れによるものでも無い。
「──『これは特殊任務である。各員、腹を括れ』」
彼は単純に、全ての人間にこの言葉が聞こえるよう、口調を強めているのである。
この司令室に存在する全員の視線が、黒堂に集まる。それは一瞬の事だったかもしれない。
だが黒堂の言葉によって、オペレーター達が、技術将校達が、補佐官達が、警備兵達が、役割を持つ全ての人々が黒堂を仰ぎ見た。
そして彼らの視線は、黒堂に注がれた直後に、幸坂へと向かう。妙な敬礼の格好のまま固まって、その大きな単眼を潤ませている彼女へと。
「はいぃっ!」
幸坂はなんとかどもる事もなく一言で返事をすると、椅子を蹴り倒しながらも急いで自分の持ち場に戻った。
その直後、他のオペレーター達も動き始める。ただし今度は慌てた様子はなく、静穏に、且つ素早くプログラムの軌道修正を行っていた。
そして15分後、"ハエトリ計画"発動宣言が発布された。
「SCP-058-JPの収容と事態の鎮静から12時間が経過しましたが、温帯低気圧はほぼ速度を維持しています」
「これだけのものだ、一度勢いがつけばそう易々と止まりはしないだろう。SCP-058-JPとSCP-066-JPの関連は掴めたか?」
「報告に基づいて研究が進行してはいますが、かなり難しいでしょう。判断材料が少ない上に、両オブジェクトを関連づける証拠すら決定的に不足していますから」
「しかしSCP-058-JPの事態が鎮静されてから、温帯低気圧は少なくとも加速はしなくなりました。おかげで"Phoibos"による計算結果は安定しています」
「SCP-066-JP-2出現までは、おおよそどれ程の猶予がある?」
「6〜7時間程です。加速した分勢力は弱まっていますが、確実にSCP-066-JP-2の出現を促すだけの勢力と軌道を有しています」
「よし。指示していた通りの配備は?」
「既に完了しています。現在は各通信網のチェックとテストを繰り返している段階です」
黒堂と補佐官たちの話を背中越しに聞きながら、幸坂は不安の中で業務をこなす。
尤も、不安と言えども仕事の基本的な動きには慣れが生じており、チェックとテストの手順はいつもの事務処理とほぼ同様のスムーズさで行えるようになってきている。
しかし、いざSCP-066-JP-2が出現し、自分が動かなければならない状況になったら、果たして大丈夫だろうか?
自分が担当している場所は緊急対処オペレーション。つまりスピードが勝負である。スピード勝負の経験が無いわけではない幸坂であったが、その事を事前に報されているような状況下では、緊張が勝る。
結果として、不安が募る。こんな事ではいけない、と思い直し汗と共に拭い去っても、不安は再び同じ動きで積み重なる。
そうして、時間だけが過ぎていく。初任務の緊張と不安と焦り、そこにイレギュラーな事態の発生という事実が重圧として重なる。
緊急対処オペレーターとは言え、緊急指令下以外では通信回線の中継や暗号化のサポート等も行うのであるが、それがますます幸坂の時間の感覚を早めていた。
心臓の高鳴りと、頭部への熱の結集が自分でも感じられる。だが、両隣にいる先輩オペレーター達も、司令室の中央で議論を重ねている戦術技官達も、そして黒堂も、幸坂の感じる重圧に気をかけている余裕は無かった。
時間は有限で、そして今現在もそれは消費されている。必ず来るその時に対して万全な備えを整えるために、やれる事は全てやる。
構築が完了したとしても、確認とテストはその時が来るまで無限に行い続ける。平常時に訓練を積んだ上での入念ぶりこそが、財団を財団たらしめる、組織としての性質の一つであった。
そこには、何らかの作業に没頭させることで、緊張感や絶望感や恐怖を和らげるという意図もあっただろう。しかし少なくとも幸坂に対しては、その効果は半分は意味を為さず、もう半分は覿面であった。
6〜7時間をただ座して待っていたならば、現在感じているのとは比べ物にならない不安と更なる重圧によって、最悪の場合、彼女は嘔吐までしていたことだろう。
それに比べれば、時間の経過が早く感じるというのは「まだマシ」な症状であった。
そして時は瞬く間に消費され、遂にそれを報せる警報が司令室に鳴り響いた。
その一瞬のみ、黒堂を除く全ての人間が警報に気を取られた。
「作戦開始だ。全てのプログラムを起動しろ」
低く抑えながらも、威圧するような凄味の篭った声で、黒堂はそう指示した。
この警報が意味するものこそが「いつSCP-066-JP-2が出現してもおかしくない状況に突入した」という事実である。
つまりは作戦開始の合図。何かを予め行える時間は過ぎ去ったという証である。
「"ouroboros"活性化開始」
「全作戦支援基地、作戦行動に支障ありません」
「全機動部隊のモニター開始。戦術ウインドウに表示します」
「"Quetzalcoatl"活性化します」
「"Phoibos" "Helios"両サーバ問題ありません。動作良好です」
「各監視駐留所のモニター情報表示します」
「作戦支援基地機能起動。収束磁気システム内の励起を確認しました」
「監視駐留所との通信を優先化します」
「リアルタイム情報表示します」
矢継ぎ早に報告が司令室を飛び交う。しかし実際の所、直前の備えに行える事は既に殆ど無い。やるべき事の多くは、既に完了しているからである。
いつ対象が出現してもおかしくない状況へと移った事で、やる事はかえって劇的に減ったのだ。
行うべきことと言えば、継続運用によって負荷がかかると思われるシステムの起動と、報告程度のものである。
慌ただしさはものの数十秒でなりを潜め、後は張りつめた静けさのみが場を支配する。
その中で、全員が司令室の壁に取り付けられた大型のメインモニターに視線を注いでいた。
メインモニターに映っているのは、監視駐留所からの映像である。
それは台風によって荒れ狂う海の模様を沿岸から撮影しているリアルタイム映像であった。
この画面全体が、SCP-066-JP-1──「巨大な金属塊を放出し得る海面」なのである。
皆が固唾を飲み、映像を注視した。
監視駐留所が管理している観測機器から送信され続けているデータは、スーパーコンピューターによって自動で処理されている。
それらが示すものは、今のところ何一つ無い。
沈黙と、スピーカーから漏れ聞こえてくる、台風の勢力の強さを物語るような風と波浪の音のみが皆の心を包み込む。
この静けさを切り裂いたのは、情報官の一人が担当している制御盤から鳴り響いた、心電図がフラットを描いた時のような電子ブザーだった。
この音こそ、観測機器がSCP-066-JP-2出現の徴候を感じ取った証である。
重力場の形成を、海面の分子運動の異常から感知したのだ。
それとほぼ同時に、膨大な量の情報がまさしく洪水の如く司令室へと流入し始めた。
数十基のモニター全てが、感知し得るあらゆる情報をリアルタイムで表示し続け、オペレーター達は一斉にそれと向き合った。
「重力場の形成を確認。海中穿孔開始」
「重力場沈下を確認。温度上昇しています」
「崩壊現象始まりました。臨界予測開始します」
そして、メインモニターに映る海面にぽっかりと穴が空いた。
穴は、まさしく地球そのものを呑み込まんとするかのように直径と深さを増し続ける。
そこで世界が途切れているかのような、不自然な落とし穴。
黒堂はそれを、黙って見つめていた。
動揺も狼狽も驚愕も無く、ただそれを見つめながら、報告を聞き続けていた。
画面を埋め尽くすように広がりつつある穴は、まるで司令室を呑もうと迫ってきているかのようだった。
だが、それは穴では無い。黒堂はそれを知っていた。あれは穴ではない。
あれは引き絞られた弓なのである。
もしくは、大きく後ろに振りかぶられた、石を握る手であろう。
「深度260に到達。収縮率83.9%!」
「重力場内の全原子の崩壊を確認しました!」
「内部温度レッド・ゾーンに突入!」
「核熱量臨界点に到達!」
「収縮率97.8%! 収縮停止!」
多くの声が響いていた。
しかし、モニター越しに"それ"と相対していた黒堂が漏らした言葉は、ただ一つだけであった。
「デカいな」
直後、司令室から遥か遠く離れた海中が爆ぜた。
海そのものによって投擲されたが如き格好で、巨大な金属塊は爆発のような水柱を立てながら外界へと飛び出したのだ。あたかも、獲物に飛びかかる獣の如く。
その瞬間、幸坂はそうしてはならなかったにも関わらず、つい横目で再びメインモニターを覗き見た。
監視駐留所のカメラは、既に遥か彼方へと飛び去っていったSCP-066-JP-2へと向けられている。
そこに映る実体は、最早僅かな点のようにしか見えなかったが、幸坂は息を飲み込んだ。
──アレが、敵か。
端的で、ごく短い思考だった。
これから自分が対処しようとしているモノを、遠く離れた姿であっても、モニター越しであろうとも、その大きな目で見たのである。
体を、心を、震わせずにはいられなかった。
「落下地点出ました!2S-76-12!」
「対象の情報を取得!戦術ウインドウに表示!」
「"ouroboros" "Quetzalcoatl"への自動指令及び動作を確認!」
「作戦支援基地S-12、S-13、S-15、S-16、S-17、S-18への指令送信を確認!」
「機動部隊"アーチα" "アーチΔ"への指令送信を確認!」
「気象情報自動追跡問題無し!」
「当該作戦支援基地準備開始! 完了まで残り1分16秒!」
10秒間で多くの報告がまたも指令室内を飛び交う。
だが、"ハエトリ計画"の手順の多くは既に自動化されている。
SCP-066-JP-2実体の情報を集積し、気象条件等の、軌道に影響を及ぼし得る条件と照らし合わせて落下地点を割り出す。
その後落下地点を中心とした作戦エリアを、周辺の作戦支援基地と機動部隊待機所の分布から設定。作戦支援基地と機動部隊に指令を送信し、SCP-066-JP-2の位置情報をリアルタイムで共有。
作戦支援基地が照射する収束磁気の出力を、SCP-066-JP-2との距離によって個別に設定し、既定の高度にSCP-066-JP-2が達するのと同時にタイミングを合わせて照射。
出力をコントロールしつつSCP-066-JP-2の情報を機動部隊に送り続け、収束磁気照射によって落下速度が低減されたSCP-066-JP-2を回収すべき最良のタイミングを指示する。
ここまでの事を、全て自動で行う事が既に可能となっている。
極端な話、一度SCP-066-JP-2が飛び出してしまえば、司令室にいる人間が何もせずとも"ハエトリ計画"に支障は無いのだ。
メインモニターの画面が切り替わる。
映し出されたのは、今回出現したSCP-066-JP-2実体に関する情報である。
観測と計測から得られた情報によって構築された、歪み一つ傷一つに至るまで正確に再現されたSCP-066-JP-2の3Dモデルが画面の中央で展示品のように回転しており、それを取り巻くようにして数値的なデータが示されていた。
それを目の当たりにして、黒堂の眉間が僅かに反応した。
円筒部の表面にはあのシンボル。ただし引っ掻き傷による破損は無い。
車軸の頭にはこれまで見られなかった、異なる複雑なシンボルが刻印されている。
車輪部の直径は47.3mで厚みは45.9cm。
総重量は3121kg。
これまで現れた実体の中で最大規模のものをゆうに超えるサイズと重量。
傷は多いが歪みは少なく、他の実体に比べれば密度も均一に近い。
車輪部は円筒部と溶接されておらず回転する仕組みとなっており、空中軌道に大きな影響を及ぼすだろう。
とはいえ、想定外の事態が発生する事は既に予想済みでもある。
これまでの最大値が、あくまで「これまでの」でしか無い以上、より高い要求を実現出来る能力は当然備えていなければならない。
既に、プログラムはこれらの特殊事象を考慮した上で計算結果を弾き出している事だろう。
この実体を受け止め、回収出来るだけの戦力を既に正確に把握し、情報と指令を送信しているのだ。
その点について心配すべき事は無い。
黒堂が直感的に反応した点はそこには無い。
ただ彼は、円筒内部に大きな空洞が設けられており、そこに楕円形の何かが収納されている点に、予感を覚えたのだ。
空洞の内部にはただ"何かがある"という事だけしか分からず、その正体については判別が出来ない。
彼はそこに、漠然と悪い予感を抱いたのだ。
とはいえ、収容そのものはつつがなく実行されていく。
そうしなくてはならないのだ。
正体不明の不確定要素一つ程度であれば、作戦に支障が生じるまでは捨て置くしかない。
少なくとも、刻一刻と時間が消費されていくこの場では。
それに、この楕円形の何かがたとえ爆発物であったとしても、機動部隊は必ず一定の距離を保ったまま、実体を磁力によって吊り下げて移動させる。
そうなれば、仮に作戦行動中に爆発したとしても影響は軽微であろうし、作戦終了後に、有り余る時間を利用して慎重に調査と収容を実行する事でリスクは最小限に抑えられる。
作戦に支障は無い。
この慌ただしさとは裏腹に、司令室は作戦中、最も不要な存在のままである。
──緊急事態さえ発生しなければ。
けたたましいサイレンと同時に司令室内の警告灯の一つが点灯する。
緊急事態の発生を、いずれかの自動装置が感知したことを示す合図だ。
緊急事態は、その性質によっていくつかに分類され、分類ごとにサイレンの音が僅かに異なっている。
つまりサイレンの音の違いによって、どの緊急対処オペレーターが担当すべき分類の事態なのかが、警告灯を見なくとも瞬時に判別出来るという仕様である。
今回のサイレンは初めの音が途切れ、次の音は正常、という二種の音の繰り返しによって構成されている。
それが指し示すものは一つ。そして点灯した警告灯に最も近い者も一つ。
"レザー"。幸坂 縁が担当する区分の緊急事態であるということである。
ハエトリ計画に於いて「報告を」などという馬鹿げた指示を、黒堂が出したりはしない。そのようなやり取りは重大な時間的猶予の損失であるからだ。
故に、言葉以上の速度で、彼女は自らの職務を自己の判断のみでやってのけなくてはならなかった。
小さな体格に納まる小さな心臓が大きく跳ねたように、幸坂には感じられた。
幸坂 縁。彼女は本来こういった危機的状況の対応には優れた才覚を持つ人物である。
だが今の彼女は平常心を欠いていた。普段とはあまりにも異なる衣服、環境、業務、そして使命。これらが、内気で人見知りな彼女の面を大きく引き出してしまっていたのだ。
この期に及んでもそれらは解消されておらず、実感を持ち切れずに、萎縮した状態でここまで来てしまっていた。
そんな状態であれば、緊急事態に際して軽いパニックを引き起こしてしまうのは自明の理であった。
「えっ、あっ、きんきゅっ」
キーボードに手を添えたまま、数秒間の狼狽を如実に露にする幸坂。
視線と思考のみがうろつき、手も喉もまともな着地点を見つけられていない。
ここに配属が決定されてからの、郡博士によるマンツーマン講習の内容が記憶をかき回す。
いくつもの手順や判断の例が空転し、多くの言葉がよぎっては消えてを繰り返す。
事態の把握。
緊急事態ファイルの位置。
先に報告。
報告、何て言おう。
汎用緊急メッセージ呼び出しってどうやるんだっけ。
何が起きてるか、どうやって見るんだっけ。
データの呼び出し。
報告って口頭?
戦術ウインドウに情報の開示を。
情報ってどこ?
それより、緊急事態って何?
いや、報告しなきゃ。
時間無い。
どういう手順だっけ。
郡博士の説明分かりづら過ぎだ。
──駄目だ、このままじゃ。
「っ・・・」
息を詰まらせながら、幸坂はなんとか情報をメインモニターの戦術ウインドウに表示することが出来た。
本来なら口頭での報告と同時に、メインモニター以外の各オペレートデバイスと、司令補佐が所持する策戦用タブレットにも併せて情報を送信しなくてはならないのだが、今の幸坂にそれらの正規の手順を速やかに完了する余裕は無かった。
これらの失敗を、直接咎める者はいない。そのような余裕などはとても無いからだ。事実、黒堂はメインモニターを凝視するのみであり、何事かを幸坂へと言い渡すようなことはしなかった。
「"アイアン"、プロトコルUS-12を発動しろ。対象JAL管制室、161-B-737-800」
「了解」
それどころか、まるで差し支えなく他のオペレーターへの指示を済ませてしまった。
プロトコルUS-12の発動が宣言されると、司令補佐たちは黒堂の代わりに手分けして、そのプロトコルの規定に従い指示を飛ばし始める。
緊急事態"SCP-066-JP-2と民間航空機の空中衝突"
SCP-066-JP-2は射出後かなりの飛距離と最高高度を有するため、民間機との接触が懸念される。
民間機の空中軌道は通常時は既定されており、何らかのイレギュラーな事態によって通常とは異なる軌道をとっている場合でも、その位置情報はリアルタイムで報告され、記録されている。
それらのデータとSCP-066-JP-2の空中軌道のデータを突き合わせて、空中衝突が予測された場合、空中衝突による惨事と機密違反を防止する方法がプロトコルUS-12である。
まずは空中衝突が予想される航空機と連絡している管制室を特定し、スーパーコンピューター"Phoibos"と付近の作戦支援基地を使用し通信をジャック。
管制室にはダミーのデータと音声を送信して記録させ、航空機には──
「こちら管制。7時下方より不明な機影の接近を確認、回避のため直ちに左30°旋回せよ。繰り返す、直ちに左30°旋回せよ」
管制室を装い、パイロットの母国語で回避を指示する。
この間、航空機の乗客リストとその情報をもとに、乗客のメールアカウントや各SNSアカウントを割り出して一時凍結し、航空機の不審な回避行動や「目撃証言」の情報が一切外部に漏れないようにする。掲示板への書き込みに対しては、US-12を行っている間、アクセス数の多い指定されたウェブサイトのサーバーをダウンさせることで対処。アクセス数の少ない個人サイト等に書き込まれたものは、"ハエトリ計画"の終了後に別個対処する。
指示によって民間航空機が回避に成功した場合は、その後正常なルートに復帰させ、最後までこちらの方で誘導する。そして航空機が目的地に到着する前に、当該エリア担当の財団のバックアップ部隊が本来の管制室に踏み込んで全人員に記憶処理を施す。
そして仕上げとして、タラップもしくはボーディング・ブリッジ内に検査員との名目で待ち構えているバックアップ部隊が乗客全員を記憶処理し、最後に残った機内スタッフの記憶も処理する。
この際、何らかの機密違反に繋がりかねない記録や物品も、乗客と機内スタッフからは回収され、ブラックボックスも"Phoibos"によって記録が改竄される事になっている。
こうして、公式的な記録上にはあくまで「航空機は問題無く飛行を完了した」とだけ残り、痕跡は抹消され、人々は己の危機すら忘れて正常な生活へと戻る。
しかし、回避に失敗した場合は・・・
「対象は回避行動を開始。接触予測時間まであと17秒です」
「バックアップ部隊14名出動確認」
「機内の電子的情報の封鎖手順異常ありません」
熟練のオペレーターたちの声からは、僅かばかりの緊張が感じ取れる。
想定し得るあらゆる状況に備えて膨大な緊急事態プロトコルを用意してある"ハエトリ計画"だが、その半数以上は未だ実戦で使用された経験が無い。
今回のプロトコルUS-12についても実際の使用は今回が初めてである。無論、講習を受け、訓練を積んだ優秀な人員と、財団日本支部が総力を挙げて組み上げた緻密なプログラムと、"Phoibos"の演算能力は十分な信頼に値する練度と完成度を誇るだろう。
しかし「世の中なにが起こるか分からない」という言葉が骨身に染みているのも、また彼ら財団の人々である。
十分な要素と経過にも関わらず、実戦での使用例が無いという事実一点が、「もしかしたら何かが起こるかもしれない」との想いを彼らの胸中から拭わせなかった。
「接触予測時間まで残り5秒」
メインモニターの戦術ウインドウに"Phoibos"演算によるレーダーが表示される。
映し出されているのは海岸線と気象による影、地磁気を表す線、そして航空機を示すアイコンと、ボビンのような形状の赤い陰影。
アイコンと陰影は既に距離を詰めており、1秒ごとに完全に重なり合おうという意思を有しているかの如く互いに接近する。
航空機のパイロットからは、既に旋回を開始した旨の報告を受けていたが、間に合うかどうかは誰にも分からなかった。
「残り2秒」
レーダー上で、二つの影が重なり合った。
17秒もあれば、十分に避け切れる。誰もが、そう信じたかった。
「通過しました」
そしてそれは報われる。
二つの影はレーダー上で擦れ違い、双方が健在であることを確かめ合った友人のように違う方向へと別れた。
即座に"アイアン"のもとへ、狼狽に満ちた声が送り届けられる。
どうやら、SCP-066-JP-2をパイロットに目撃されたらしい。
そのフォローに関しては、管制を行う"アイアン"とバックアップ部隊の役割である。
"レザー"たる幸坂には、緊張で強張らせた肩を数瞬、呼気とともに下ろす暇が与えられた。
「作戦は継続されている。気を緩めるな」
だが、その弛みを感じ取ったか、もしくは司令室全体に弛緩が伝播するのを先んじて制するべきと判断したのか、黒堂の言葉が直ぐさま幸坂の背中を固くさせた。
そして、彼の言葉はまさしく真実であった。
けたたましいサイレンがまたもや司令室に鳴り響く。
途切れず、一繋ぎで鳴り続ける音は、まるで早口で急いで捲し立てているかのようだった。
この音で全てを察した黒堂は、瞬時に2名のオペレーターを睨み付けた。
「"クロス"、"ホップ"、対象の特定と施設との通信を急げ」
一言で、この緊急事態に割り当てられる人員が確定した。
この2名が緊急事態に対処し、その2名が通常行う情報整理は他の人員に分担される。
つまり幸坂への負担も増えるのであるが、彼女はその事よりも、サイレンの音から察せられる緊急事態の内容に戦慄を覚えていた。
「("オブジェクト・クロス"だ・・・!)」
財団が管理する異常オブジェクトの中には、固有の土地に異常性が定着していたり、広域に渡って発生し得る散発的な存在もある。
噛み砕いて言えば、地域・土地そのものがSCPオブジェクトである存在だ。
それらに対しては「収容」というよりも「管理」の色合いが強く、箱の中に閉じ込めると言うよりは、それを中心として箱を組み立てたり、箱を作る以外の方法で外部と遮断することで"不可視の箱"を構築し、収容とする事が多い。
そこに、SCP-066-JP-2が落っこちる。
それが緊急事態"オブジェクト・クロス"である。
SCPオブジェクト指定を受けた、異なる物品同士の計画外の接触。
それは、正体不明の液体を爆薬に注ぎ込むようなものである。一体何が起こるものか、一切の予測を許さない危険な遭遇。
財団が断じて防がねばならない事態であり、"ハエトリ計画"という途方も無い資源が注ぎ込まれるであろう計画が承認された理由の一つでもある。
だが先程に比べて、司令室全体の雰囲気で言えば、今回はより落ち着いていた。
"オブジェクト・クロス"の発生は、実のところ初めてでは無いのである。
既にSCP-720-JPとSCP-138-JPに対する"オブジェクト・クロス"が"ハエトリ計画"によって対処済なのだ。
で、あるからして、黒堂の指示とオペレーターの動きは速やかであった。
まずは"オブジェクト・クロス"の対象となるSCPオブジェクトを割り出すこと。同時に、そのSCPオブジェクトの収容を行っている施設・もしくは部隊の責任者と連絡を取ることである。
これらの事は、4秒もあればすっかり完遂可能であった。
「特定しました。SCP-900-JP──エリア-8190です」
オペレーターの一人からの報告と同時に、モニターに人工衛星からの俯瞰映像が表示された。
それは、SCP-900-JPを収容──というよりただ囲い込んでいる──しているエリア-8190全体を映し出していた。
しかし映像が示しているのは、SCP-066-JP-2の予測着地点だけでは無かった。
「活性化中か」
手元のタブレットに視線を落としながら、黒堂は呟いた。
タブレットにはSCP-900-JPの報告書が表示されている。
そしてメインモニターには、エリア-8190内に広がる大規模な濃霧が映し出されていた。
「エリア-8190管理者と繋がりました」
「スピーカーに繋げ」
補佐官の一人の命令と同時に、フロアスピーカーが微かな雑音を流し始める。
それと同時に、黒堂が相手を待つことも通信状態を確認する事もなく、卓上のマイクを手繰り寄せて切り出した。「状況は?」と。
『・・・職員の退避は68%まで完了している。こちらの人員は即応部隊が主だ。なんとか、時間には間に合うだろう』
「機動部隊との連絡は?」
『つい先程、部隊長との通信を終えた。こちらの施設と相互に影響しないよう、管制指示も出している。ただ──』
「どうした」
『"霧"が出ているせいで、観察と記録は継続する必要がある。私を含む研究員7名が施設に残るが、構わないか?』
「何かあっても援護は出来ないぞ」
『結構だ』
「よし。この通信は開いたままにしておく」
そう言うと、彼はマイクのスイッチを切らずに、卓の隅へと押しやった。
数瞬後には『頼んだぞ』という声がスピーカーを通じて室内に響いたが、それに返事をすることもなく、黒堂は改めてメインモニターに向き直った。
SCP-066-JP-2には、これまで特別な異常性を自ら発揮した例が無い。
SCP-900-JPは、何らかの物質に接触した場合、その物質を削り取って消滅させるか破損させるだけ。
ならば、両者の接触がどのような損害──あるいは危機──を生み出すというのだろうか?
池にゴルフボールが落ちる事が、世界の滅亡にどう関係してくるというのだろうか?
それが分かるなら、それが明らかであるならば、あれらは”異常”とは呼ばれないだろう。
「何故かは分からないが海中の無から突如現出するゴルフボール」と「どうやってかは分からないが全ての物質を細切れにして消失させる池」が接触するとどうなるか? それは誰にも分からない。
だが、一つの真実として間違いなく存在しているのは、「財団は決して甘くは無い。容赦の無さでは、彼らをも上回るものと相対しているが故に」という事だけである。
ならば、何としても防がなくてはならない。財団が把握している範疇に現象が収まっている内に。
その上、今回のSCP-066-JP-2はこれまでで最大規模の実体である。
これまでで最小の実体であっても言語に絶する被害を生み出したSCP-066-JP-2が、まともに地面に激突してしまえば、その余波でエリア-8190は間違いなく崩壊する。
それは、封じ込め違反の発生であると同時に、SCP-900-JP現象を観察し、記録しなくてはならない職員たちの死をも意味する。
故に、黒堂は通信を切らなかったのだ。
「全時間を割り出せ」
省略した指示を一つだけ、黒堂は発した。
その直後、オペレーター達はメインモニターに、タイマー付きのウインドウを次々に展開させた。
幸坂も、心中穏やかならずとも、簡略化された手順のおかげか、何とか出遅れる事なく仕事を遂行した。
「"アーチα"の収容ヘリ到着まで16秒」
「たいっ、対象の着弾まで残り47秒」
「作戦支援基地、いつでも磁射開始出来ます」
「再演算完了しました。900との接触3秒前に確保出来ます」
「3秒か」黒堂は心の中でのみそう呟いた。
幸坂も、報告を聞いて生唾を飲み込んだ。
スーパーコンピュータ"Phoibos"と"Helios"の演算に狂いは無い。
しかしだからこそ、それによって弾き出された猶予が3秒しか無いというのは、あまりにも危険だった。
機械は正確であるが、人間は正確では無い。そして、SCPオブジェクトも正確とは限らない。
だが現状で言えば、無事に収容が成功する確率の方が高いことも事実であろう。
故に、二者択一が成立する。「なにも起こらない方」に賭けるか「なにかが起こってもいい方」に賭けるか、だ。
で、あれば、司令たる者が下すべき決断は一つである。
「"ouroboros"を一時凍結。1S、2R、3Rの全支援基地を緊急手順で起動した後、"Quetzalcoatl"を適用して即座に磁射開始」
淡々と指示を述べる黒堂を、補佐官たちが意外そうな表情で仰ぎ見た。
「"スクランブル作戦"だ。直ちに実行しろ」
幸坂は、今度は息を呑んだ。
黒堂が下した指令は、"ハエトリ計画"の肝である空中確保という手段を破棄するものであったからだ。
スクランブル作戦とは俗称であり、正式なプロトコル名では無い。
それは実の所、未だ正式採用されていない手順である。
本来、財団がとるべき手段では無い手段だからである。
作戦支援基地は、本来SCP-066-JP-2に対してあらゆる方向から磁力を浴びせかける事により、SCP-066-JP-2を空中に押し上げるために存在する。
その際に最も重要なのは、全方向から"均等な力"がかけられ続けるようにするということである。
少しでも磁力の出力が弱い、または強い作戦支援基地があると、空中の一点でSCP-066-JP-2を保持し続けるのは非常に難しくなる。
そのバランスを計算するプログラムが"Quetzalcoatl"である。"Quetzalcoatl"は参加する作戦支援基地とSCP-066-JP-2との距離、または周辺環境を計算して「どの基地がどの出力で磁気を照射すべきか」を導き出す。
このバランスが偏るとどうなるか? SCP-066-JP-2は空中で止まる事無く、軌道を変えるだけで終わる。
下手をすると、どこかにすっ飛んで行ってしまうということもあり得る。
その"下手"を敢えて行うというのが、スクランブル作戦であった。
とにかく着地地点を変える、という目的のために、一方向から集中的に磁力をぶつける。
そうすることで、どの方向にSCP-066-JP-2が吹き飛ぶのか? 無論、その方角は想定出来る。
しかしそれは、例え一時的であっても、財団がSCP-066-JP-2のコントロールを失う事に他ならない。
SCP-066-JP-2が具体的にどのような軌跡をとるのか? どのような損害が出るのか? それらの予測も、対応も間に合わないだろう。
結果として、スクランブル作戦を実行する上でやれる事は一つだけ。「防ごうとした被害を上回る被害が出ないのを祈る」。これだけだ。
しかし、それを推して既に決断は下されたのだ。今更異議を唱えて議論をする猶予は無い。
もたもたしていると、全ての決断は無意味と化すのだ。
「し、指定の作戦支援基地に"Quetzalcoatl"を適用しました。磁射焦点設定完了です」
"Quetzalcoatl"から吐き出された情報を述べる幸坂。
予測によると、今回のスクランブル作戦が実行された場合、SCP-066-JP-2は太平洋上へ落下するとのことだった。
民間船がそれに巻き込まれないだろうか? 津波を誘引するだろうか? その場合津波の規模はどれほどだろうか? 地殻に与える影響は? 生態系に与える影響は? 回収に要するコストは? 手間は? 対応できる準備は万全か?
それらを調べている時間は無い。今、ここで下された決断で重要なことは一つ。"オブジェクト・クロス"事案はなんとしてでも防がねばならないということだ。
そして、その決断の早さが、結果的には功を奏するのである。
作戦支援基地の再設定はすんでの所で間に合い、SCP-066-JP-2は、SCP-900-JPが接触する11秒前に洋上へと吹き飛ばせる、との予測結果が弾き出されたのだ。
通常の"ハエトリ計画"では、実体を減速させることに重きが置かれているため、磁気の出力は段階的に推移していく。
しかしスクランブル作戦は、実体を軍用機に見立てて、文字通りスクランブルさせるように弾き出す。持続的に磁気を照射するのではなく、最初から大出力で磁力を瞬間的にぶつけるのであるからして、遥か手前でSCP-900-JPとの接触を阻止可能であるのだ。
『緊急だ!』
唐突にスピーカーから響いた声を、一瞬で理解出来た人物はいなかった。黒堂を以てしてさえも。
『応答しろ! 映像を送るぞ!』
続いた言葉で、黒堂はやっと卓の隅に追いやったマイクを再び手繰り寄せた。
声は、エリア-8190管理者のものだった。
「分かった、モニタ回線を開く」
そう応えるのと同時に、補佐官の一人がオペレーターの一人に指示を出した。
オペレーターによって、戦術ウインドウに新たに一つのウインドウが出現する。
ウインドウは初め暗闇のみを映していたが、2秒もすると、エリア-8190からの映像を受け取り、それをそのまま流し始めた。
映っていたのは、SCP-900-JP。その濃霧としての姿を横から撮影しているものであった。
通常ならば、ただ風に揺らめき、気圧の軽重に身を任せるだけである、一塊の巨大かつ広大な濃霧。
その濃霧が、渦を巻き、槍の穂先を突き出すように、上空へ向かって真っ直ぐと伸びていた。
芯央から幾度も、幾度もの閃光をほとばしらせながら、意思を有するが如く上へ上へと身を捩らせていた。
その姿は、あたかも叫び声をあげながら井戸の縁へと手を伸ばす亡者か、そうでなくば肉の欲望への抑えが利かぬ猛獣であった。
回転し、収束し、縋り付くようにして、求めるようにして、霧はただ一点を目指していた。
『10秒前にいきなり始まった。リアルタイム映像だ!』
黒堂の口元と眉間に力がこもった。
SCP-900-JPがどこへ向かって伸びているのか、それは明白である。
何故? 一体どうやって? SCP-900-JPのこのような活動は、これまで記録された事が無い。
しかし、今ここに於いて、それは問題ではなかった。
問題は、SCP-900-JPがSCP-066-JP-2に向かって伸びていく速度だった。
──明らかに、スクランブル作戦でも間に合わない──
「受け止める気か・・・」
誰にも聞かれぬ声で、黒堂が呟いた。
しかし、どのような声量であったとして、今ここにいる誰に対しても声は届かなかったであろう。
補佐官も、オペレーターも、情報技官も、誰もがこの異常過ぎる事態に圧倒されていた。
一つの山岳部を埋め尽くすほどの濃霧が一つの塊として、一つの方向へと一斉に向かっていく光景。
あまりにも予想外に過ぎた事態の発生。
そして、もう打つ手が無い、という事実。
誰もが、呆然とした。
唖然として、ただただ見上げた。
幸坂も、息を止めてメインモニターに視線を注いでいた。
重要部署への任命からの初任務が、こんなことになるなんて。
そんな事は誰も、地球上に生ける全てのものの知力を総合したところで、想定出来なかっただろう。
その時のために存在するのが財団であるのだとしても──
敗北は、今や目前にあった。
しかし、幸坂は気付いた。
彼女の目前にある、オペレーター用の情報モニターでは、目まぐるしく情報が交錯している。
人工衛星の情報を受け取っている"Phoibos"が、情報の書き換えと再演算を高速で何度も行っているためだ。
皆が止まっている中で、コンピュータだけが停止していなかった。
幸坂には、それが必死に諦めを拒絶しようとする執念のようにも見えた。
"ハエトリ計画"を作り上げるために、幾度もの試行錯誤を重ねた専門家たち。
"ハエトリ計画"を成し遂げるために、たゆまぬ研鑽を続けた実行部隊員たち。
この作戦の成功──そのためだけに、生活を、人生を、貴重な財産を捧げている人々がどれだけいるだろうか。
その全ての執念が、今はこのコンピュータにのみ宿っている。
そう感じ取った幸坂とて、諦めたくは無かったのである。
「(でも、どうやって──)」
疑問を頭の中に走らせようとした瞬間、情報モニターの一部が彼女の目に留まった。
それは、タイマーであった。
それも、一つのタイマーではない。
急行している機動部隊の到着予測時間。
作戦支援基地の稼働状況をリアルタイムで示し続ける時刻表。
SCP-900-JPとSCP-066-JP-2が接触するまでの残り時間を示すタイマー。
それらを目にしたとき、一つの閃きが幸坂の大きな目玉の裏に秘められた脳を駆けた。
そしてその瞬間──厳密にはその過程で──彼女の精神は昔日のそれへと変貌を遂げていた。
彼女の本性、何故この席に彼女がついているのか、その真の理由。
知識も装備も経験も応援も無いままに、たった一人で異常存在と渡り合い、勝利した胆力と決断力。
事務員としては凡庸な彼女。小人物的な感受性。専門知識にも乏しく、取り立てて高度な身体能力を誇るでも無い。
しかし間違いなく、彼女はここに相応しい人物として選ばれるべき人材であるのだ。
幸坂は、その時と同じように、熟考よりも直感的に行動した。
そうしなければならない、と覚悟する前に、体が動いていた。
皆が静まり返る中、彼女だけが前触れ無く席から立ち上がったのである。
即座に、注目が集まった。
彼らの大半は、そうしようと思っていた訳では無かったが、誰もが幸坂を見ずにはいられなかった。
無論、黒堂さえも──
そして、そこまでいってようやく幸坂は覚悟を決めた。
もう後戻りは出来ない。
やり切るしか、無い。
あの時と同じように。
彼女は力強く振り返り、黒堂を仰ぎ見た。
全身に力がこもっているのが、肉体の緊張から感じ取れた。
「プロトコルUB-Z8を提案します!」
叫ぶように言い放った言葉。
黒堂はその緊張が伝染するでも無く、慌てるような様子も無く、厳かな視線を幸坂に送るのみだった。
しかし、それこそが言葉の先を促している証であることを、幸坂は感じ取っていた。
何故ならば、誰一人として「UB-Z8」などというプロトコルは聞いたことも無かったからだ。
「まず、収容ヘリを落下中のSCP-066-JP-2に急速接近させます! そして接近完了と同時に、ヘリに搭載されている収束磁気装置で、最大出力の反発磁射を行います! こうすることで、作戦支援基地無しでスクランブル作戦と同様の効果を得る。それがUB-Z8です!」
幸坂のその言葉に最初に愕然としたのは、補佐官たちだった。
オペレーターの一人が急に、戦術技官である自分たちを飛び越えて、前代未聞のあまりにも無謀な方法を提案したからだ。
プロトコルUB-Z8。それは即ち、収容ヘリによる接射だ。空中でヘリとSCP-066-JP-2が接触する危険も高い。
そもそも、高速で落下するSCP-066-JP-2にヘリで肉薄すること自体が困難極まる。
更に、もしヘリがSCP-900-JPに呑み込まれればいたずらに損失を増やすだけで終わる可能性もある。
万一成功したとして、ヘリが搭載している程度の磁気装置でSCP-066-JP-2をどれほど弾き飛ばせるかは甚だ疑問である。
補佐官たちも精鋭である。彼らは瞬時にそのことに気が付き、黒堂に却下を申請しようとしたが──
「誰の案だ?」
──彼らよりも早く、黒堂は幸坂を見下ろしながら速やかに、それでいて静やかにそう訊ねた。
「研修の時に、郡博士がちらりと漏らしてました! スクランブル作戦の一環として提案する事で、作戦の正式採用に漕ぎ着けられれば、と!」
黒堂の試すような視線を受けながら、それでも彼女は初めて真っ直ぐに彼の目を直視した。
彼女の魂の中で、既に賽は振られたのだ。今更退けば、破滅だけ。
時間が、無いのだ。
「そうか」
黒堂は一瞬だけ、逡巡するような様子を見せた。
それは1秒か2秒の間だけであったが、幸坂と黒堂の間には無限に近い刻が流れていた。
補佐官たちが黒堂に詰め寄る。
最早言葉を発する時間も惜しいのか、彼らは視線のみで黒堂に訴えていた。
そして彼らの感ずるもの、考える点については、黒堂もよく理解していた。
その上で、彼は決断を下す──
「"アーチα"に繋げ」
その言葉は、即ち"実行"を意味していた。
補佐官たちは明らかに何かを言いたげであったが、黒堂はあえてそれらを全て無視していた。
彼の視線はただ、幸坂にのみ注がれていた。
彼女もまた、全身を強張らせながらも、黒堂の射るような視線に応戦していた。
『その必要は無い』
その緊張を裂くようにして、無線機越しの声が響いた。
声を発したのは、幸坂のオペレーター用情報モニターに据え付けられたスピーカーであり、情報モニターには「通信中:アーチα」の文字が表示されていた。
『賭けに乗るのは、俺たちの方が一足先だったみたいだな。全部聞いてたぜ』
声を聞き、オペレーターの一人が急いでコンソールを操作する。
そうして戦術モニターの作戦領域ウインドウを拡大すると、既に機動部隊アーチαのヘリは、SCP-066-JP-2に向かって突進を敢行しようとしている所であった。
幸坂は、立ち上がる前に、アーチαとの通信をオープンにしていたのだ。
アーチαに対して伝達を行う時間を省略するために、そうしたのだ。
黒堂が、UB-Z8実行を下知すると信じて。
そして結果的には、このアーチαの行動によって司令室内の全員で、想いが共有されるのである。
「もう、やるしかない」と、全員が腹を括ったのだ。
「よし、こちらから補助する。そのまま遂行しろ」
『了解。こちらのシステムは全部オープンにしておく』
アーチαと通信を交わしながら、黒堂は隣に立つ補佐官の胸を右手の甲で叩いた。
それが、合図のようなものとなった。
オペレーター達は再び自らが担当する情報モニターとコンソールに向かい、情報技官はプログラムの制御とコントロールを再開し、戦術技官や補佐官たちもやけくそとばかりに指示を飛ばし始めた。
今の黒堂とアーチαの会話で、全員が何をやるべきかを把握していた。
無論、幸坂も皆が動き始めると再び席につき、本来の役目を再開する。
やるべき事とは、アーチαのヘリをSCP-066-JP-2のもとへ導く事。
"Phoibos"とヘリの情報管理システムをリンクさせ、ヘリの現在の状況と環境、SCP-066-JP-2の軌道、SCP-900-JPの速度等の情報からリアルタイムで演算を行い、最適なルートと操縦の仕方を伝達する。
更に、ヘリの収束磁気発生装置の制御も"Phoibos"に明け渡させ、磁気照射のタイミングや出力のコントロールも自動化。機動隊員の負担を軽減することで、SCP-066-JP-2に向かって突進することにのみ集中出来るよう、助けるのだ。
「"Phoibos"による情報統合完了」
「磁射設定の修正完了しました」
「900予測軌道の最終演算開始します」
「ケーニヒ・リング稼働開始。磁射準備完了です」
「ルートナビ送信完了しました」
「タイマー最終更新。猶予2秒!」
『おい! 映像を送るぞ、クソッタレどもが見えた!』
アーチαからの報告と共に、メインモニターにリアルタイム映像が表示される。
ヘリに備え付けられたカメラはヘリの進行方向へと向けられており、山岳部の地表とそれを覆い尽くす濃霧が映し出されている。
その一部が、下からせり上がる竜巻のように伸び、空を目指してまさに突き進んでいる。
揺れながらも、その様子をカメラはしっかりと記録していた。
ヘリが上昇を開始するために頭を上に向けると、カメラも上に向く。
そして、それによって映ったもう一つのものこそが、SCP-066-JP-2であった。
伸び来る霧の手に比べれば僅かな点に見えるが、突き破った雲をそのまま尾のように曳きながら、鉄塊は予めそう定まっていたかのように、SCP-900-JPの霧の手目指して落ちていた。
「間に合うか?」
率直、それでいてあまりにも重要な問題を、黒堂の口は形にした。
それを聞いた直後には、既に幸坂は必要な情報を全て取得し、戦術ウインドウに表示させていた。
「SCP-900-JPの速度と加速が一定ではないため、確定出来ません」
幸坂の言葉に対して、黒堂は「そうか」と重々しく呟くのみだった。
確定出来ない。つまり、それ程までにギリギリ限度いっぱいのタイミングだという事である。
間に合うか、間に合わないか。遂にスーパーコンピュータでさえ、それの結果が神の領域にあることを認めたのだ。
ヘリからの映像が揺れ始める。アーチαからの報告では、気流が乱れ始めたとの事だった。
大質量の急速落下と、膨大な質量が空気の流れを押し返して伸び上がっているがための現象であったが、それはまるで、二つの出会いが引き起こす重大な何かの前触れか、もしくはそれを感じ取った世界の戦慄きのようであった。
『どの道、やるだけだ。磁射、いけるか?』
「自動化完了しました。ヘリと066の距離が7m以内になったと"Phoibos"が感知し次第、最大出力で磁射を開始します」
『了解』
その乱流の中を、ヘリはものともせずに直進する。
誘導に従い、全速力で。
ヘリには、耐磁気装備が充実している。
自らが収束磁気を照射する事に加えて、作戦支援基地が照射する収束磁気の余波の影響が考慮されているからである。
しかし、磁気照射の出力は本来車のギアのように、段階的に出力を上げるよう出来ており、安全性の問題から、出力を最大にするには最低でも14秒必要なよう、プログラムによってセーフティーがかけられている。
そのセーフティーを、今回は"Phoibos"が強引に破って、起動と同時に最大出力で磁気照射を開始するのであるが、何故そのようなセーフティーが存在するのか?
『反動はどれだけ来る?』
鉄の床の上に磁石を放り投げれば、磁石は浮き上がる。
磁力が機器に与える影響を防護したとしても、反動を完全に殺す事は不可能である。
また、磁力の防護自体も完全ではなく、強力な磁気に対しては影響を受けざるを得ない。ヘリをヘリとして飛翔させるためには、防護に関して妥協点を持つ他が無いのである。
だからこそ、ヘリ全体にかかる急激な磁力の反動は、ヘリの姿勢を崩し、墜落を引き起こす可能性があった。
それが、ヘリからの磁気照射が段階的に行われるべき理由であり、作戦支援基地によるSCP-066-JP-2の空中保持を要する理由であった。
それを破るとなれば、当然、ヘリには大変な反動がかかる。ましてや、もし墜落するのであれば、落ちる先はSCP-900-JPの濃霧が立ちこめている山岳地帯だ。
覚悟を決めていたとしても、アーチαは、そのことを訊かずにおれなかった。
「無人機による実験では、わかりやすく言うなら2tトラックが時速70kmで突っ込むようなものだとの事だ」
黒堂が応える。
『その後無人機は?』
「墜落した」
淀みなく言い切った黒堂と、数秒の沈黙の後「了解」とだけ返したアーチα。
両者とも、心理の速度の差こそあれ、同等の覚悟を共有していた。
黒堂は手元のタブレットを慣れた手つきで操作しつつも、視線はほぼメインモニターに釘付けであった。
メインモニターでは、全ての距離が見る見るうちに縮まっていた。
それは濃霧とSCP-066-JP-2との距離であり、ヘリと濃霧、ヘリとSCP-066-JP-2との距離であった。
伸びゆく槍に貫かれず、横合いから弾丸を撃ち落とす。
運命で結ばれた二人の抱擁に割り込み、引き剥がす。
それがどれ程至難であることか。
ごぉ、という轟音がアーチαの無線越しにも、司令室内に響き渡り始めた。
風を切り裂く鉄塊の音か、はたまた空を押しのける濃霧の音か。
答えなどなく、交錯の瞬間が迫りつつある事のみを表す。
SCP-066-JP-2は空気を歪めながら、圧力による熱の光を纏う。
濃霧はメッセージのように、決まったリズムの閃光を孕ませながらその手を伸ばす。
ヘリが狙うのは、それらがまさに触れ合う、その地点だ。
『よし、間に合う!』
アーチαが吠える。
そこには願望ではなく、確信があった。
メインモニターのカメラは、赤熱する巨大な塊を映す。
SCP-066-JP-2が画面に迫り、押し潰すように画面中に広がった。
画面の隅には、濃霧の指先が常に映り込んでいた。
『あ──』
アーチαが何かを言おうとした時、映像はただの砂嵐に切り替わり、直ぐ隣で交通事故が起きたかのような凄まじい衝突音が無線越しに撒き散らされた。
同時に響くのは、鉄が捻れるような音、悲鳴のような風鳴り、微かにしか聞こえない怒号。
「状況!」
即座に黒堂が声を張る。
それとほぼ同時に、矢継ぎ早に報告が開始された。
「自動磁射確認!」
「アーチαを確認! 状況は不明!」
「066不明!」
「900不明!」
「地表面の900活性継続確認!」
「海上監視網に切り換えます!」
「再演算開始!」
「監視衛星情報、磁気と濃霧閃光により不明瞭!」
その殆どが、現状の不明を報せるものだった。
濃霧と閃光、そしてヘリが瞬間的に照射した磁気は、反動によってヘリの姿勢が崩れるのと同時に複数方向へバラまかれた。
それが、瞬間的な状況の把握を困難なものにしていた。
ただ、磁気防護が施されている、アーチαとの無線は未だ繋がっている。アーチαが健在である事も分かっている。
しかし、そこから伝わるのは、狂騒のみ。
ヘリのローター音に、風の音、エンジンの音、聞き取れない声。
雑多な、様々な音が入り乱れ、その上どれ一つとして状況を正確に表してはいないのだ。
黒堂は幾度も無線越しに状況を訊ねるが、明確な答えは返って来ない。
「SCP-066-JP-2位置を再度捕捉しました!」
その時、幸坂が叫んだ。
黒堂が直ぐさま視線を戦術ウインドウに移すと、そこにはプロトコルUS-12の時と同様のレーダー画面が表示されていた。
その中で、SCP-066-JP-2を表す赤いアイコンは、SCP-900-JPが収容されているエリアの示す白塗りのエリアを外れ、内陸から海岸線へと向かっていた。
それは、明らかに事前に予測されていた自然落下の軌道とは異なる動きを示していた。
「066高度538!着弾地点洋上2-18x!」
やったのか!
報告を聞きながら、黒堂は目を見開いた。
アーチαは、やり遂げたのだ。
「"ブローチ"!回収指揮!」
「はい!」
直ちにオペレーターの一人に、SCP-066-JP-2が洋上に着水した場合の回収マニュアル実行の指示を飛ばす。
SCP-066-JP-2の方は、これで一先ずは急場を凌いだ。
後は、SCP-900-JP。そして、アーチαの安否だ。
「ヘリの位置特定急げ!」
「無線通信から位置を特定中です!」
ヘリの位置特定には、然程時間はかからない。
まだ、焦るほどの時間も経過していない。本来ならば。
しかし、無線通信から響いてくる、のっぴきならない状況であることを示す数多くの騒音が、聞くものの心を掻き毟っていた。
それらの多くは明確な意味を為さなかったが、焦燥と混乱の空気だけは、遠く離れた司令室にもまざまざと伝えていた。
だが、ついに、無線機を力強く握りしめる音の直後に、意味を持った言葉が司令室に送られた。
『落ちる!落ちるぞ!霧に墜落する!』
それは悲痛な叫びのようであった。
黒堂は眉をひそめる。アーチαのヘリは姿勢を崩し、立て直しも出来ていないようだった。
「聞こえるかアーチα。司令室だ。ヘリの状態は?」
マイクを持ち上げて話しかける黒堂。
返答は、直ぐさま返ってきた。
『制御不能だ!機体が回転している!だがやったぞ!霧はあの塊に触れてもいない!』
「よくやった。隊員は?」
『全員"まだ"無事だ!』
"まだ"
つまりは、そういう事なのだ。
『司令!』
再び、アーチαから声が送られる。
焦燥と熱気そのものの声であった。
『いい仕事だった!』
その言葉に、幸坂は思わず視線を伏せかけた。
ヘリが墜落すること自体は、幸坂の提案によるものだからである。
"オブジェクト・クロス"が防げたとしても、"ハエトリ計画"を完遂したとしても、アーチαの隊員を死なせるのは彼女である。
──あの時と同じように全部が上手くいくなんて保証は無い。覚悟はしていた。それでも──
「ヘリの位置特定出来ました!」
"アイアン"が叫ぶ。その直後、メインモニターのレーダー画面に、小さな黒い点が現れた。
黒い点の横には「259m」と表示されていたが、その数字はスロットのような速度で減り続けていた。
黒堂は身をやや乗り出し、それを僅かな間のみ凝視しながらタブレットを指先でコンコンと叩くと──
「アーチα、まだ聞こえるか?」
──尚も、無線に語りかけた。
『ああ』
「隊員に伝達。3秒以内に、衝撃に備えろ」
『!』
無線越しであるにも関わらず、息を呑むような感情の動きが幸坂にも感じられた。
衝撃に備える。何故その必要があるのか?
それを訊ねる必要など無く、またその暇も黒堂は与えなかった。
「"アイアン"」
彼はただ、続く指令のみを下した。
「"スクランブル作戦"実行だ」
その指令に対して短く応えた"アイアン"がキーを叩いた直後、再び無線機越しに凄まじい衝突音が響いた。
同時に、レーダーに映る黒い点が、先程のSCP-066-JP-2と同様、内陸から海岸線目がけて軌道を一転させる。
高度を示す数字のスロットは逆方向に回り始め、"Phoibos"がヘリの予測着水点を洋上に表示させた。
幸坂は、大きな目を更に丸くした。
"Phoibos"がヘリの着水点を予測表示した所で、彼女はようやく、何が起きたかを理解した。
SCP-066-JP-2に対する接射でヘリが姿勢を崩し、墜落することを黒堂は予め知っていた。
しかし、制御不能に陥ってから墜落するまでには、いくばくかの時間の猶予がある。
ならばその間に、作戦支援基地が準備を完了するだろう。
そうなれば"スクランブル作戦"に出番が来る。隊員が乗ったヘリを、パチンコ玉を弾き出すように吹き飛ばすために。
それがために、黒堂は"スクランブル作戦"の明確な解除は指示しなかった。
タブレットで"スクランブル作戦"の対象をSCP-066-JP-2からアーチαのヘリに変更する旨を"アイアン"に伝達し、全ての準備を整えさせた上で、実行した。
数十基の作戦支援基地から照射される収束磁気は、ヘリが発する収束磁気を遥かに凌駕する強度であり、ヘリ程度が有する防護など意にも介さぬ、空間そのものを歪め得るものである。
墜落中のヘリを海に向かって弾き飛ばすなどは造作も無い。
だが、ヘリの中にいる隊員たちもただでは済まない。
時間が無かったとは言えど、たった3秒の準備時間のみを与えて、黒堂は実行した。決然と、怯むこと無く。
「SCP-066-JP-2の着水を確認しました」
「I2-11、I3-03、J1-01、J1-03、J2-18エリア沿岸部に高さ4m津波到来が予測されます」
「津波はJ1-01へ34分後に到達、その後各エリアへも順次到達が予想されます」
「SCP-066-JP-2目撃者は確認されていません」
「各エリア被災予測地帯の一般住民の避難誘導開始します」
だが、その結果よりも先に、SCP-066-JP-2着水の結果が続々と寄せられ始めた。
「SCP-066-JP-2の状態は?」
「洋上エリア2-18xに着水後、沈下しているものと思われます」
「回収より調査班を先行させろ。異常があれば司令室に直接報告するよう伝達」
「了解」
黒堂はそう指示を飛ばすと、マイクのスイッチを切り換えた。
「こちら"ハエトリ計画"作戦司令室。エリア-8190応答せよ」
呼び掛けには、直ぐに応えが返ってきた。
『こちら、エリア-8190。全部聞いていた。こちらは無事だ』
その声には、先程と比べて微かに安堵が混じっているように感じられた。
「SCP-900-JPはどうだ? そちらで捕捉しているか?」
『ああ、元に戻りつつある。閃光も止まって、濃霧の規模自体も縮小し始めた、じきに消えるだろう』
「記録したか?」
『とても準備を整えられる状況じゃなかったからな、既存の設備と手順しか使えなかったが・・・出来る限りの記録はした』
「よし、通常任務に戻ってくれ。無線を切るぞ」
『わかった』
そうして黒堂がマイクのスイッチを切ると、ようやくヘリについての報告が飛び込んだ。
「アーチαヘリの着水を確認」
「機動隊員識別信号異常ナシ」
「機器損傷により生命反応検出不能」
「救助班の出動を確認」
「損傷甚大・・・バラバラです」
人工衛星からの俯瞰映像がメインモニターで拡大されると、そこには無惨ないくつもの残骸と化したヘリが浮かんでいた。
大きな残骸の幾つかは既に沈没したようだったが、人の姿は無い。
一緒に沈んだか、もしくは着水の衝撃で砕け散ったか。どちらにせよ、映像には生物の影は何一つ映ってはいなかった。
それも、当然と言えば当然の結果であった。
ヘリが海面に衝突した際のスピードはどれ程であっただろうか?
収束磁気を受けた直後なら、音速は超えていない。亜音速程度には、達していても不思議ではない。
収束磁気の照射は一瞬であったから、その後空気の抵抗による減衰はあったはずである。
だが、引力による下方向への加速と、空中分解した場合の慣性力の変化などが重なれば、それは衝撃のみで人体を破壊するには十分なエネルギーとなっていた可能性もあった。むしろ、その可能性の方が優勢であるだろう。
しかし、黒堂はやった。
躊躇すらなく、幸坂の提案を受けてから僅かな間のみで、彼は決断を終えていた。
Pi
「!」
何故ならば、黒堂は見てきたからである。
幾度もの任務を経て、既に知っているのだ。
「通信!アーチαからです!」
コンソールモニターの表示に、慌てて回線を繋ぐ幸坂。
それは、アーチαが有する緊急用予備回線であった。
同時に、メインモニターのレーダー画面にいくつかの小さな黄色い点が現れる。
黄色い点はアーチαの隊員が発している救難信号であり、全隊員と同数の光点が、全員の無事を示していた。
そして、黄色い点は、ヘリの残骸から150mは離れた所で光っていた。
『あー、こちらアーチα』
司令室に響いた声に宿っているのは、安堵、微かな喜悦、そして疲労だった。
「こちら司令室。全員無事か?」
『無事です。ガツンと来た時にヘリの全機能が停止しましたが、おかげでローターに巻き込まれずに脱出出来ました』
「ツイてたな」
『全くです。救難信号、届いてますか?』
「直ぐに救助班を向かわせる」
そこまで言うと、補佐官の一人が、機動隊員の位置を救助班に伝達するよう指示を飛ばした。
「通信を切るぞ」
『了解。お手柔らかに頼みますよ』
そして、通信を終えた。
アーチαの最後の言葉に、黒堂は片眉を吊り上げた。
「お手柔らかに」
その言葉がどこへ向けられているのかは、彼も分かっている。
「諸君」
少しだけ身を乗り出し、号をかける黒堂。
差し迫った役目の無い者たち──幸坂を含んだ、司令室の殆どの人員が黒堂を仰ぎ見た。
まるで、最初の時のように。
しかし幸坂の胸には、今や気後れは無かった。
「調査班によるSCP-066-JP-2の一次調査が完了し、回収班による回収が確認され次第、"ハエトリ計画"発動宣言を解除する」
それは、実質的な"ハエトリ計画"の完遂宣告であった。
SCP-066-JP-2の空中確保は叶わなかったが、ヘリ一機と、沿岸部の建築物への津波被害で損害が収まるのは、3tを超える塊が成層圏近くから降ってくるという事態がもたらす結果にしては極軽微と言って良い。
着水したSCP-066-JP-2からも目立った異常は感知されておらず、"Phoibos"も警告灯も静けさを保っていた。
それはつまり、緊急対処手順を担当する幸坂の仕事の殆どが終了したことを示していた。
「それまでは手順継続だ。各員、任務に戻れ」
それぞれが、それぞれの持ち場に向き直り、各々の仕事を再開する。
現状、司令室の主な役割は調査班と回収班のバックアップとルート確保、情報の統合と処理、中継程度である。
皆の表情はいくぶん緩み、声音にも落ち着きが戻った。
袖やハンカチで汗を拭う者も多く、心の内から込み上げるものをなんとか抑えている様子の者は一人や二人ではなかった。
幸坂も、その内の一人であった。
回収班のルートと、一時収容先への受け入れ指示をまとめながらも、彼女の心を占める感情は、衝動的に彼女の肉体を支配しかけていた。
本当は、大きなため息をついて突っ伏してしまいたい。
体中の力を抜いて、静かに啜り泣きたい。
良かった。うまくいって、本当によかった。
全部終わったら、すぐに帰って眠りたい。
そうだ、梅酒が冷えていたはず。
ちょっと、軽く、一杯やって、明日まで泥みたいになって眠ろう。
そして、やっぱり──
「"レザー"!」
「はいぃっ!」
任務中に、思考の海に沈みかけていた幸坂の背中に黒堂の声が突き刺さった。
気を抜いていた状態で喝を浴びせられて、思わず肩が強張る。
恐る恐る振り向くと、そこには鋭く目尻を吊り上げた黒堂がいた。
司令室の中央で、補佐官たちに囲まれながら、幸坂を真っ直ぐ睨んでいた。
「来い」
戦慄する幸坂を、低い声が呼びつける。
彼女はすごすごと立ち上がると、刑場に引き出される受刑者のように、視線を伏せながらそそくさと神妙に黒堂の前に立った。
まずは、叱責が飛んでくるだろう。作戦中のいくつかの醜態。そして、手順を違えた提案。結果的にうまくいったものの、プロトコル活用の判断を下すのは黒堂と補佐官たちであり、幸坂ではない。
彼女は規律を乱したのだ。緊急事態だったとはいえ。
「郡 雅弘とは、友人でな」
だが、最初に発された言葉は、幸坂の当初の予想とは少々異なるものだった。
意外な切り出され方をされ、思わず間の抜けた表情で黒堂の顔を見上げる。
しかし、黒堂の固い表情を目にし、また、時間をかけて彼の言葉の意味を理解してしまうと、彼女の顔からは見る見る内に血の気が引いていった。
「未提出の計画を、講習で新人に漏らすほど軽率な奴じゃ無い」
「ご、ごめんなさい・・・!」
腰を折って、深々と頭を下げる幸坂。
醜態を晒し、規律を乱し、その上嘘までバレた。
郡博士を騙り、全員を欺き、存在しない手順をでっち上げた。
これらは明確な背信行為であり、越権行為を更に超越した問題であった。
そんな幸坂に、黒堂がどのような処罰を言い渡すか、誰もがそれを聞きたがらないだろう。
死か、それ以上の罰か、財団をよく知る者ほど、それらが単なる与太話などでは無いと知っている。
「言いたい事は以上だ。任務に戻れ」
だが再び、彼の口からは幸坂にとって予想外な言葉が飛び出てきた。
「はぁ?」
これには、つい意図することなく、関西弁のイントネーションが飛び出てしまった。
当然、その直後には慌てて口を手で塞いだのであるが。
「今回は不問に処すと言っている。さっさと戻れ」
「は、はいっ!」
黒堂が更に声を低めた事で、幸坂はすぐに逃げるが吉と判断し、自分の席へととんぼ返りした。
その姿を見て、黒堂の方がため息をつく。
幸坂の嘘には、当然の事ながら黒堂は最初から気付いていた。
彼はその上で、幸坂の策に乗ったのである。
ならば、責任は黒堂が持つのだ。
幸坂は確かに規律を乱した上申を行ったが、それ自体は処罰に値しない。
嘘をついたことも、司令官の裁量で目を瞑る事が出来る。
だが、このような嘘自体はもう止めてもらう必要がある。
そのための釘刺しとして、彼は幸坂を呼びつけたのだ。
諸々の醜態や微罪は、功績で帳消し。そもそも、処罰して改まる類の失敗でもない。
なれば黒堂は、幸坂を解き放つ他は無いのである。
「全く・・・」
黒堂の呟きに、補佐官の一人が苦笑いを浮かべた。
お手柔らかな処断に、誰あろう黒堂こそが呆れている。
20██年7月16日17:28:39
SCP-066-JP-2はサイト-8169に一時収容され、アーチα隊員全員の救助が完了。"ハエトリ計画"発動宣言が解除された。
沿岸部への津波被害は10数棟の家屋や堤防に損傷を与えたが、人的被害は無し。"ハエトリ計画"専用ヘリ一機、収束磁気発生装置一基損失。
収容されたSCP-066-JP-2はSCP-066-JP-2██と分類された。[アクセス:ER]
[アクセス:ER]
[アクセス:ER][コード:特外交渉K2]
[コード:色-1"Alpha et Omega"]
紙を引きずる音が廊下を這う。
革靴の音がそれに並走し、小さなリズムを刻む。
それらのやや後方からは、いくつもの軍靴の群れが追随する。
機動服に身を包んだ、機械のように整然とした群れを引き連れて、スーツの男が廊下を歩いていた。
10m以上はあろうかという長大の紙に視線を落とし、その端を引きずりながら。
紙には同じ語句が、同じ字体で延々と続いて印刷されていたが、スーツの男はため息一つつく事無く読み進めていた。
彼が紙を手繰る度に、廊下に引きずられる紙の尾は長く伸びていった。
「失礼」
その行く先で、声が歩みを制した。
スーツの男が足を止めると、後方の群れたちも停止した。
紙から顔を上げたスーツの男が目にしたのは、3名の警備員、そして彼らが守っているであろう一つの自動扉だった。
「御用向きは?」
警備員の一人がスーツの男に単刀直入に訊ねる。
その質問を受けると、スーツの男はにこやかな笑顔を、まずは返した。
「ご苦労様です。機密コード案件で参りました」
先程まで読んでいた紙を素早く丸めて懐へ押し込むと、彼は返す手で2枚の紙切れを警備員へとかざした。
それはまさに紙切れであり、安物の紙を手で千切り取ったもののようで、何やら手書きの番号がいくつか記してあった。
「照合しますので、少々お待ちを」
しかし警備員は怪訝な表情一つも出す事無く、紙切れを受け取り、それを見ながら自動扉の横のコンソールを操作し始めた。
他の二名の警備員も、最低限の警戒心は露にしていたが、怪しむような態度は見せていなかった。
「お通りを。お待ちしておりました」
やがて、コンソールを操作していた警備員がスーツの男にそう告げて紙切れを返す。
それと同時に、自動扉が重々しい起動音と共に開き始めた。
銀行の金庫を思わせる、重厚にして堅牢な分厚い特殊隔壁の向こうに、スーツの男は群れと共に足を踏み入れる。
その先にあるのは、広々としたホールであった。
一辺が100mは超えていようかという巨大な四角い空間。
壁にはバルコニーのように突き出したいくつもの見張り台が置かれ、ホール全体を吹き抜け構造のような様式にしていた。
見張り台には当然、一基につき一名以上の武装した男が立ち、中央にあるモノを監視している。
その、中央にあるモノとは、巨大な車輪が両端に取り付けられた金属の円筒であった。
スーツの男はそこに向かって、止まらずに歩き続けた。
「お待ちしておりました」
つい先程も聞かれた言葉が、再びスーツの男に浴びせられる。
しかし、今回その言葉を発した者は警備員ではなく、鼻に6つものピアスを取り付けた肥った男であった。
彼はすぐさま、スーツの男の隣につき、並んで歩き始める。
スーツの男は当然、ピアスの男に気付いているはずであったが、敢えてそれを無視するようにして歩を進め続けていた。
「収容から26分、解析チームの到着まで18分です。今のところ異常はありませんが、言われた通りに、隔離房を一つ用意しました」
声を潜めて、まるで耳打ちするかのように肥った体を寄せながら、ピアスの男はスーツの男に告げる。
スーツの男は何の反応も見せず、先程の紙切れ二枚を丸めて呑み込みながら、ひたすら進んだ。
「・・・何も説明しては下さらないのですか?」
まるで訴えるかのような口調と態度にも、一切の動揺を見せない。
張り付いたような微笑みは、ただの無表情よりも無機質さを感じさせた。
「・・・これは、大変な過ちなのかもしれないのですぞ」
しかし、その言葉を聞いたときだけ、スーツの男は足を止めた。
そして、停止したその瞬間だけ、スーツの男が横目で自分を睨んだように、ピアスの男には感じられた。
だが、笑顔を崩さずに、横目だけで冷たく刺すが如き視線があまりに不気味だったが為に、ピアスの男はそれを自分の見間違いだと即座に否定した。
「葦鳥さん」
何故なら、続いてスーツの男がピアスの男の方を振り向いた時には、彼の目は元の笑顔に相応しい柔和な線を描いていたからだ。
「手筈通りに」
ピアスの男──葦鳥は、気圧されるように仰け反った。
そんな葦鳥にもう一度笑顔を浴びせかけると、スーツの男は中央に向かって再び歩き出す。
葦鳥は、軍靴を鳴らす群れに追い抜かれながらも、ただ黙ってスーツの男の後ろ姿を見送る他は無かった。
しかし群れにも追い抜かれると、彼は頭を振りながら俯いて小さくため息をついた。
そして、見張り台に立つ武装した男の一人に目配せをしながら手を振ると、中央に背を向け、自動扉の方へと歩き始めた。
合図を受けた武装者は無線を取り出して何事かを告げると、壁の中に通じる出入口へと引っ込んでいった。
他の見張り台に詰めている者たちも、無線からの連絡を受けるや否や、同様に壁の中へと引き上げる。
そうして、ホールの中にはスーツの男と、彼に従う群れたちのみとなった。
その群れたちも、スーツの男が左手を上げてひらひらと振ると、二名を残して四方に散る。
散らばった群れたちは、ある者は梯子を登って、ある者は壁の中を通って、先程までは武装者たちが詰めていた見張り台へと移動した。
それらの移動が全て完了したとき、スーツの男は足を止め、"それ"を見上げた。
およそ人の手で作られたようなものには見えぬ、壮大で巨大な構築物。
直径が50mに届こうかという両輪に支えられた円筒部はまさしく横倒しになった塔のようであり、今にも目の前のスーツの男を押し潰そうとしているかのような威圧感を漲らせていた。
円筒の一部には、金属光沢には負けない程の毒々しさと派手さを誇る、紋章のようなシンボルが描き込まれていたが、この紋章の習俗的なデザインが無ければ、"それ"の事は神の手による創造物とすら思えただろう。
スーツの男は、少し困ったような表情で、それを見上げた。
彼は見上げながら、ズボンのポケットからTVのリモコンに似た装置を取り出し、円筒に──正確には、円筒に描かれた紋章に──向ける。
そして二つのボタンを順番に押した瞬間、"それ"の円筒部は音を立てて開き始めた。
まるで鞄を開くように開口し、その中にあるものを、捧げもののように外界へと晒したのだ。
とはいえ、あまりにも高低差があるために、スーツの男が内部を除き見る事は出来ない。
が、スーツの男がリモコンのボタンを操作すると、開口部の縁から数十本もの金属の糸のようなものが飛び出した。
縫い物を解くようにして飛び出し、広がった金属の糸は蛇のようにうねる。群れたちが一斉に銃を向けたが、スーツの男はそれを手で制した。
いくつもの金属の糸は、空中で互いに絡まり、編まれ、開口部の縁からスーツの男の方へと伸びてゆく。
その不規則ながらも連動した水流のような動きが完全に停止した時、そこにはスーツの男の足下から、円筒の開口部の縁へと伸びる階段が形作られていた。
スーツの男はリモコンをズボンのポケットに押し込み、その階段を登り始める。
細い金属の糸で編まれた階段は踏みしめる度に軋んだが、スーツの男は己の身を案じていないのか、はたまた安全を確信しているのか、スムーズな、普通の階段を登るのとさして変わらぬような様子で歩みを進める。
そして、階段の頂点に辿り着くと、男は円筒の内部に視線を落とした。
円筒には空洞があり、楕円形の構造物が内包されていた。
その楕円形の構造物も既に開放され、中心には半径2mほどの、金属で出来た真球が浮遊している。
スーツの男が円筒部の内壁を二度、平手で叩くと、その真球もゆっくりと、城門のように開いた。
「全く」
呆れたような、スーツの男の呟きが漏れる。
真球から姿を現したのは、蛍のように浮遊しているいくつもの小さな光点と、山積みの羽毛。そして──
「傍迷惑な亡命者だ」
──その中で胎児のように体を丸めて眠る、一人の少女だった。
SCP-900-JP可視光解読記録XX-XX:
記録日: 20██年7月16日
内容: 光あれ [以下繰り返し]
記録を削除しますか? 【はい】[いいえ]
アイテム番号: SCP-339-JP
オブジェクトクラス: Safe
特別収容プロトコル: SCP-339-JPは実弾を未装填にし、弾倉には合成樹脂製の薬莢型ダミーを装填してください。SCP-339-JPはその状態を維持したまま、銃火器保管用ロッカーに保管し、任意のレベル2収容室内に安置してください。ロッカーには暗証番号が設定され、研究チームが暗証番号の管理責任を負うものとします。
説明: SCP-339-JPは1980年に製造開始された、コルト パイソンの8インチ銃身モデルのリボルバー銃です。少なくとも10発発砲した痕跡があり、詳細な調査の結果、1986年の[編集済]、1990年の[編集済]、1995年の[編集済]、1997年の[編集済]に於いて使用された可能性が高いとの結論が得られています。
SCP-339-JPは、SCP-339-JPを用いた銃撃事件に於いて特異的な現象を発生させた事で、その異常性が財団に認められ収容されました。
SCP-339-JPは弾倉に装填された実弾を、有効な遮蔽物が無い状態で、生きている人間の致命部位に対し発射する事によって異常性が発揮されると見られています。回収前の事例と収容後の実験の比較により、発射可能でさえあれば、異常の発現に弾頭の種類は影響しないと思われます。
SCP-339-JPから発射された実弾は稀少な確率一定の条件により、標的に着弾する前に空中で燃焼し消失します。一定の条件については、標的となった人物の人格に起因する条件であるとの仮定の下、現在実験が進行しています。
SCP-339-JPは収容当初「発砲した弾頭が一定の確率で空中で焼失する拳銃」であると見られていましたが、Dクラス職員を使用した実験で唯一生存したD-339-10の証言と、回収前の事例群に於いて唯一生存した財団外部の人物██氏の証言に共通点が見られる事から異常性の見直しが検討され始めました。
SCP-339-JPの性質調査の一環として当初行った██氏へのインタビューではそのような証言は行われておらず、後ほど行った再調査でその理由を訊ねた所「危機的状況で脳が作り出した単なる幻覚としか思っていなかったので話さなかった」との回答が得られています。
以上の事を踏まえて、SCP-339-JPには以下のような性質が含まれている可能性が新たに浮上しています。
・発砲の瞬間、SCP-339-JPは標的の人物に対して非常に極端なタキサイキア現象をもたらします。
・タキサイキア現象によって伸長された体感的時間の中で、標的の人物は「男性とも女性とも老人とも若年とも判別し難い」という不明な声を聞きます。
・標的の人物はその不明な声を、SCP-339-JPから発射され、自分に向かってゆっくりと空中を進んでいる銃弾から発せられているものと認識しています。
・標的の人物は不明な声と会話を行い、その結果として「銃弾に助けられた」と認識します。生還した標的の人物に、SCP-339-JPから発砲された銃弾によって死亡した人物について訊ねると「彼らは会話に失敗したんだろう」という旨の回答が得られます。
以上の性質は全て未実証です。タキサイキア現象の発生は客観的な観測が困難である点、以上の性質は全て標的の人物の認識能力に依拠する点、タキサイキア現象自体に未解明な部分が存在する点等が原因ですが、現在はこれらの性質が事実であるとの仮定に基づく方針が支持されています。
補遺: SCP-339-JPの標的となった人物の中でも、銃弾の空中焼失によって生存した██氏とD-339-10の手で、両者がSCP-339-JPによるタキサイキア現象下で不明な声と交わした会話を筆記により記述させました。
これらは暫定的に会話記録として分類され、担当研究チームによって2006年11月16日時点で、本報告書に補遺という形での記載が承認されました。これらの記録はあくまで主観であり、客観的事実とは異なる可能性がある点に注意してください。
筆記者: ██氏
事例概要: 1995年██月██日の[削除済]事件に於いてSCP-339-JPが使用された。5発発砲された内の初弾のみに異常性が発現。██氏は全治1年6ヶ月の重傷を負うも命に別状は無かった。タキサイキア現象も初弾発射時にのみ現れ、後の4発が発砲された際には時間の感覚は平常であったという。██氏の証言では、初弾がそのまま進行していれば左眼部に命中していただろうとの事である。
備考: タキサイキア現象時の不明な声が、SCP-339-JPと具体的に関連しているという事実が未実証であるため、██氏の対話相手は「Unknown」と表記する。
筆記内容:
Unknown: ようようようよう。貧乏くじだな。██氏: なんだ、これは。どうなってるんだ。
Unknown: 大丈夫か?
██氏: こっちが訊きたい。どういう状況なんだ。
Unknown: あんたは死ぬのさ。
この度は、個人的な創作へのご協力に感謝致します。
まず気をつけて頂きたいのは、今回の紋章デザインは「帝国」関連のものではありますが、その「帝国」という集団内に於いてどのように使用されているものなのかについては、複数の解釈の余地を残したいと私は思っているということです。
たとえば紋章とは言っても、国家の紋章であったり、軍の紋章であったり、一族の紋章であったり、様々な用途の紋章があります。
今回の「帝国紋章」はそういった用途を限定しないもの、として位置付けようと思います。「帝国」全体を象徴する紋章なのか、一軍隊を象徴する紋章なのか、一領主が使っている紋章なのか、定めるようなことはしない予定です。
これは、今後の「帝国」関連の創作が、今回の「帝国紋章」のデザインによって限定されることが無いようにするための判断です。今回のデザインでは、これまでの情報から「帝国」的な要素をふんだんに取り入れますが、それらはあくまでも「財団にとっては不明な一紋章に過ぎない」点を心の片隅でも留めておいて頂ければ幸いです。
「帝国紋章」は分類としては「中紋章」であり、主に「エスカッシャン」、「サポーター」、「コンパートメント」、「天蓋(オリジナルの構成要素)」、「モットー(スクロール)」によって構成されているものとして想定しています。
「天蓋」はクラウンより上の全ての構成要素に代わるものです。
以下に、これら構成要素についてのデザイン案を構成要素毎の項目に分けて解説していこうと思います。
エスカッシャン: 紋章の中心となる盾のような形状の部分です。今回はオーディナリー、追加オーディナリー、二つのチャージによって構成されます。
波線のオーディナリーは「〜〜〜」のようななだらかなものではなく「人人人」のような尖った波です。これは群衆と臣民を表し、底辺から支え、仕え、消費される者たちの象徴です。
右下のチャージは心臓を象っており、「♡」のような戯画的なものにするか、写実的なものにするかは全体的なバランスを見て判断をお願いします。これは生命と精神を表しています。また、文治的な政治組織の象徴でもあります。
左上のチャージは吊るされた剣を象っており、軍事力、厳格さ、そして断固とした支配力を表しています。また、軍事的な官僚組織の象徴でもあります。
追加オーディナリーは二つのチャージを分断するように配置されます。これは心と力を分かつ公正さを表し、また精神と肉体の両方を支配する「帝国」の徹底した支配をも象徴しています。
以上の象徴全てを、盾たるエスカッシャンに配置することで「帝国」による掌握と統率力を誇示しています。肉体と精神の隅々に渡って行われる支配と掌握と、その対象となる群衆の存在が「帝国」をあらゆる面から支えます。「帝国」の実態はほぼこの部分に集約されています。
サポーター: サポーターは、エスカッシャンを挟んで向かい合うように立つ「俯いた一輪の紫のクロッカス」です。ここであえて多くは語りません。
コンパートメント: コンパートメントはサポーターとエスカッシャンを下から支える横長の土台です。今回のコンパートメントは血と肉片と臓物のかけらが混ざり合ったものとなります。サポーターとエスカッシャンはその上に成り立ち、多くの血と死が「帝国」を育むことを象徴しています。
侵略の際、「帝国」の敵は自らがこのコンパートメントと同様の存在となることに恐怖するでしょう。
モットー: モットーはその紋章を共有する人間全員の生き方の指針です。個人の人生レベルでの影響力があり、紋章を持つもの全員が同志であることの証でもあります。
モットーは、古びたスクロールに「Lisia tysool guedice」と書かれています。これは帝国語で「光芒の下にある」という意味です。「光芒」の下にあるのは例外なく全ての「帝国民」であり、「光芒」の絶対性とそれに対する忠誠を示し、滅私奉公の誓いとして作用します。
更に「光芒」を介して「天蓋」の恵みが自分たちに味方していることを、全ての「帝国民」は認識し、その絶大なる祝福の確信によって士気を高めるのにも使われるでしょう。
天蓋: 「帝国紋章」が他の紋章と異なるものとなる最大の要因です。天蓋はまさにあらゆるものの上に存在し、「帝国」に存在するあらゆるものに恵みを与えます。
天蓋は中心となる円から伸びる幾筋もの大量の直線を以て表現されます。基本構造図では私のとんちんかんな造図能力により曲線の部分がありますが、基本構造図以上の密度を持った直線の連続によって光を表現してください。光と円は何よりも明るく、赤、白、黄色、またはそれらの混色によって色彩豊かに描かれます。
全体的なバランスと印象は、旭日旗的なものは避け、壁画調のものを目指したく思います。参考画像1が参考になるかもしれません。
配色について: まずは、基本的に描き手の方に一任しようと思います。そうして出来上がったものをこちらで確認し、その後により細かい指定を行うことになるかもしれません。ただ、上記に於いて指定されている一部の色については、可能な限り守って頂けると幸いです。
項目や指定の追加があれば、言って下さればその都度対応が可能です。何卒よろしくお願い致します。
アイテム番号: SCP-066-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-066-JP-1は沿岸部に建設されている監視駐留所-03A7によって常時監視と記録の保管が行われています。監視駐留所-03A7、03A8、03A9には"ハエトリ計画"の実行に於ける初動的対処と監視、SCP-066-JP-2出現と飛去方向の特定と報告が可能である機動部隊ぬ-29"コマドリ"を常時待機させてください。"ハエトリ計画"は、48時間以内にSCP-066-JP-1周辺地域への台風の接近が予測される場合即座に発令されます。
"ハエトリ計画"の概要については付属資料を参照してください。現在"ハエトリ計画"にはサイト-8101、サイト-8109、サイト-8116、サイト-8125、サイト-8132、サイト-8145、サイト-8147、サイト-8155、サイト-8169、サイト-8174、サイト-8181、サイト-8187、サイト-8190、サイト-8193、セクター-8151、セクター-8173、セクター-8192が参加しています。
"ハエトリ計画"によって確保されたSCP-066-JP-2はセクター-8151の専用収容倉庫へと収容してください。専用収容倉庫はセキュリティクリアランスレベル1以上の承認によって入室が可能です。
説明: SCP-066-JP-1は[削除済]沿岸部から██km沖合の海洋上に存在する半径37m範囲と思われる海面領域です。SCP-066-JP-1は特定の気象条件下に於いて範囲内のいずれかに極端な局所的加重重力場を形成します。重力場の重力の大きさは現在まで数値の測定に成功していませんが、地球に対して作用しており、瞬時にして海面と周辺の分子を海中方向へと引き込み始めます。
これらの現象は分子同士の摩擦、または崩壊による放熱と、それらエネルギーの重力場内部への閉じ込めを誘発します。重力場は沈下に伴い収縮を続け、内部の物質とエネルギーを極限まで圧縮させ電荷を備えた小質量によるブラックホールまたは極小の空間トンネルを発生させるのと同時に消滅します。
重力場の消滅は圧縮されたエネルギーの解放に繋がりますが、それらの解放に伴う壊滅的余波の大部分はブラックホールまたは空間トンネル内に吸引されます。しかし同時にSCP-066-JP-2が出現します。SCP-066-JP-2の出現後、ブラックホールまたは空間トンネルは即座に消滅します。
SCP-066-JP-1がこれらの現象を引き起こす特定の気象条件は、一般的に台風と呼称される熱帯低気圧の接近であると考えられています。しかし人工的に操作された気象による再現実験によって現象発生が確認されなかった事から、自然状態の台風に、SCP-066-JP-1内の現象発生を誘因する未知の要素が存在すると見られています。
現象はSCP-066-JP-1領域が台風の勢力下に入っている状態で発生しますが、領域が勢力下に入ってからいつ現象が発生するのかについては、明確な規則性を発見出来ていません。
SCP-066-JP-2は直径9〜31mの車輪部分と、車軸間に存在する本体部分によって構成される実体です。鉄を主成分とした未知の合金によって構成され、この合金は1㎤辺りおよそ3.75kgの質量を有しています。
SCP-066-JP-2はSCP-066-JP-1内で発生した現象に於いて、ブラックホールまたは空間トンネルへの吸引を免れたエネルギーの余波の炸裂によって急上昇し、海上へと飛び出します。この時点でSCP-066-JP-2が射出される速度は現時点までの観測により、1123kgのSCP-066-JP-2bw出現時に確認された849km/hが最高値となっています。
SCP-066-JP-2は最高高度海抜37〜46kmに到達後、自由落下します。これまで全ての例に於いて、SCP-066-JP-2は意図的な干渉または操作が行われていないにも関わらず、必ず日本国土上の無作為な地点が最終的な落下地点となっています。
後述の発見から、これらはSCP-066-JP-2出現以前からの計画的な投擲軌道予測の結果であると見られています。
しかし殆どの場合でSCP-066-JP-1が台風の勢力下にある状況でSCP-066-JP-2の出現が確認されるため、SCP-066-JP-2は低気圧の影響による軌道の湾曲から、正確な落下地点を事前に特定するのは困難であるとされています。
それに加えてSCP-066-JP-2実体の造成の杜撰さに由来する不安定な形状と姿勢状態は、予測困難な空気抵抗の影響を実体の空中軌道にもたらします。
SCP-066-JP-2に対する広汎的軌道予測システムの手順成立による、SCP-066-JP-2実体の空中確保を目的とした"ハエトリ計画"が実行されています。
付属資料1: SCP-066-JP-2実体詳細記録
現時点まで124個体の存在を確認。うち102個体の確保・収容に成功。
実体は成分比率は鉄74%、銅12%、亜鉛8%、タングステン2%、未知の蛋白質1.2%、クロム1%、未知の有機体1%、スズ0.8%によって構成。しかし現在収容されている実体のうち8個体は6〜12%の成分比率の誤差が確認されている。
化合・製造の手段は不明。密度が均一ではない事から原始的な鍛冶技術によるものであるとの仮説が有力視される。
構造は車輪と円筒を一本の車軸で貫通させて固定させる単純なもの。しかし円筒部と車輪の接触部は溶接されており、車輪と円筒部の関係から、元は車輪の回転を前提に設計・製造されたものを、本来と異なる用途のため後に溶接によって固定したものと思われる。
収容された実体のうち39個体には、円筒部内部に空洞の痕跡有り。これらも後ほど用途の変更に伴い、同合金の注入による穴埋めが行われたと思われる。
車輪部の厚みから見て、実体は3種類の規格を基に製造されたものと思われる。直径が9〜17mのものは均一に車輪の厚みが15.3cmとなるよう設計されているものと考えられ、同様に直径18〜29mのものは21.7cmの厚みを持ち、直径30m以上のものは39.2cmの厚みを持つ。
しかし原始的な鍛冶技術によって製造されたためか、厚みには部分的な差異が存在し、厚みが均一では無いもの、規格から外れているものも存在する。
その保護手段と原理は重力場による空間分子の規則性の湾曲と、重力場の中心に位置する熱核部がブラックホールまたは空間トンネルへと吸引される速度に関係していると推測されているが、詳細は調査中。
SCP-066-JP-2関連特記事案リスト
実体出現日時 | 実体規模 | 落下地点 | 被害 |
---|---|---|---|
19██/07/14/██:██ | 車輪部直径11m。総重量1352kg | 滋賀県██████ | 民家三棟全壊、民家二棟一部損壊。死者7名 |
19██/08/03/██:██ | 車輪部直径20m 総重量1829kg | 熊本県████ | 着地時の衝撃による斜面崩落を誘発。死者8名、[編集済]四ヶ所で通行止め及びライフラインの寸断 |
19██/09/11/██:██ | 車輪部直径17m 総重量1681kg | 長野県████████ | 一部山岳斜面の崩落。死傷者無し。SCP-███-JPの活性化を誘発 |
19██/08/27/██:██ | 車輪部直径30m 総重量2419kg | [削除済] | サイト-81██の一時機能喪失及び周辺地盤の陥没 |
19██/09/02/██:██ | 車輪部直径9m 総重量1123(最小値) | 沖縄県██████ | [削除済] |
19██/09/16/██:██ | 車輪部直径26m 総重量2167kg | 北海道███████ | 地盤の陥没。震度██の地震を誘発 |
19██/08/30/██:██ | 車輪部直径21m 総重量1959kg 円筒内部に空洞痕跡が確認された初の事例 | 山梨県███████ | ███の大規模な一部崩落。死傷者無し。修復不可能 |
20██/08/27/██:██ | 車輪部直径14m 総重量1503kg | 三重県████ | 複数の建築物の倒壊。死者16名。地殻への影響により[削除済] |
20██/09/24/██:██ | 車輪部直径19m 総重量1741kg | 千葉県██████████ | [削除済] |
20██/██/██/██:██ | 車輪部直径31m 総重量2574kg(最大値) 殺傷用と思われる複数の突起が溶接されていた | [削除済] | [削除済] |
20██/██/██/██:██ | 車輪部直径11m 総重量1356kg SCP-066-JP-2cfと命名 | 愛知県████ | 一部海岸線の損傷 民間の漁業活動の一時停滞 |
全ての実体には円筒部の不定位置に20×20cmのサイズで何らかのシンボルと思しきものが描かれている。
シンボルは既存の紋章学の規則に一部則っているものの、使用されている塗料の原料が現行世界では塗料として使用されていないものである点、標語の記述にあたる部分が未知の言語によって描写されている点から、未知の文化由来のものであることが示唆される。
シンボルは全て交差した直線状の引っ掻き傷によって意図的に損傷しており、シンボルに対する何らかの反意を示していると思われる。
全実体にはシンボルに対する引っ掻き傷と同様規模の刻字が為されている。殆どの例に於いて、その内容は以下のものに統一されている。
Godeco di-jodix
SCP-066-JP-2cfと、それ以降に発見されている実体では、刻字は以下の日本語文字による文章となっている。
我々は 開拓と侵略を 区別しない
かつて 奴らが そうしたように
奴らの ひかり は すでに穢された
我々は 穢すべき 新たな ひかり を求む
死せるものは死なず
文章の内容については現在も複数の解釈が存在するものであるが、以前より郡博士が提唱していた"ハエトリ計画"の承認と発足に於ける決定打として、公式的に言及されているものである。
付属資料2:
==当文書は保護されています。当文書は既に複製不能のものとして管理されている点に留意してください==
空白
ハエトリ計画発足記録
計画提案文書██-1928 対処法分類 脅威存在認識提案
発案者: 郡 雅弘レベル2研究者
提案者: 郡 雅弘レベル2研究者
責任者: 安藤 遠次郎レベル2上席研究者
関連対象物: SCP-066-JP
提案意義: 対象物の確保・収容に関する新手順開発の提案。新手順開発に伴う気象予測と報告システム、連携可能な各部隊の連絡網の構築、練度の向上、装備の拡充、監視駐留所の初動対処能力と役割の拡大を含んだ新体制構築の提案。未知の脅威に対する適切な防衛能力養成の提案。
内容: SCP-066-JP-1現象に於けるSCP-066-JP-2出現とそれによってもたらされる損害への対処について、SCP-066-JP-2落下地点の正確な事中予測と、落下地点周辺に駐留する機動部隊によるSCP-066-JP-2実体の空中確保という手順の可能性について以下に提案させていただきます。
SCP-066-JP-1現象発生の明確な原理または法則性は不確定ながらも、これまでの記録ないし観察から、温帯低気圧の接近を決定的な要因とした発生という判断は、既に統計学上妥当なものであると判断される。
よって温帯低気圧の軌道予測から、SCP-066-JP-1領域が勢力下に入る4日前には特別収容対処宣言に基づく一連の手順の初動準備を開始し、来るSCP-066-JP-2出現への対処法実行に備えることがまず第一義である。第二義に人工衛星観測に基づく温帯低気圧の勢力予測を含んだ日本全土の気象観測結果。監視駐留所の実地計測に基づくSCP-066-JP-1周辺の風向、風力、湿度、気温、潮汐の計測結果。監視駐留所によるSCP-066-JP-2飛去方向の報告結果。以上三点の情報を常時統合し、SCP-066-JP-2の軌道に与え得る影響を常時計算、更新し続け最終落下地点をリアルタイムで割り出すプログラムの構築が挙げられる。
これまでのSCP-066-JP-2出現から最終落下地点到達までの平均所要時間は8.7分であり、最短で7.4分である。この事から、プログラムによる計算開始から、最終落下地点割り出しと情報の発信までのタイムラグが10秒以上となる事は看過不能な条件であると思われる。第三義に日本全国の財団施設、財団機動部隊による相互連携と訓練カリキュラム、専用装備の開発と人員の養成、手順マニュアルではなく作戦遂行のための総合指揮を担当する部署の設立を実現する制度の構築が挙げられる。
SCP-066-JP-2実体の出現と着地までの僅かな時間にSCP-066-JP-2を空中確保するためには、対処のための専用部隊によって単独で対処するのではなく、全国の既存の財団施設に装備と人員を配備し、既存の情報網を一部利用した連携と、情報と連携を統括し適切な指示を下す総合指揮のための組織の成立が最も効率的である。第四義はこれら手順はSCP-066-JP-2対処以外にも、SCP-066-JP-2の存在によって示唆される未知の脅威への対処能力の養成と、財団の持ち得る各個能力の連携または結束力の強化という目的も有するという事である。
承認: 日本支部理事-01
現状の継続しうる被害のみならず、予想される脅威存在は日本支部の総力を用いるに妥当なものである。
私がこの事に関してこれ以上何かを言う事は無いし、聞きたくもない。各員、行動あるのみ。
"ハエトリ計画"の実現に注力せよ。──財団日本支部理事-03
SCP-066-JP-2軌道予測と最終落下地点予測について
SCP-066-JP-2空中軌道に影響を与え得る要素として風向、風力、湿度、気温、潮汐、降雨量、出現地点からの飛投方向が想定され、既存の気象予報システムを一部利用した複数の観測法、観測機器の確立及び設置。
それらから得られたデータを統合しSCP-066-JP-2の軌道予測を計測する。
課題: 事象毎にSCP-066-JP-2の規模には差異があるため、軌道に受ける影響がそれぞれ異なる点の考慮
SCP-066-JP-2出現後に、監視駐留所からの映像とスピン波計測の結果を用いる事で、SCP-066-JP-2実体規模が導き出せるだろう。 ──郡博士
SCP-066-JP-2出現から実体規模確定までに時間がかかり過ぎる。平行して開発中の収容装置と手順にもよるが、到底現実的とは思えない。 ──三木研究員
SCP-066-JP-1の重力場は空間的には非常に限定的であり海中環境への影響が微細である事を利用する。計測装置は海中に設置し、まさにSCP-066-JP-2が海中に出現した瞬間から、観測を開始する事で時間的猶予が得られる。 ──郡博士
海中の7地点に専用の観測地点を設置。赤外線カメラ、水中カメラ、遠隔スピン波計測装置による早期のSCP-066-JP-2実体規模の把握を行う。
SCP-066-JP-2に見立てた強磁性体を使用した実験により、実体の出現から平均2.83秒で実体の大きさ、重量の形状が算出可能であると結論される。
この結果を基に、SCP-066-JP-2に対する前述の気象的または力学的影響を計算することで最終落下地点を確定させる。SCP-066-JP-2の飛投が遠距離に渡る可能性から、日本全土と一部海上に於いて、SCP-066-JP-2の軌道に影響を与えうる要素の観測を常に継続する必要性がある。
SCP-066-JP-2の海上に於ける飛投方向を海中での挙動によって予測する事には、無視し得ないリスクが存在する。
飛投方向については、SCP-066-JP-2が海上に露出後、監視駐留所からの観測を以て確定させるようプログラムの手順を変更する必要がある。
その場合問題となるのは、SCP-066-JP-2に関する情報の集積がその分遅れるという事だ。情報の集積の遅れは計算の後れに繋がる。 ──郡博士その点に問題はありません。SCP-066-JP-2の飛投方向を抜きにして、ひとまず海中の観測機器から得られたSCP-066-JP-2に関するデータを統合し、SCP-066-JP-2実体情報を取得します。
それと平行する形で、SCP-066-JP-2の飛投方向を含んだ、海上付近でSCP-066-JP-2が受けるであろう影響の各要素の観測情報から演算を開始します。
平行する二つの演算結果は即座に統合され再演算されますが、主要な演算は既に終了しているので短時間で済みます。要は、演算の半分を、SCP-066-JP-2出現から海上露出までの間に進めてしまう事で遅延が防止出来るでしょう。 ──三国技師
"ハエトリ計画"に於ける各種演算プログラム、またはそれら機能を統括する機能の基本設計が行われました。演算にはサイト-81██に設置されたスーパーコンピューター"Phoibos"が使用されます。
実際の事例に於けるSCP-066-JP-2最終落下地点予測プログラム稼働実験
対象: SCP-066-JP-2cj 車輪部直径23m 重量2157kg 片輪のみ厚みが約3倍となっていた
結果: 予測された最終落下地点と、実際の落下地点とで██kmの誤差が生じた。プログラムは正常に作動し、手順は問題無く迅速に遂行された。SCP-066-JP-2cj固有の特殊な形状の観測と変数化、計算式への組み込みには成功している。
分析: 誤差そのものは看過不能であると結論。しかしながら観測、通信、そして演算プログラムの挙動は迅速であり、データ取得から演算結果算出と表示までのタイムラグを3.09秒へと抑える事に成功。監視駐留所の人員を介した連携手順にも問題は見受けられない。
誤差は、SCP-066-JP-2の形状と関連した、空中での不規則的な回転運動による空気抵抗が、空気力学的に変則的な軌道の歪曲を引き起こしたためである。この可能性は事前に予想されていたものの、軌道への実際の影響が考慮に値するかどうかは不明であった。今回の実験により、改めて、SCP-066-JP-2の空中姿勢と回転運動を考慮した演算プログラム開発を提案する。 ──郡博士
更新:
20██/02/22 演算プログラムは笹本博士により更新されました。
20██/02/27 演算プログラムは郡博士により修正されました。
20██/03/05 演算プログラムは飯戸博士により更新されました。
20██/03/11 演算プログラムは大木博士により更新されました。
20██/03/17 演算プログラムは██████████客員研究員により更新されました。
20██/08/11 演算プログラムは大木博士により修正されました。
20██/08/27 演算プログラムは郡博士により再試行・条件変化の際の自己調整の記述が追加されました。
20██/10/03 演算プログラムは結城博士により更新されました。
20██/12/22 丸遠博士によりSCP-066-JP-2の空中姿勢、回転運動、形状、重量、温度、圧力分布を観測し数値化するシステムが統合されました。
20██/02/01 エージェント・コールマンの知見により、SCP-066-JP-2が空中軌道上で受ける気象的影響を、多角的、連鎖的に計測することで演算時間の短縮と演算結果の証明が可能である事が発見されました。
20██/05/29 演算プログラムは阿藤博士により更新されました。
2011/08/16 演算プログラムは三国技師により更新されました。SCP-066-JP-2最終落下地点予測のためのプログラム構築完了が公式に明言されました。
最終落下地点予測のための現地情報源と観測機器の管理、SCP-066-JP-1現象あるいはSCP-066-JP-2出現に対する初動的対応として、監視駐留所の果たす役割の重要度は非常に高位のものとなっています。
よって、SCP-066-JP-1周辺の監視駐留所の増設と、監視駐留所同士での権限の共有を進言します。 ──郡博士進言を受理する。直ちに実行せよ。 ──財団日本支部理事-05
完了
各種通信網の構築について
必要最低限の通信網の構築要件
- 収容部隊または収容部隊駐留施設間の相互的通信網(要件A)
- 全国の気象予測、観測データ統合のための通信網(要件B)
- 監視駐留所と指揮系統との相互的通信網(要件C)
- SCP-066-JP-2最終落下地点予測結果情報の周知に要する通信網(要件D)
全通信網の情報を統括する指示系統としての、"ハエトリ計画"専用の作戦司令部の常設と、相応しい人員、設備の確保。
要件Aと要件Dの役割を統合。基本的には既存の衛星通信を使用し、予備としての有線通信、複数の発信所を経由した無線通信を併用。地下有線と発信所の増設を要する。
一次構築完了済
要件Bは既存の通信網とシステムにより対応。予測の正確性と、他の異常存在による複数の気象影響を考慮し、観測地点、観測機器の増設を要する。またこれらに対応する気象予測プログラムの再構築と、より全国的なリアルタイムでの予測結果の通知を要する。
有磨博士、桑名博士により構築済
要件C構築済。しかしながらSCP-066-JP-1現象時、現地周辺が温帯低気圧勢力下にあり、監視または通信への影響を予測し切れない事から複数の予備通信の構築を要する。
構築済
通信保護、情報保護については作戦司令部が兼任するものとする。
通信網の増設は作戦司令部からの要請に基づき、収容専任課、経理課、企画課、人事課、土木課、工学部情報課、工学部電子課、管理官組合、日本支部理事会の承認により行われるものとする。
完了
人員配備、収容手順と収容に要する物品の開発について
"ハエトリ計画"専用の作戦司令部の設置: サイト-8181にて常設
収容手順の開発: 郡博士、安藤博士、神山博士、種子島調査員、長夜博士が担当
収容装置または装備の開発: 結城博士、蘆井博士、三島研究員、木場臨時技師、赤村臨時技師が担当
各部署への人員配備: サイト-8181人事部、武装収容サイト-8145人事部、武装収容サイト-8133人事部、日本支部理事-05が担当
"ハエトリ計画"手順要綱:
- 温帯低気圧の発生とSCP-066-JP-1への接近が予測される場合、SCP-066-JP-1が温帯低気圧勢力下に入ると思われる時刻の96時間前に"ハエトリ計画"作戦司令部より"SCP-066-JP特別対処事例警戒"を発令する事
- 48時間以内にSCP-066-JP-1が温帯低気圧勢力下に入る事が演算プログラムにより判断された場合、"ハエトリ計画"作戦司令部は日本支部理事会の承認を得た上で"ハエトリ計画"の発動を宣言する事
- SCP-066-JP-2最終落下地点予測が実行され、最終落下予測地点の確定が確認され次第、作戦司令部は最終落下地点エリア担当の機動部隊を収容班へと指定し、収容実行の通達を行う事
- 作戦司令部は収容班への収容実行通達と同時に、使用可能な作戦支援基地への支援通達を行う事
- 収容班は事前に定められている収容手順の実行によりSCP-066-JP-2実体の確保を行う事
- 一般目撃者への対処のため、必ず記憶処理班の出動要請を行う事
- SCP-066-JP-2実体は暫定的な一時収容の後、セクター8151の専用収容倉庫へ移送する事。移送は海路を用いる事が望ましい
- SCP-066-JP-2の一時収容の完了が報告され次第、作戦司令部は"ハエトリ計画"発動宣言を解除し、被害状況の確認と報告の後に通常業務へと移行する事
SCP-066-JP特別対処事例警戒
96時間以内にSCP-066-JP-1が温帯低気圧の勢力下へ入ると予測された時発令されます。"ハエトリ計画"のための準備段階であり、各人員に警戒を促し配置を強制します。温帯低気圧の軌道または勢力の変化によっては"ハエトリ計画"発動宣言に移行する事無く解除される場合があります。
監視駐留所、作戦司令部、各財団施設、各作戦支援基地、各観測所は通信が正常である事を相互に確認してください。
各財団施設に駐留している"ハエトリ計画"専任もしくは兼任機動部隊は、作戦司令部による収容班への指定に備えて各収容設備、装置の確認と手順の確認を行い出動準備を整えてください。
"ハエトリ計画"発動宣言
48時間以内にSCP-066-JP-1が温帯低気圧の勢力下へ入る事が確定された時布告されます。SCP-066-JP-1現象の発生およびSCP-066-JP-2出現が確実であることを示し、実質的な"ハエトリ計画"実行命令です。
各財団施設に駐留している"ハエトリ計画"専任もしくは兼任機動部隊は待機地点へと移動し、収容班への指定を受けてから6分以内に収容準備が完了出来るよう、担当エリア内での配置分担を行ってください。
収容班への指定が行われ次第、収容班に指定されなかった機動部隊のうち、収容班への支援を行わない部隊は撤退し再出動準備態勢のまま待機してください。
収容班へと指定された部隊は追加の指示なく独自に、当事例に於いて使用される作戦支援基地へと連絡を行い、連携してSCP-066-JP-2の確保を行ってください。SCP-066-JP-2の確保・収容の手順は更新される場合があります。
SCP-066-JP-2の確保に失敗した場合、"ハエトリ計画"以前の手順に従い被害状況の確認と対処、SCP-066-JP-2の回収と収容を行ってください。
SCP-066-JP-2の確保に成功した場合、直近の一時収容施設へと移送した後、セクター-8151へ移送してください。
SCP-066-JP-2の一時収容を以て"ハエトリ計画"発動宣言は解除されます。
SCP-066-JP-2収容手順開発
空中に於いてSCP-066-JP-2を収容する利点: SCP-066-JP-2着地の衝撃を低減出来る可能性。収容装置または部隊の高機動性の確保。地形的制約を受けない事による戦術上の柔軟性の確保。
収容装置の耐久性、揚力確保、空中姿勢の安定性、SCP-066-JP-2接触時の衝撃に対する耐性の問題から、空中に於ける「収容」は困難と判断。空中収容ではなく空中「確保」へと切り替え。空中確保を行う場合、SCP-066-JP-2海上射出後、湾曲軌道の頂点部で確保を行う事がリスク管理上本来最も望ましいが、確保態勢の準備に要する時間的猶予の問題からSCP-066-JP-2落下軌道中に確保を行わざるを得ない。
落下中のSCP-066-JP-2との接触は、衝撃による甚大な被害を発生させる。物質を用いた直接的な封じ込めまたは確保は、それらに揚力をもたらす機構に対する保護限界の問題も含め、非常に困難である。
SCP-066-JP-2構成素材の多くが強磁性を有する点を利用し、磁力を利用した確保方法が考えられる。直下もしくは直上からの磁力誘導の方法 【否決】
SCP-███-JPを用いた電磁誘導の方法 【否決】
複数地点からの高出力な磁力波による磁力誘導の方法 【要検討】
複数地点の支援基地からの高出力な収束磁気による磁力誘導の方法 【採用】
"ハエトリ計画"専用の支援基地を日本全国に渡って建設(現在283基が建設され管理運用されています)
支援基地には、SCP-███-JP特別収容プロトコルによって成果を上げている収束磁気発生システムを搭載し、支援基地同士の通信網に加えて、各支援基地は"ハエトリ計画"作戦司令部との相互的通信機能も有する。
支援基地は赤外線、磁力波、空間エコーシステムによる観測能力を有し、複数の支援基地からの観測結果を統合する事で、SCP-066-JP-2の位置を立体的に継続して捕捉する。
支援基地によって詳細な位置情報が捕捉され次第、支援可能な全ての支援基地はSCP-066-JP-2に対して高出力の収束磁気を照射。反磁性の反発力を利用しSCP-066-JP-2落下速度を可能な限り減衰させる。
- SCP-066-JP-2姿勢あるいはX軸,Z軸空間位置の維持のため、複数方向からの包囲照射が望ましい。作戦に参加する各支援基地の照射する収束磁気の出力を一括して統御し、SCP-066-JP-2への磁気的影響が全方位から均一にかかるよう調整するプログラムが必要とされる。
支援基地に関する二つの主幹的プログラムの構築完了。プログラム"ouroboros"により、SCP-066-JP-2最終落下地点予測結果から、参加可能な周辺の支援基地のピックアップを実行。同時に、参加可能な支援基地を限定的に分類化し、プログラム"Quetzalcoatl"によるマクロ化と一括制御に備える。
プログラム"Quetzalcoatl"により、参加可能な各支援基地はSCP-066-JP-2との距離、気候条件、地球磁気を考慮してそれぞれ収束磁気の出力調整が行われる。マクロ化は演算後実行され、全ての収束磁気が同時に、調整済出力でSCP-066-JP-2に照射されるよう時間的な調整が行われる。
これらの成果は既に実験により実証されている。──銀襟セクター-8192研究主任
支援基地の収束磁気照射開始と同時に、配置済みの収容班により、SCP-066-JP-2直上への最終収束磁気照射装置の移送が実行される。最終収束磁気照射装置の出力は、SCP-066-JP-2実体規模が判明した時点で自動調整される。
SCP-066-JP-2実体の落下速度減衰確認後、最終収束磁気照射装置によりSCP-066-JP-2を空中に固定する。空中に固定後、SCP-066-JP-2実体が1500kg未満であれば一時収容施設へと吊り下げ状態のまま空輸を行い、1500kg以上であれば任意の安全地点へ一時安置後、収容部隊と合同で一時収容施設へ輸送する。
作戦支援基地情報
建築規模: 11㎡、全高15m以内 可能な限り地下構造化する事
人員: 常駐員2名、予備員2名、監視員1名、担当エンジニア1名(エンジニアについては他基地との兼任可)
機能: レーザー赤外線レーダー 磁力波レーダー 超音波空間エコー探信システム 収束磁気発生装置 量子物理的空間導体収束制御システム
注記: 収束磁気照射の際の保証可能な射程限界は、最大級のSCP-066-JP-2を想定した場合6273mに留まります。収束磁気であるため周辺環境への影響は極微細ですが、照射射線上の物体とは多大な影響を相互的に及ぼします。射線の確保、もしくは射線上に存在する影響を考慮した上での出力調整が可能な自動制御プログラムの導入が必要となります。プログラム"Quetzalcoatl"により対応済です
当初の計画により、作戦支援基地は日本全国で241基建設されました。以降の増設は通信網増設と同様の手順によって承認され次第実行されます。
現在283基まで増設されています。
完了
"ハエトリ計画"実行
"ハエトリ計画"の実行に必要な人員、機能の規模が試算され、実験的に手順が実行されました。
その結果SCP-066-JP-2空中確保は機動部隊3部隊、作戦支援基地8〜28基、高機動輸送ヘリ4機、最終収束磁気照射装置1基を搭載した輸送機1機により遂行可能である事が判明しました。
しかしながら、SCP-066-JP-2実体の最終落下地点が温帯低気圧勢力圏内である場合、最終落下地点周辺で実体の捕捉が困難となるような現象が発生していた場合を考慮し、常時2倍の戦力を動員することが決定されました。
"ハエトリ計画"の実行に伴う財団機密の一般への曝露については、専任の情報処理班と記憶処理班により随時対応する事となりました。
各機材、各部隊の点検維持は最寄の各財団施設が担当し、「SCP-066-JP特別対処事例警戒」もしくは「"ハエトリ計画"発動宣言」が発令されるまで各機材と各部隊の管理運用責任はそれぞれの財団施設管理官が有します。
これら各部隊と各機材の他用途への転用は緊急時に限り、2名以上の日本支部理事の承認により認可されます。
"ハエトリ計画"の一次的開発の完了を宣言する。以降、改良を重ねていく事にはなるだろうが、ひとまずはこれで十分だ。 ──郡博士
一次開発の終了宣言後、"ハエトリ計画"が実際のSCP-066-JPに対して実行されました。
監査は5度の"ハエトリ計画"実行に対して行われましたが、いずれに於いてもSCP-066-JP-2実体の空中確保に成功。いずれの例に於いても損害は確認されませんでした。
また、各人員の練度向上により全国的な戦略ネットワークマニュアルの構築が飛躍的に進行し、SCP-066-JP-2実体の空中確保に於ける安定性の向上、指揮系統の整理、通信手順の簡略化、連携した作戦行動への分業能力の向上が報告されています。
終わりを決めるのは我々ではない。終わりはいつか、向こうからやって来るだろう。
生けるものはこれからも生く。財団日本支部理事-01
"ハエトリ計画"は現在も継続して実行、あるいは進行されています。詳細は"ハエトリ計画"作戦司令部へ連絡してください。
"ハエトリ計画"の終了は財団日本支部理事会による正式な決定によってのみ承認されます。
そこは地下室であった。
絨毯のように埃が敷き詰められた床、天井隅のパイプに無理矢理括り付けられ明滅する照明、たった一つの出入口を守る、ノブが錆びたドア。
部屋の中央に置かれている、背もたれが割れた椅子以外には一切の家具なども無い、閑散とした薄暗い空間。
空気は冷えていながらどこか湿り気を帯びており、それらは部屋の隅に設置されている通気口を以てしても乱れぬほどに澱んでいた。
窓も無く、日光も差さない部屋の中にはカビとネズミの糞の臭いが漂い、歓迎の準備を整えている。
ここは地下室である。恐らくは、十年単位で誰も知る者の無かった部屋。
その部屋のドアを強引に蹴り開けて、7人の男がドカドカと雪崩れ込んだ。
内1人は明らかに残りの6人によって拘束されており、両手首を後ろ手に縛られ、頭に黒い麻袋を被せられ、着崩れた黒スーツの袖に通っている両腕を掴まれて部屋内に引き込まれる。
6人はいずれもアラブ系かスラヴ系の顔つきをした10代後半から40代前半といった男たちで、古着のように縒れた軍服のようなものを見に纏い、内2人は使い古したAK-47で武装していた。
彼らはスーツ姿の1人を乱暴に椅子の方へ投げ付けて無理矢理座らせると、手首を縛っているロープの余りを椅子に括り付け、更に別のロープで1人の上半身を完全に椅子へと固定した。
そして6人は、1人を中心に展開する。5人は椅子から3mほど距離を置いて椅子を取り囲みながらも、お互いがお互いの射線上に入らぬよう位置取りをする。
そして残った1人──恐らくは6人のリーダー格である、40代前半の男──は傷痕の刻まれた頬を掻きながら、椅子に縛られているスーツ姿の目の前に立つ。
男はスーツ姿の頭に被せられた袋を掴むと、乱暴にそれを取り払った。
その下から現れた顔は、金髪慧眼の北欧系の男性。頬と片目には殴られた痕があり、口の中を切った事による出血で口の端が赤く染まった、一人の男。
彼の名はコールマン。ファーストもミドルもラストも無い、ただのコールマン。
彼は皺の寄った眉間を左右から挟んでいる両目で周囲を軽く見回すと、目の前に立っている男を見上げて引きつった笑みを浮かべた。
「なァんだ。聞きてェ事があんならそう言やぁいいのによォ」
重篤な訛りを患った猫のようなその声が発されずとも、彼は殴られる運命にあっただろう。
男の拳がコールマンの顎の根元を打ち、首を揺らすと、彼はそっぽを向いたまま、苛立っているような叫び声を上げた。そして前方に向き直ると、男を睨み付け鼻で深く呼吸を整えた。
男は断固とした決意を感じさせる険しい表情で、その顔を見下ろす。
そして低く、焼け付いたような声を部屋に響かせた。
「ジャメル・ホウン。何故我らを裏切った」
その言葉に、コールマンは目を丸くした。わざとらしく、である。
ただ驚いたのは事実だったようで、その後自分を囲む6人の内、目の前に立っている男の後ろで控える2人の顔を覗き込んだ。
彼はその顔自体には見覚えが無かったが、軍服の襟に縫い込まれた、逆さに伏せた壷を貫く槍を表した刺繍には見覚えがあった。そして男が呼んだ、かつての自分の呼び名にも。
「おめェら『砂漠のクソガラス』の生き残りか。残党がまだいたとは驚きだなァ」
再び、拳が彼の顔面を捉えた。
「貴様のつけた渾名で我らを語るな。ジャメル・ホウン、お前はただ答えれば良いのだ。同胞を売った理由を言え」
男は血の付いた拳を拭うでも無く、コールマンを冷たく見下ろした。
コールマンは口の中に溜めた血を床に吐き捨てると、男を見上げ、片側の口角を吊り上げる。
「同胞・・・裏切った理由だァ? 良いじゃねェか、言ってやるよ。初めから全部な」
空白
空白
空白
空白
空白
お前らもあの『砂漠のクソガラス』の一員だったなら・・・わかったわかった、そう怒るな。
あの組織の一員だったなら、あの砂漠で生きるって事の意味ぐらい知ってるだろ。
あそこにゃ太陽があった。砂もあった。そして先の見えない地平線があった。その中でどうやって生き残る? やり方は少なかったが、それらは全部シンプルなもんだった。
俺の組織は、そのシンプルさを選んだユダヤ人のはみ出しもんをかき集めて作ったもんだ。
ユダヤにだって貧乏人はいるし、民族主義に食い物にされた奴もいるし、神のことが大嫌いな野郎だっている。歴史に迫害された民族から更に虐められ、爪弾きにされた連中もいるんだよ。
だから奴らは、容易く俺が差し出した銃を手に取った。生き抜くための方法としてな。
だが奴らにしろ、奴らを爪弾きにした連中にしろ、ユダヤの原動力は同じよ。「二度とこんな目には遭わねえぞ」っていう決意だ。
民族主義も宗教も経済も知恵も武力も、それを叶えるための武器でしかねえ。詰まるところ、奴らは生きることに飢えてたんだよ。だから俺は奴らを生かしてやることにしたのさ。そんな俺を、仲間は暴れ馬って呼んだよ。
俺たちはあの砂漠を隅々まで駆け回った。どこへでも行って、イスラエルの利益になるようなもんはなんでも奪った。雇い主はいくらでもいたし、奪ったもんの買い手は数限りなくいた。その殆どはユダヤ人だ。
あの砂漠で、俺たちは本当に色々なことを学んだよ。知っちゃいけねえことも、知りたくもねえことも、あの砂漠には山のようにあった。俺たちは生き残るために、それらを全部呑み込んだ。
そうだ、生き残るためだ。あの地獄みてえな場所で、俺たちは俺たちに出来ることは全てやった。その一つなのさ、異常物の蒐集はな。
あの砂漠にゃ色んなもんがあった。お前らもそれは知ってるだろう。
俺たちはそれを集めた。普段の襲撃なんざ目じゃねぇ、とんでもなくヤバいような状況も経験した。いつ死んだっておかしくなかったし、実際死人も結構出た。
だがやらねぇ訳にゃいかなかったんだよ。何せ、それは俺たちが生きてる直ぐ隣にあったんだからな。ちょっと目を凝らせば見つかるような、すぐ近くにだ。
なら、無視出来ねえ。何かしねえといけなかった。だからそれを必死になって集めて、そしてお前らが現れた。
お前の組織・・・確か、イスラム圏の統一による平和と教義の実践、だったか? 最初は、俺たちが捕まえた、背中に太陽と月が詰まったフタコブラクダを買いに来たんだよな。
まあその前からお前らの組織の話はもちろん聞いてたぜ。ORIAが内部分裂で勢力を弱めた隙にデカくなった、地方の宗教自治体からの複合出資組織だってな。
神の名の下に戦う連中は数限りなく居たが、お前らはその中でも特に規模がデカくて、色々とコネが利いたよなあ。噂じゃサウジアラビアの富豪一族とも繋がってたとかよ。
だから俺は、お前らの組織に入ったんだよ。お互い異常物を集める身として、俺たちの実力と経験をお前らが欲しがってたのは分かってたし、俺たちにとってもお前らのコネと組織力は中々に魅力的だったからな。
まあ実際、同じ砂漠を駆けずり回るのでも、お前らの協力の有る無しで大分生存率は違ったな。
だがお前ら、俺たちが組織入りする前から、実は財団に目つけられてたんだろ?
いや、俺たちもな、お前らの組織に入る前からなんだか妙な連中のことは見かけてたぜ。
飲むと一生酔い続ける酒を手に入れる時なんざ、軽い銃撃戦になったぐれぇだ。
しかしお前らはもう・・・あー、要注意団体、にその時認定されてたんだってな? 異常物を集めて、兵器として積極的に利用する組織なんて、危なくってしょうがねえもんなあ?
ああ、いや、違うね。違う違う、そんな事じゃあねえよ。
お前らと財団の争いに飽き飽きしたんじゃねえよ。俺たちは、お前らに飽き飽きしたんだよ。
確かに俺たちはお前らの下部組織になった。お前らの命令で異常物を集める代わりに、結構身の保証はしてくれた。だがな、気に喰わねえんだよ。お前らのやり方じゃあ勝てねえんだ。
神のため、宗教のため、全てのイスラム民族の繁栄のためだと?
違うね。お前らはそんな組織じゃあねえ。その逆だ。お前らは宗教と民族の対立を煽って、戦いが可能な限り長引くようにした。
二枚舌を使い、損害を生み、その損害を自分じゃない誰かのせいにした。殺し合いが決してこの世から無くならねえようにした。
だってそうしねえと、集めた異常物を使って儲けられねえからな。
俺たちの集めたもんを使って、お前らは随分好き勝手やったよなあ? お前らは売りつけもしたし、それで従わせもしたし、殺しもしたし、脅しもしたし、尊敬を得ることもした。そして俺たちにまたこう言う。「あの砂漠へ行け」ってな。
それが裏切りの理由さ。お前らは気に入らねえ。お前らは負ける。言っただろう、俺たちは「二度とこんな目には遭わねえぞ」って決意してんだよ。
だから、俺は財団の方がマシだと思ったのさ。財団とは前線で何度も戦ってたし、交渉だって何度もやってきた。財団は、お前らよりちゃんとしてたぞ。
少なくとも、あそこでカラシニコフ持ってるガキでも、女を知れる機会は用意されてたってもんだ。お前らの組織じゃ、女を抱けるのは・・・こん中じゃ、お前ぐらいなもんだったろ?
空白
ったく、殴るしか能がねえのかお前は。
キレてるフリしたって、俺はどうにかなったりなんかしねえよ。
そうさ、お前らは裏切りに対して復讐しようなんて、そんな殊勝な連中じゃねぇ。
神に対してすら不実だったお前らが、何かに本気でブチギレる度胸なんざ持ってる訳無いんだよ。
お前らが考えてるのは徹底して一つの事だけ。自分の身さ。
くくっ、だから知りてぇんだろ? 財団に一泡吹かせて、組織を再興し、あの栄華よもう一度ってなもんか?
そのためには必要なんだよなぁ? 俺が知ってるはずの事がよ。
ああ、そうだ、お前らの読みは完璧に当たってるぜ。
お前らの組織を潰す助けをしたからって、その組織の下で働いてた俺たちを財団がほぼ手放しで受け入れた理由。俺がお前らにも仲間にも財団にも誰にも明かさなかった、俺だけがあの砂漠で知り得た秘密だ。
お前らはそれが何なのか知りたいんだろ? 俺が財団への寝返りと受け入れ交渉で使った切り札だ。そいつは重大な秘密さ。そいつは多分、俺の裏切りなんざゴミみたいに思える程の、人類史そのものに対する裏切りさ。
そいつは今、多分O5の誰かの頭ん中にしまってあるだろうよ。他のとこには何処にもねえ。
ああ、そうだよ、俺ももう忘れちまったさ。
その記憶を処理するのと引き換えに、俺は財団に俺たちを受け入れさせたんだからな。
バックアップの情報も全部何もかも財団に差し出した。俺の頭ん中にゃもう何も残ってねえのさ。
生憎だったな。お前らの切り札の予約はもう、とっくのとうに差し押さえられてんだよ。
お前らの希望なんざ、もうこの世のどこにだって存在しねえのさ。
証だと? お前らも、こんな最後の手段みてぇなやり方に手ぇ出してる時点で、察してるはずだろうが。
もう何もねぇんだよ。お前らは、黙って、俺たちにぶち殺されて、あの砂漠に放り出されるだけなんだよ!
空白
空白
空白
空白
空白
男の拳の乱打が止んだ時、コールマンは口中の血に咽せ、咳き込んだ。
俯いた顔からは幾筋もの血滴が落ち、彼のスーツの汚れを広げる。
彼を存分に打ち付けた男は忌々しげに舌打ちの音を響かせると、数歩後ろに退く。
そして腰から拳銃を引き抜くと、銃口をコールマンへと向けた。
コールマンは俯いていながらもその事を察していたが、抵抗する素振りは見せなかった。
体を捩ろうとも、手首を捻ろうとも、足を擦り合せようともしなかった。
ただ、黙ってその顔をゆっくり上げ、男の顔を見上げると、笑った。
強がりでは無い。
その男の真っ赤な顔が、どうしようもなく可笑しかったからだ。
空白
空白
忠誠を誓った訳じゃあねェ。オレたちは、オレたちが生き残るための精一杯をやっただけだ。
その結果ァどうなったかって? 成功したよ。これ以上ねェぐれェになァ。
仲間は全世界に散り散りに配置され、オレ自身も今やただの一介のエージェントだ。
世の中がクソみてェな奴で満ち満ちてる事ァ変わらねェ。
いつ死んじまってもおかしくねェ、命がけの暮らしなのも変わらねェ。
だがなァ、それは別にいい。それはオレたちの日常だったし、オレたちはァそこを生き抜いて来たからな。平気さァ。
オレたちはな、財団に入ってから、初めて働きに相応しいもんを手に入れられるようになったのさ。
砂を防ぐための家の心配は要らなくなった。水を確保するために誰かを襲わなくても良くなった。
人殺し太陽の日差しを浴びて無限の砂漠を当て所無く彷徨いながら、頭がおかしくならねえよう必死に昨日の晩飯の事を思い出そうとしなくて良くなった。
弾薬と医療道具と食いもんの心配をしながら、いてぇいてぇって呻く仲間を放っとかなきゃならねぇような事も無くなった。
温かい寝床も、冷たい水も、綺麗なシャワーも、満足な装備も、優秀な医療も、身柄の保護も、そして給料すらもそこにはあった。
オレたちの後ろには必ず誰かが居てくれたし、その誰かは常にオレたちが満足に仕事が出来るように考えてくれていた。
オレたちは砂漠から解放されたのさ。決意は実ったのさ。オレたちには余裕が出来たんだ。
オレたちは休みの日に酒を好きなだけ飲む事も出来るし、欲しかったオモチャを満足いくまで集めることも出来るし、クサい台詞を吐きながら恋人の薬指にチャチな指輪を嵌めてやる事だって出来るんだ。
それがどういうことなのか、お前に分かるか?
オレたちはやっと、生き残るためのスタートラインに立てたんだよ。
オレは呼び続けたんだ。ずっと叫んでた。
このオレを取り巻く嵐を吹き飛ばす、もっとデカい嵐をだ。
ガキの頃から、オレはずっと戦場じゃ叫びっ放しだったんだ。
デカい声で、泣きながらその嵐の名前を呼んでたんだ。
だから、ジャメル・ホウンでも暴れ馬でもねぇ。
オレは「コールマン」だ。
空白
空白
銃声が部屋に響き渡り、その直後、人の倒れ伏す鈍い音と衝撃が空気を伝う。
だが床に倒れることなど、椅子に縛り付けられているコールマンが出来よう筈も無い。
倒れたのは、まさに銃口をコールマンに向けていた男であり、その後頭部には鳥の巣箱のような穴がぽっかりと空いていた。
コールマンを取り囲んでいた5人は、目を見開き、咄嗟に部屋の出入り口の方に視線を移した。
そこから部屋の中に歩み入って来たのは、コールマンと同様ながらも、しっかりと整ったスーツを着こなした青年。
大きさの異なる左右の目の奥に底知れぬ深さと冷たさを湛えた、一人の男性だった。
彼の名はエージェント・保井。コールマンと同じ組織で働くエージェントの一人だ。
彼は部屋の中に、静穏かつ速やかな足取りで当然のように歩み入りながら、先程男を撃った銃口をほど近い他の1人へと向けて、素早く二回引き金を引いていた。
全ては、流れるような自然さで起こった一瞬の出来事。その間に、6人の内2人までもが命を刈られていた。
まず気を持ち直したのは、AK-47を携えた2人。彼らは十分な大きさと重量を備えた武器を持つ事で、精神の回復力が向上していた。不測の事態にすぐ対応できるという心構えが、素早く体を動かさせた。
それでも保井の方が一瞬速いのだが、仕留められるのは同時に1人である。2人が同時にAK-47を構えれば、どちらか片方の発砲は許してしまうだろう。
しかし、保井には理由があった。それは、わざわざ目立つような真似をしてあえて身を曝した理由だ。
その一つは、自分に注意を向けさせる事で、無抵抗であるコールマンに危害が及ばないようにする事。
そしてもう一つが、予め潜ませておいた、影からの攻撃がより有効なものになるようにする事だ。
部屋の隅の暗がりから、一つの影が躍り出す。
それはAK-47を携える男に後ろから組み付くと、左手で男の目を覆いつつ頭部を固定し、右手に握ったナイフで深々と首を掻き切った。
それとほぼ同時に、AK-47を構えるもう片方の男の眉間に、保井の発砲した銃弾が深々と突き刺さる。
そしてその2人が倒れ始めるよりも前に、首を掻き切った影は空いている左手で腰の投擲用ナイフを抜くのと同時に投擲し、拳銃を抜きつつあった敵の喉を貫いた。
コールマンを囲んでいた6人は、最後の1人が銃を抜き切るまでに、その者を最後の1人たらしめた。
そして保井はその最後の1人に銃口を向け、影は小さな照明が作る薄暗さの奥から眼光を向けつつ、右手のナイフをいつでも投げ付けられるよう構えた。
そうなってしまっては、最後の1人は降参の意を示すアラビア語を喚きながら、銃を放り捨てて両手を上げるしか無かった。
保井は銃口を向けながら最後の1人に歩み寄ると、足を引っかけてうつ伏せに倒し、拘束を始める。
「制圧完了だ。西塔、そこの寝坊助を自由にしてやれ」
拘束を続けながら保井がそう言うと、影は構えを解き、汗と埃で粘ついた髪をかき上げながら息をついた。
そしてコールマンの後ろに回り込むと、ナイフでロープの戒めを切り解し始める。
「西塔かァ・・・ひっさしぶりだなァ」
後頭部を背もたれの上に乗せるようにして顔を上げ切ったコールマンが、そのまま首をひねって西塔の方を見る。
「あんまり喋るなよセンパイ。どうせ口の中ボロボロなんだろ?」
それに対して西塔は、あくまでロープを切るのに集中しながら答える。その返答はつっけんどんなものではあったが、返答をしたという事実そのものが、コールマンに対する気遣いを示していた。
コールマンはいつも通り、底意地の悪い笑みをニタリと浮かべると、満足げに呟く。
「こいつァ、借りにしといてやるよォ」
「ん。そうしとく」
西塔の素っ気無い返事と共に、コールマンはロープから解放された。
直ぐに立ち上がろうとしたが、伊達に軍服をまとってはいない男の拳を何度も頭に受けただけあって、立ち上がろうとした瞬間に膝から力が抜けてしまった。
「おっと」
くずおれそうになったコールマンを、西塔が横から支える。彼我の身長差は20cm近かったが、それでも彼女はしっかりとコールマンを支えた。
その彼女の耳元で、再び彼は満足げにぼそりと呟いた。
「悪りィなァ、こいつも借りる」
西塔は呆れたように、小さく息をつきながら首を振った。
──しこたま殴られ、殺されかけたのは手前だって言うのに、それでもふざけた事を宣えるクソ根性には敬服するよ。
その言葉は、彼女の心の中にのみ秘められた。
「それで、こいつらは何者だ?」
拘束を終えた保井が、最後の1人を無理矢理立たせながら忌々しげに言い捨てた。
最後の1人は手錠と、手錠とに括り付けられたロープの首輪を嵌められ、目隠しとマスクをされている。武装は解除され、通信装置も保井の持つ財団エージェント用の小型端末に備え付けられた電磁パルス照射装置によって破壊されている。
「こいつらァ、オレが前いた組織の連中だァ」
「なるほどな・・・残党がいたとは驚きだ」
そう言いながら、保井は最後の1人の耳に耳栓を詰める。使用者の耳に合わせてピッタリ塞ぐように形を変える、高密度の合成樹脂、通称"ガム"である。ここから財団の施設まで、この男は無音の中で自身の心臓の鼓動と血流と呼吸の音のみを聞き続ける事となるだろう。
「しっかし、よくここが分かったなァ」
「財団は、秘密の施設や場所を秘密のままにしておいている。何故だか分かるか? 西塔」
「・・・? いや、聞いたこと、無い・・・と思う」
「バカなネズミが引っ掛かるからさ。よく憶えておけ」
感心するように西塔が頷く。コールマンはふっと鼻で小さく笑った。
バカなネズミ。一時期それに従っていた自分の過去に対して、何も思わない訳でも無かったが、それももう昔の事だ。
今は取りあえず、現状に甘えておくのが良いだろう。コールマンが体の力を自ら抜くと、さしもの西塔もよろけて、改めてコールマンの体をしっかりと支えた。
「本当は機動部隊が来るはずだったんだがな、周辺の機動部隊はここから20kmほどの所で起きている異常現象の対応に駆り出されちまったんだ。状況から見て、こいつらが仕組んだ陽動だろう」
「あ、私も本来そっちに呼ばれてた」
「はァ・・・で、そっちはどんな感じなんだよゥ」
「いや、それが『多分大丈夫だからやっぱ来なくていい』なんて、出動準備出来てから言われちゃってさ。そこに保井センパイの応援要請が回って来たから、志願した。出動準備出来てたし、場所も近かったからな」
「へっ・・・つッくづくだらしのねェ連中だぜこいつらはよォ」
呆れたように、力の無い笑いを漂わせるコールマン。
保井はその間に、もう搬送先の施設に連絡を済ませていた。
首をひねり、コールマンは己に銃口を向けて来た男の死体を見遣る。
ついさっきまで自分を殺そうとしていた男。自分が「死んじまえばいい」と思っていた組織にいたであろう男。自分の振り撒いた死であり、また自分の死そのものであるかもしれなかった男。
その無惨な姿を見下ろして、コールマンは無性にタバコが欲しくなった。
「間抜けが。最期の台詞、言ィそびれちまったじゃねェか」
拘束された男を引きずるようにして連行し、先導する保井には聞こえない呟きだった。
しかし、コールマンを横から支えている西塔には、十分にその言葉は聞き取れた。
そして彼女は何の気無しに「なんだそりゃ?」と彼に訊ねた。
「ンン? 死ぬ寸前に必ず言おうって、誓ってンだよ」
「へー、なんだかカッコいいじゃん。どんなのだよ?」
コールマンは、自分の先を進む保井の背を見る。
結局の所、自分がいつ死ぬのかは分からない。
自分の過去が、報いを受けるべきものなのかも。
自分の現在が、罪を積み重ねる人生の中にあるのかも。
自分の未来が、凄惨なる清算によって満たされているのかも。
しかしだからこそ、彼は確実に訪れる事柄に対して、自分の矜持の証明が欲しかった。
自分が果ての果てまで、最後の最期まで生き抜いたことの証のための誓いだった。
彼の人生はそこに於いて完成し、そして明らかとなるのである。
それは──
空白
「『いずれ、全て語る』」
空白
「おいおい、そんな言葉残して死なれたら、聞いた方は堪ったもんじゃないな」
おどけたように笑う西塔。つられてコールマンも小さく笑う。
保井が苛立ちながら「さっさと来い」と二人を嗜めるまで、小さな笑いが、埃にまみれた道に響いていた。
彼ら皆、いずれは死の前に引き裂かれ、斃れる時が来るだろう。
空白
空白
──だが、今じゃねェ。
鼓動が響く。声が聞こえる。泣いている。雛が鳴くように、泣き叫び続けている。
母親の胎内に居ながらにして、赤ちゃんは泣いている。
あの瞼が開く頃、赤ちゃんは生きているのでしょうか。
あの指が動く頃、赤ちゃんは母親の腕の中にいるのでしょうか。
温もりの中で絶望を悟り、安らぎの中で死を見る。
あれは──私? それともあなた?
きっと、きっと両方だ。
涙で体が、悲鳴で心が溶け始める。
溶けて溶けて、混じり合う。
そして産まれる。母の涙が、私の悲鳴があの子を殺す。
ああ、でも、神様、赤ちゃんに罪は無いのです──
空白
空白
空白
空白
空白
『神に求まば、夢破る』
空白
精神が引き戻される。
ここは現実だろうか? 少なくとも、布団は温かく、赤ちゃんの泣き声は脳を揺さぶっている。
体を起こし、俯きながら目を擦る。何分寝ただろうか? 時計を見るのすら、もうおっくうだ。
逃げ場の無い四畳半が身に迫る。泣き声が心を侵す。何度と無く、何度と泣く。
隣で大声を上げる赤ちゃんをそっと抱き上げ、小さく揺する。
赤ちゃんの声量とは裏腹に、私はもはや呻き声も子守唄も絞り出せなかった。
──これが、私の子。私だけの、私しかいない子。
父親は誰なのか? 追加料金の代わりに私を好き放題していった誰か。もしくは、寝入った私に襲いかかった客の連れの誰か。いずれにしろ、頼る事は無い。
家。私の家。父さん、母さん、二度と帰らない、二度と会わないと誓った。頼る事は無い。そう覚悟して、彼と共に家を飛び出した。
その彼も、今はどこにいるのやら。私以外の女と一緒に、私とやったのと同じような事をやった。だから、多分もう生きてはいないだろう。
ここにいるのは私、そしてこの子だけ。煤けた天井と埃まみれの床の間にあるものは、この子の叫び声と私の疲労だけ。
赤ちゃんは泣いている。まだ名前すらつけていない赤ちゃん。かわいいかわいい男の子。愛しい愛しい私の坊や。この子が、この子が。
そんなに泣き叫んで、私に何をして欲しいの? 私に何をしろって言うの? あなたの何が壊れたの? 私に何を直して欲しいの?
あなたの大声を聞いていると、父さんの最後の言葉を思い出す。勘当だ、二度と帰ってくるな、このあばずれめ。自分の好きにならない事が起きると直ぐ怒鳴る人。あなたもそうなの?
自分の欲望に、周りを合わせるために、あなたはそんなに叫んでいるの? 全ての人間を跪かせるために、あなたはそんなに可愛い顔をしているの?
じゃあ、誰が私を愛してくれるの?
あなたにとって・・・私は都合の良い召使い? 私はあなたの奴隷なの?
お客を紹介してくれる仲介屋さんと同じようにしか、あなたは私を愛してはくれないの?
その仲介屋さんですら、あなたが居る間はお客を紹介しないって言って来た。
赤ちゃんの泣き声が止み始める。
良かった。可愛い顔が安らかそうで。あなたには、泣き声よりも寝息が似合うわ。
時計に視線を移せば、時針は2を指し示し、分針は6の辺りを漂っている。
隣の人に、迷惑をかけてしまったかもしれない。この子の声は、よく響くから。だってとっても元気な男の子なんですものね。
注意深く赤ちゃんを布団の上に置き、その隣に再び寝そべる。
掛け布団を静かに乗せ、起こしてしまわぬよう注意深く体の力を抜き、瞼を閉じる。
空白
ぼやけた私。ぼやけた赤ちゃん。私の赤ちゃん。私が赤ちゃん。
赤ちゃんの私を抱く母さんと父さんの姿はぼやけている。その表情すら滲んでいる。
何も見えない。何も思えない。
あれは本当に私の両親?
遠い。
遠い。
届かない。
私は愛されていた?
私は誰に愛されていた?
私は何に愛されていた?
父さんも、母さんも、彼も、仲介屋さんも、お客たちも、お客たちの連れも、神様も、私を愛してくれたのだろうか?
病院の人たちはどうだっただろう? あの子を取り上げてくれた人たち。
今はもう、その人たちの顔すら黒く塗り潰されたようにしか思い出せない。
思い出せない?
いや、目の前にいる。
そうだ、あの時、目の前にいた。
それは一羽の鳥。病室のベッドで横になる私に、窓の外から鳥が寄ってくれたんだ。
私を見て歌い、膝の上にまで乗ってくれた。
あの子だけは、私を真剣に愛してくれたような気がする。
そう、ちょうどこんな感じに。
空白
空白
空白
空白
空白
『愛の答えは、歌の意思』
空白
精神が引き戻される。
ここは現実だろうか? 少なくとも、布団は温かく、赤ちゃんの泣き声は脳を揺さぶっている。
体を起こし、俯きながら目を擦る。何分寝ただろうか? 時計を見るのすら、もうおっくうだ。
逃げ場の無い四畳半が身に迫る。泣き声が心を侵す。何度と無く、何度と泣く。
隣で大声を上げる赤ちゃんをそっと抱き上げ、小さく揺する。
赤ちゃんの声量とは裏腹に、私はもはや呻き声も子守唄も絞り出せなかった。
──何度目だろう? 何度繰り返したのだろう? これの事では無い。この私の感情、その動き。
焦がれて、切望して、裏切られて、疲れ切る。何度何度何度繰り返したのだろう?
ここにあるのは何なのだろう? この先にあるのは何なのだろう?
この先?
この先なんて、あるのだろうか? 私とこの子に、この先があるのだろうか?
私に、私に、こんな私に何が出来るのだろうか? こんな惨めな私が、愛しい坊やと一緒に、一緒に・・・
一緒に? 私が?
この子は私は愛しているの? 愛がどれ程重要なの? ここで、ここで、私が、こうすれば、どうなる? どうなってしまうの? 何が終わって、何が始まるというの?
飛んで行く泣き声。隣から響く、壁を叩く音。私の頭の中で反響する。流転する。そして、停滞する。私は疲れているんだ。
「よし よし」
数時間振りにようやく絞り出した声は、掠れ、弱々しい。自分でもそう分かるぐらいなのだから、そんな声がこの子にちゃんと届いているかは全く分からない。
どれだけ声をかけても、どれだけ優しく抱き締めても、どれだけあなたを想って愛しく揺すっても、あなたに届いているのか分からない。
ここにあるのは何なのだろう? 薄汚れた壁と、声に震える空気の間には何があるのだろう?
この子はとても小さく、可愛らしく、柔らかい。少し力を入れるだけで、潰れてしまいそうな程だ。
もしそうなったら・・・私はどうするのだろう。この子と同じように泣き叫ぶのだろうか。それとも安心して静かに横になって泥のように朝まで眠るのだろうか。それとも明日からの根拠の無い自由を夢想するのだろうか。
一体、どうなるんだろう?
赤ちゃんの泣き声が止み始める。
ああ良かった。よく分からないけれど、恐らくそれは良かった事だ。
時計に視線を移すと、時針は3を指し示し、分針は20の辺りを漂っている。
注意深く赤ちゃんを布団の上に置き、その隣に再び寝そべる。
掛け布団を静かに乗せ、起こしてしまわぬよう注意深く体の力を抜き、瞼を閉じる。
空白
鳥が落ちる。声が響く。あの歌声が頭の中で響き続ける。
あれはなんと言っていた?
愛はなんと宣っていた?
鳥の歌声。鳥の歌声。
あれは人の声だった。
言葉がそこにあった。
私は病院で気を失っていた。
そこに何があった?
その時何があった?
あの子がいた。赤ちゃんがいた。私がいた。
黒く塗り潰されたのは病院の人たちの顔だけなのだろうか?
鳥が来ていた。鳥が歌っていたんだ。鳥だけがあの病院にあった。
頭の中で響き続ける。あの子の泣き声のように。私の泣き声のように。
鳥は朽ちた橋から飛び発つ。
鳥は鉄の箱から自由へ飛び発つ。
振り向いては駄目。そこに何があるというの?
夢が、夢が、愛の枷が絞め殺す。
空白
空白
空白
空白
空白
『母よ歌え、愛は刃と高らかに』
空白
精神が引き戻される。
ここは現実だろうか? 少なくとも、布団は温かく、赤ちゃんの泣き声は脳を揺さぶっている。
体を起こし、俯きながら目を擦る。何分寝ただろうか? 時計を見るのすら、もうおっくうだ。
逃げ場の無い四畳半が身に迫る。泣き声が心を侵す。何度と無く、何度と泣く。
隣で大声を上げる赤ちゃんをそっと抱き上げ、小さく揺する。
赤ちゃんの声量とは裏腹に、私はもはや呻き声も子守唄も絞り出せなかった。
──頭が揺れる。視界が揺れる。何かが頭の中を高速で通り過ぎて行く。
一体なんなの? どうしてこんな・・・私が、こんな。
もう、もう、なんなの。どういうこと? 何がどうなっているの?
私は何をやっているの? 何を、一体、どうしてこんな事を。
光と音が回転している。脳が死滅する。心と体が溶けていく。
その中で、私は鳥の歌声と時計の針だけを感じ取っていた。
空白
『歌は響く。導きのまま、我が映し身の叫ぶままに』
誰?
『声は歌う。母の思いに、愛が応うるに能う限り』
誰なの?
『願いは語る。愛は一つに非ず、勇こそ愛なり』
何をしろって言うの?
『真理は願う。ただ生のままに、気のままに』
あの子はどうするの?
『響きは真理。捨てよ、得るために』
出来ない。
『知を望むか? 幸いなるを望むか? ならば捨てよ』
あなたは、何なの?
『夢とは記憶。歌は既に聞かれ、ただ思われるばかり。歌とは相応しき時に、相応しき箇所を聞き手が想起するべきにて』
どうすれば、良いの。
『歌に従うべし。歌こそ真理にて、真理こそ歌なり』
ちゃんと、答えて。あなた誰なの?
『母は声を忘れじ』
空白
精神が飛翔する。
私は眠ったままの赤ちゃんを乱暴に抱き上げると、裸足のまま外へと飛び出した。
不思議と、赤ちゃんは目を覚ます事なく私の腕の中で眠っていた。
夜の闇の中、時たま街灯に照らし出されながら私はひた走った。
私の行く先を歌が先導していた。あの鳥の歌。ただ一つだけの病院の中での記憶が、私を先へ先へと引っ張っていく。
私には出来なかった。私には無理だった。私はこの子を守れない。私は、私を愛さない人たち全てを捨てて来た。何故なら、私も愛せないから。愛せないものを守れる程強くは無いから。
私に出来ることは? 何も無い。何一つとしてやるべき事は無い。あの牢獄のような部屋で独り縮こまっている事以外に。
『走れ、走れ。愛は一つに。母子は一つに』
歌が闇の中を駈けていく。
私の隣を、あの鳥が共に飛んでいるような気がした。
頭が痛む。頭が眩む。それでも足は止まらない。
暗闇の中を、私は鳥が翔ぶように走り抜ける。
可愛い赤ちゃん。愛しい坊や。今この瞬間でも、私の愛は止まっていない。
でも、私はこの子を愛していない。
歌が止まる。
闇の中で歌が止まったその場所で私も足を止めると、私の視線の先には一つのものがあった。
それは、空き地に放り捨てられたコインロッカー。
歪に曲がり、錆の浮いた、打ち捨てられた一つのロッカー。
──この中に? この子を閉じ込めるの?
一瞬の戦慄を覚えながら、私がコインロッカーに歩み寄ると、蜂の巣のようにいくつも並んだコインロッカーの内の一つがひとりでにゆっくりと開かれた。
足を止めて、その中を覗き込む。空き地の隅に街灯があるとは言え、それはコインロッカーの中の闇を照らし出すにはあまりに心許無かった。
その小さな空間でしかないはずのロッカーの内部にある暗闇は、空間を押し広げて無限に広がっているように見えた。
私は更に注意深く暗闇を覗き込む。
その奥で、何かが蠢いた。
その奥で、何かが息づいた。
何か、いる。あの中に何かがいる。
あの鳥じゃない。私の記憶じゃない。私の愛じゃない。
あそこにいるのは、あの中にあるのは──
「愛し合おうね、ママ」
抱えている腕の中から声がした。
あの鳥と同じ声。
視線を下に滑らせると、私の腕の中で、あの鳥と同じ目で私を見上げる赤ちゃんがあった。
私が声を上げる寸前、暗闇の奥から暗闇そのもので出来た嘴が私の胴を挟んだ。
餌を放すまいとする親鳥のように。愛しい母親を抱き締める子供のように。
嘴は私をコインロッカーの奥へと引き込んでゆく
赤ちゃんの頭が卵の殻のように割れる。
そこから顔を覗かせたのは、あの鳥──
空白
空白
──嘴ではなく唇を具えた、肌色の皮膚の小鳥だった。
空白
空白
空白
空白
『そだててあげらんなくて ごめんね』
名前: 保井 虎尾
セキュリティレベル: 1
職務: フィールドエージェント オブジェクトの初期収容任務への参加 SCPオブジェクトの再収容任務への参加
所在: [編集済]
人物: エージェント・保井は初め4歳の時期にSCP-███-JP特別収容プロトコル実行の一環としてEクラス職員雇用されました。当初SCP-███-JPの性質から継続的な雇用は予定されていませんでしたが、SCP-███-JPの危険性の消失に大きく貢献した事、そして財団の任務に非常に肯定的であった事からより広範な任務が割り当てられるよう再配置されました。
エージェント・保井は潜入工作を主とした任務を12年間継続した後、正式にエージェントとして再雇用され、現在までオブジェクトの初期収容と再収容任務を専門としています。
年齢25歳、身長177cm、体重62kg、右目と左目の大きさが異なっており、感情に変化が生じた際は片方を細め、もう片方を見開く事で大きさの差を広げる癖があります。静寂を好むため、待機時間中の殆どを私物認定されたイヤホンを装着したままで過ごしている事に留意してください。
若齢と鍛錬による高水準な身体能力と、20年以上にも渡る業務に於いて培った経験を併せ持ち、財団業務に対しても非常に肯定的であるため、高難度の危険任務への割り当てが推奨されています。
勘弁してくれ。 ──エージェント・保井
名前: コールマン
セキュリティレベル: 1(本人の経歴に関連する情報へのアクセス時のみ2)
職務: フィールドエージェント オブジェクトの初期収容任務への参加 SCPオブジェクトの再収容任務への参加 対異常存在戦術顧問
所在: [編集済]
人物: エージェント・コールマンは当時パキスタンで活動していたテロ組織████████の元指導者として[削除済]かつ[削除済]に於いてイスラエル政府に対して抑止力の役割を担うと共に、かつて財団から要注意団体認定されていた██████████ ████ ██████ ██の構成員として活動していました。
当時から優れた戦略眼、異常存在に対する豊富な知識、テロ組織████████を統率し経営する手腕を活用し複数の異常存在オブジェクトの回収を行っていました。しかし財団に同調し、██████████ ████ ██████ ██の解体と吸収に協力したことで財団エージェントとして再雇用され、本人の希望により日本支部へと配属されました。
年齢27歳、身長181cm、体重67kg、金髪碧眼で日本語、ドイツ語、英語、イディッシュ語、クアナン語、ロシア語、韓国語を習得していますが、いずれの言語を用いる場合でも必ず母国者でしか理解出来ないような訛りを用いて発話します。
ヘビースモーカーですが流体力学の実践能力に秀でているため、彼に限り禁煙エリア内での喫煙が許可されている事に留意してください。
彼すごいの。隣で吸ってる時だけじゃなくて、キスした時ですら全然煙草のにおいがしないのよ! ──██研究助手
やめろよォ、█股かけてるのバレるだろォ。 ──エージェント・コールマン
エージェント・コールマンは享楽的かつ自堕落的な性格の持ち主です。しかし類希なる戦術眼と観察力と論理的思考を有し、危機に対して即座に反応する判断力を有しています。事実、有効な戦術がいくつも彼の手によって考案されており、いくつかは正式に導入されています。以上の事から、複数人で行う任務の適正が高いと思われます。
あかしけ やなげ 緋色の鳥よ くさはみねはみ けをのばせ
なのと ひかさす 緋色の鳥よ とかきやまかき なをほふれ
こうたる なとる 緋色の鳥よ ひくいよみくい せきとおれ
煌々たる紅々荒野に食みし御遣いの目に病みし闇視たる矢見しけるを何となる
口角は降下し功過をも砕きたる所業こそ何たるや
其は言之葉に非ず其は奇怪也
カシコミ カシコミ 敬い奉り御気性穏やかなるを願いけれ
紅星たる星眼たる眼障たる瘴気たる気薬たる薬毒たる毒畜たる畜生たる生神たる我らが御主の御遣いや
今こそ来たらん我が脳漿の民へ
今こそ来たらん我が世の常闇へ
今こそ来たらん我が檻の赫灼ヘ
緋色の鳥よ 今こそ発ちぬ
人は常に何かの視線を感じながら生きている。
それは常に「何か」の視線でしか無い。そこには如何なる具体性も像も存在しない。
だが、一体誰が己の背後に何者も存在し得ない事を保証出来るだろうか?
一体誰が人の魂は誰の侵入も許さぬ神聖な不可侵領域であると嘯いた?
一体誰が己が己たる部分には鵬の嘴すらも届かぬであろうと説いたというのか?
偶然などはどこにも存在しない。全ては必然であり、何らかの誘導の結果引き起こされたものである。
だがそれを観測出来ぬ者はそれを偶然と決めつけなければ気が済まなくなる。人は結論の出ない問いにすら答えを押し当て、前に前にと進んで来た。それが故に、盲目であった。
そしてそれは自然の摂理であった。盲目につけ込む捕食者。人が人たるを狩る、人類種の天敵。
それを思い付いた者がいた。数言の簡単な言葉と、その羅列。その者はそれを発見した気になった。事実その者は、それを赤い原野の奥に見出したのだ。
しかしその実、その者は発見したのではなく、発見されていたのだ。
その者は言葉を想い、それを目にし、それを記し、そして死した。
だが死は、余りにも世界にありふれていた。その者の死は、あまりにありふれた死の中に埋もれてしまった。その死が持つ真の意味に何者かが気付いていれば、その何者かはその者を単なる異常者とは見なさなかったであろう。
意味不明な言葉を呟き続ける狂人ではなく、心を何かに貪られた残骸であり、その何かの涎をべっとりと張り付かせた残滓であったと気付いただろう。
しかし、何もかもは遅過ぎた。人々はあまりに盲目であった。何度となく繰り返されて来た狩りに、誰一人として気付く者が無かった。
それは緋色の鳥。祝詞によって封じられ、祝詞を利用し力を得た、意識界を飛ぶ鳥。
やがて、それは力を得た。精神を、魂を喰らったそれはより広く拡大し、より多くの人々を見つけた。
それの言葉も、それを知らぬ者も、一切の無知でしか無かった者すらそれの視線の先にあった。
あらゆる人々が、正常な生活の中にそれの存在を感じ取っていた。あらゆる人々が、それに見つかっていた。
視線を感じる。赤い視線を。
声が聞こえる。赤い言葉が。
風を感じる。あの原野を吹く風だ。奴の翼が起こす風だ!
そして、あらゆる人々は後ろを振り向いた。自身を見つめる者を見つめ返さんとばかりに。
そこにいる何かは蠢き、震え、射抜かんばかりの視線を注ぎ込んだ。
そしてあらゆる人々が、その姿を見た。あらゆる人々がそれを──奴の姿を認識したのだ。
認識は像を結び、観測は形を与える。それはまさに認識界から現界へとまろび出た一羽の鳥。認識の鳥!
あらゆる人々が奴を見つめ、見つめ返された。そして奴を認識し、脳の片隅にのみ存在した奴を己の意識界一杯へと拡大した。あらゆる人々が!
そしてそれは、遂にあらゆる人々の眼前に存在を得た!
おお、今こそ来ませり!
其は一人一人の心であり、共有された意識界の王。緋色の鳥は来り!
魂の合流点に棲みし精神の支配者。緋色の原野は拡がれり!
緋色よ来れ! この世界は汝の鳥籠と同義なれば。
全ての人々よ見るべし! 汝の眼に映るは赤き空、赤き草土、赤き廃墟なり! 緋色の鳥が棲みし世界に覆われた汝の世界なり!
歌い上げよ。彼の鳥が気まぐれに汝らの魂を貪るためのみに存在する、それが世界なのだ!
そして彼の鳥は最後の一人を嚥下した後に、飛び立つだろう。人を、人外を、神を貪り、長い咆哮の後に飛び発つだろう。赤き星を残して、意識界の更に深層へと飛び断つだろう。深き混沌へと身を投じ、狂乱の儀式に囲まれて眠りに就くだろう。
星が再生し、再び命が地に溢れるその時まで──
──緋色の鳥よ 未だ発たぬ
アイテム番号: SCP-132-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-132-JP-1実体は小動物飼育用ケージに保管し、文字が記載された紙媒体の持ち込みが禁じられている収容室内に収容してください。SCP-132-JP-1には通常のシミ目シミ科と同様のサイクルの給餌を行ってください。
SCP-132-JP-1による繁殖は1体の成体のみが常に予備として確保されるようにし、他の個体については変態前に焼却処分してください。焼却処分に携わる人員は2サイクル毎に必ず交代し、交代後メンタルセラピストによる簡易的な診察を受けてください。
SCP-132-JP-2は既定のA4用紙上のみが活動領域となるよう、SCP-132-JP-1による産卵を誘導してください。SCP-132-JP-2の活動領域に指定されたA4用紙はSCP-132-JP-1と異なる収容室内に安置してください。収容室内には給餌用のプリンターを設置し、一日に三度給餌としてA4用紙に無作為の平仮名文字を310字印刷してください。フォントサイズは現在のプリンター規格では"10"に設定してください。
SCP-132-JP-2の生育が問題無く進行しているのならば、孵化より4ヶ月後に、一個体のみを確保し残りを焼却処分してください。確保された一個体はSCP-132-JP-1予備として飼育を継続してください。
許可無くSCP-132-JP-2とコミュニケーションを図る事は禁止されています。その点についての特記事項は事案-132-KK文書を参照してください。
説明: SCP-132-JP-1はシミ目シミ科亜種と思われる未分類の昆虫類です。外見と食性はヤマトシミに類似していますが、幼虫期間に於いて変態を行う事、−5℃までの環境下なら活発に活動する事、乾燥に耐性がある事に於いて従来と異なった生態を有しています。
SCP-132-JP-1は1ヶ月に一度、無性生殖による産卵で繁殖を行います。産卵は、何らかの文字が描かれた集合繊維──多くは植物由来の紙──の上で行われ、20分で10〜30個の卵を産みつけます。
産みつけられた時点で卵は繊維と癒着しており、その後5分かけて放射状の染みを繊維上に残しながら溶解します。撥水性の高い紙を用いた場合でも、卵は問題無く放射状の染みを残して溶解しました。
SCP-132-JP-1の寿命は6〜7ヶ月程度であると思われます。
SCP-132-JP-2は放射状の染みが形成されてから30分後に、放射状の染みから紙面上へと出現する10〜30体の個体です。これらはSCP-132-JP-1の幼虫形態と思われます。
SCP-132-JP-2は出現先の紙媒体に記載されている文字と同染料、同字体の形式で書かれている「ゅ」または「ゆ」の文字です。一つの紙面上に異なった染料または字体で書かれた複数の文字がある場合、そのどれか一つが無作為的に選択されます。
SCP-132-JP-2は紙面上をうねりながら移動し、紙面上にある自身と同染料の文字を摂食します。摂食された文字は紙面上より消失します。
SCP-132-JP-2は魚類に似た行動様式と群性質を持ち、紙面上で移動を行った痕跡として、同染料による複数の点の染みを短時間残します。
生育が通常通りに進行した場合、SCP-132-JP-2は孵化より5ヶ月後に円形の染みである蛹形態へと変化します。蛹形態への変化から30分後、蛹形態の染みが描かれている紙面部分を突き破ってSCP-132-JP-1個体が出現します。
SCP-132-JP-2は「ゆ」の文字を物理的に損壊させるか、または同染料を用いて完全に"塗り潰す"ことによって破壊が可能です。また、SCP-132-JP-2個体が存在する紙面を切り取り、同一の素材と構造を持つ他の紙媒体紙面上に固定することで、SCP-132-JP-2を他の紙面へと移動させる事が可能です。
SCP-132-JP-2は孵化してより3週間後から、自身と同染料、同字体の文字を紙面上に出現させることによる会話を行い始めます。それらの文字は10〜14秒で消失しますが、この時、SCP-132-JP-2の食餌対象とならない染料を用いた文章を書き入れる事で、SCP-132-JP-2とコミュニケーションを図る事が可能です。
以下は、その性質を利用してSCP-132-JP-2とA4用紙上で会話を行った際の、複数時点でのA4用紙上の記載を編集してまとめたものです。
※インタビュー対象: SCP-132-JP-2-C03群
※インタビュアー: ██博士
.:*・゜ゅゆ およぐれんしゅう
ゅゅゆゆ やったね君たちは、自分の事をどれだけ理解しているのかね?
.:*・*・゜.:*・゜ゅゆゆ おなかすいた
ゆ
ゆゆゆ ぼくたちは生きてるよ それだけだよ
ゆ
ゅゅ だれかとはなしてる?
.:*・゜ゅゆ すすめー
.:*・*・゜.:*・゜ゅゆゆ ごはんくれ
このA4用紙の外のことは認識出来ているかね?
まぜてー
ゆゆ
ゅゆゆゆ おはなしはしてるけど、ぼくたちに見えるのは
ゆゆ この『白い海』だけ。でもそとのことはしってるゅゅ あつまるれんしゅう
ゅゆ やすむ
.:*・*・゜.:*・゜ゅゆゆ ごはんないの?どうして知っている?
ゆゆ
これでよし ゅゅゅゆゆゆ ぼくたちがひとつだった時に、見てきたから
ゆゆ
.:*・゜ゅゆ もうひとふんばり
それはシミの形の成体のことか?
ゆゆゆ
ゅゅゅゅゆゆゆ たぶん、そのこと
ゆゆゆ
ごはんさがそうよ
我々の事をどう思っている?
ゆゆゆ
ゅゆゅゅゅゅゆゆゆ ごはんくれる。いいひと!
ぶつかっちゃった ゆゆゆ
補遺: 事案-132-KK文書一部抜粋
[削除済]年11月17日██研究助手よりSCP-132-JP-1対象の会話実験が申請さる。
[削除済]年11月26日SCP-132-JP-1対象の会話実験の実施申請を受理。
[削除済]年11月28日17:20 SCP-132-JP-1対象の会話実験開始。
[削除済]年11月28日17:58 SCP-132-JP-1対象の会話実験終了。SCP-132-JP-1卵の収容違反発生。翌年10月28日まで感知されず。
[削除済]年10月28日5:13 サイト-81██に於ける収容管理サーバーの不具合を検知。███技術主任によって復旧が指示される。
同年同月同日5:27 サイト-81██セキュリティメインフレームに侵害発生。緊急閉鎖用プログラムの不完全な発動を確認。
同年同月同日5:49 収容管理サーバーの機能停止を確認。収容施設の無力化に伴いSCP-███-JP、SCP-███-JP、SCP-███-JP、SCP-███-JP、SCP-███-JPの収容違反を確認。
同年同月同日6:03 新たにSCP-███-JP、SCP-███-JP、SCP-███-JPの収容違反を確認。
同年同月同日6:05 サイト-81██管理官より緊急事態警報が発令。本件を緊急事案に分類。
同年同月同日6:07 本件発生は不特定多数のSCP-132-JP-2個体又は群体によるプログラム記述の侵蝕が原因と断定。
同年同月同日6:28 フェイルセーフプロトコルの誤作動を確認。
同年同月同日6:34 SCP-███-JP収容違反を確認。SCP-132-JP-2との相互作用により、侵蝕の停止を確認。
同年同月同日6:35 フェイルセーフプロトコル解除に成功。SCP-███-JP、SCP-███-JP、SCP-███-JPの再収容を確認。
同年同月同日7:03 収容外のSCP-132-JP-2駆除を完了。外部への漏出の痕跡有。追跡は断念。
同年同月同日8:40 全オブジェクトの再収容完遂。緊急事態警報解除。
██研究助手はSCP-132-JP-2に対する複数の会話実験に関係した経験から、SCP-132-JP-1に対するコミニュケーションを本旨とした実験を提案したと供述。SCP-132-JP-2に対する親愛的な感情から、SCP-132-JP-1に対する危険物としての認識を欠如したものと推測され、██研究助手が着用するTシャツに対し産卵が行われた事に気付かないままであった。
産卵が行われたTシャツは複数の文字がプリントされたデザインであったため、孵化したSCP-132-JP-2はそれらを摂食していたと思われる。
██研究助手は個人的な趣味として多数の着衣を私有していたため、オブジェクトの収容違反は関知されず、またSCP-132-JP-1による産卵期間の乱れに関する報告に対しても、危険性の認識の欠如から調査が遅滞していた。
結果として██研究助手のTシャツで変態を果たしたSCP-132-JP-1群は、不明な経路から複数のコンピュータデバイスあるいはディスプレイに産卵を実行。孵化したSCP-132-JP-2は記述された情報フレームを紙面と認識し、記述の消失能力を有した光点パターンとして、自身を演算する破壊プログラム的ウイルスに類型の有意思存在と化した。
SCP-132-JP-2はプログラムの記述そのものを摂食して無力化または誤作動させ、大規模な収容違反の危機をもたらした。
SCP-132-JP-2はサイト-81██の独立サーバーと全端末を同一紙面と認識し拡大したが、最終的にSCP-███-JPとの相互作用により鎮静化。その後主要な収容制御機能を他のサーバーに引き継いだ上での、サイト-81██全サーバーの初期化が実行され、SCP-132-JP-2による事態の悪化の抑止に成功した。
その際、外部化されているサーバーの一部がサイト-81██外部へとアクセスしていた形跡が発見され、SCP-132-JP-2のサイト外への脱走の可能性が調査されている。
本件によっては██研究助手を始めとした、研究チームの過剰なSCP-132-JP-2との会話実験の回数から鑑みた場合の原因を推察出来ると考える。
SCP-132-JPに対する危機意識の欠如は明白であり、本件の直接の原因と見なせるのであれば、SCP-132-JPの特別収容プロトコルの改訂を早急に議論されたし。
──財団管理内務監察18課 高屋木 毅
その月曜日は明らかに、何かが違っていた。
そのたった一つの違いは、多くの人々にとって世界全体の違いに思えた。
無粋で殺風景な廊下にハイヒールの音を響かせながら、彼女は髪をかき上げた。
黒く艶やかな髪は流水の如く流れ、滑らかな白磁のような輝きに僅かな赤みを孕んだ指先を映えさせる。
ホクロ一つ無いきめの細かい肌はその内に心地よい弾力を秘めている事を感じさせ、それに触れた時言いようの無い快楽に身を包まれるであろう事を予感させた。
同時に髪の流れの延長へと流れ込むバラの香りは上品でありながらも、女性の持つ力強さをどこまでも限りなく遠くへと運んでくれるだろう。
垂れた目にきりりと立った眉、整った鼻筋には落ち着いた大人の魅力が溢れていたが、柔らかさを保った頬と唇からは少女然とした可愛らしさをも感じ取れた。
白衣の下のはだけたワイシャツから見てとれる膨らみは主張を続けながらも、決して下品ではない、どこか優雅さと謙虚さをも得た張りを以て全体のラインに一点の華を添える。そこにネックレスが放つ一抹の淡い金色の輝きが加わると、項と鎖骨にすら一種の神秘的とも言える恍惚を光臨させた。
それに対して腰のくびれは白衣の上からでも分かる理想的な緩急を演出しながら、健康的な美しさを保っていた。
四肢は細く整い、その五体から繰り出される技の威力とは不釣り合いな程均整でありながら、同時にそれらの健康性を裏付けるかのような肉感を持っていた。
だが決してそれらはだらしなく垂れ下がるような事は無く、それでいて皮膚と肉はあくまで柔らかく、指を押し付ければ吸い付き、沈み込みそうな感覚を与えてくれる事だろう。
その四肢が動き、タイトスカートとタイツ、あるいはワイシャツの袖のラインに合わせて形を変える様はそれだけで扇情的であった。
前原博士。誰もが彼女の方を振り向いた。男も女も熱に浮かされたように、その美貌に体も心も魂も奪われていた。
皆それに気付いた瞬間、足を止めて注視せずにはいられなかった。目に飛び込んだ瞬間、鼻が感じ取った瞬間、耳が聞き取った瞬間、彼ら彼女らの心は前原博士のものになっていた。
そしてそれら全員が、彼女の薬指に輝く指輪のことなどたちまちの内に忘れていた。手首を飾るバングルの毅然とした力強い金色の輝きに相応しい力強さを持った女性であることなど、忘れていた。
立ち尽くし、会話を止め、ただただ見入るばかりであった。
ハイヒールの音が響き、機嫌を損ねたかのように眉をひそめる。それだけであっても、彼女の魅力は全ての理性を圧倒した。
そしてついに、年若いエージェントの一人が蛮行に及んだ。
彼は耐え切れず、目を血走らんがばかりに見開いたまま、手を伸ばす──
──内線通話用受話器に向かって。
「もしもし、お前が誰かは知らん。だが緊急事態だ! 何らかの現実改変能力が働いている! ああちくしょうなんてこった! 聞いているか! 未確定異常事態レベル4事例! 緊急警戒態勢だよ!!」
その17秒後、緊急警戒に相応しい惨劇が幕を開ける──
「失敗だ。大失敗だ。何故こうなったのか見当もつかん」
黒い椅子に座り、黒い円卓に肘をつきながら、黒い男がそう呟いた。
男の呟きに合わせ、男の顔面を覆うようにして貼られている、魔術的文様の描かれた紙が吐息にたなびく。
円卓を囲む他の黒い面々の沈痛な面持ちは、この黒い部屋で動くものがただ一つ男の顔面の紙のみという状況を作り出してしまうほどであった。
「誰か説明出来ないのか。何が起き、何が起き、そして何が起きたのか」
男の皮肉めいた責めが、誰に対してともつかぬ言葉が、部屋に虚しくこだまする。
その中で、黒い面々の内の一人が、身を乗り出してぎょろりと目玉を回転させた。
カメレオンのようなその目は、正確に男の顔面の紙に向けられていた。
「タキオン第二電子の硅素に対する可塑性が、計算外の挙動を引き起こしたと思われます」
目玉の奥から、そう言葉が放たれた。
それに対し男が深いため息をつくと、更に顔面の紙が揺れる。
男は落胆していた。それは、この場に居る全員に対する落胆であった。
「」
<日本の超常現象記録-██>
概要紹介:小学校のグラウンドで、授業中突然轟音と共に大きな穴が開きました。当時グラウンドで授業は行われていませんでしたが、グラウンドに出ていた教員二名が行方不明になりました。
発生日時:19██年██月██日13時15分
場所:大分県████市,██████小学校
追跡調査措置:財団の調査チームが現場を調べましたが、爆発物の痕跡は見つかりませんでした。また、穴の発生により生じる20トン相当の土砂も確認できませんでした。
書類の束を小脇に抱え、悠然たる歩みでサイト-81██第二休憩室の隅へと向かうは神山博士。
セキュリティクリアランス3と言えば財団内部でも要職と見なしても問題ない立場であるはずだが、彼には些か特殊な事情があった。そしてその特殊な事情に何者かを踏み込ませないためか、あるいは機密関係を持つ地位へと追いやる事で彼自身を孤立させるために、働きの割には高い地位へと置かれているというのが多くの職員の秘された見解であった。
そのことに対して彼自身が何事かを述べたというような事態は皆無である。だが、そのような噂や俗説を利用することを思いつくのは、彼にとってそう難しい事では無かった。
高いクリアランス、しかし通常時にはほぼ封じられている権限。隠蔽されている過去と、不可思議な現象。矛盾点と非矛盾点。そして財団組織自体がそれらを覆い隠しているかのような、諸々の事例。
それらは多くの感情を人々に喚起する。不安、警戒、畏怖、嫌悪、好奇。それらは、利用出来る。
第二休憩室の隅には、一つの黒電話が置かれた台と仕切りがある。台の前には丸椅子が据え付けられており、台自体には黒電話の両横に十分なスペースが用意されている。
ここは、彼専用の仕事場。オフィスすら持たない神山博士にとって、唯一常駐が慣例的に許されている場所だ。しかしそれも、サイト管理者が「NO」を叩き付ければあっという間に消し飛ぶ儚き仕事場である。なにせこれは元々職員用の共用電話なのである。それを、時代の移り変わりに伴う新システムの導入によって不要となったため、彼の要請によってこのような形で残される事となったのだ。
丸椅子に腰掛け、黒電話の横に書類をどさりと置く。仕事と言っても、これから行うのはある意味では非公式の仕事である。この業務がなんらかのファイルに記録される事は無い。強いて言えば通話記録に残るかもしれない。
だが彼は躊躇することなく、束になった書類の一番上の一枚を手に取り、記載された氏名とその横の電話番号を確認すると、電話の受話器を取った。
思わず、小さく笑みがこぼれる。自らを殆ど語らない彼ではあるが、黒電話特有の重みと、受話器を上げた時、ダイヤルを回す時の重厚感溢れる音は好きだった。
prrrrrrr prrrrrrr prrrrrrr がちゃり
「もしもし、朝比奈博士ですか? 私、神山 孝蔵と申します。早速ですがSCP-689-JP長期観察実験の際のなりた氏の管理──失礼、お世話についての要請が却下された事は既に聞き及んでいますか? はい・・・はい、そうです。メールの通りです。しかしよくご覧になって頂きたいのですが、人事部からの返答では『特異性の無い猫の管理のために人員に対して辞令を下す事は出来ない』となっていますよね? これは実際の所『辞令は下せない』という程度の意味しか無いわけでして・・・はい、そうです。実は個人的になりた氏の管──お世話を引き受けたいという方が人事部に二名いらっしゃいます。彼らはあまり公に他の職員と関わる事は出来ず、連絡も取りづらい立場にあるので、今回は私がこのように・・・そうです。その二名の方の連絡先をメールで送信しますので、後日面接してみられるとよろしいでしょう。一応、医師の立ち会いの下で行う事を推奨しておきます。ああ、大丈夫です。この件に関しては人事部全体も黙認されていますから。それでは失礼します」
がちゃこん
書類を手に取り「朝比奈 景綱」と書かれた欄の横にチェックマークを書き入れる。財団の規則、そしてそれに従うというのは難儀なものだ。しかし組織自体がその事をよく承知していれば、融通の利かせようはある。その融通のパイプとなるのは、大概の場合は立場というものから隔離された者である。
神山博士は懐から取り出した携帯端末を少しだけ操作してから、他の氏名と電話番号を書類で確認すると、再び受話器を手に取る。
prrrrrrr prrrrrrr prrrrrrr prrrrrrr prrrrrrr prrがちゃり
「もしもし、大和博士ですか? はい、そうです、事前連絡の通りです。この度の武装品目録改訂に伴う新装備の実装から、大和博士に対して使用可能な装備の変更が・・・はい? はい、そうです。今回は変更無しとのことで、はい、従来通りです。次の改訂は7ヶ月が予定されて・・・はい? はい。・・・いやあ、私にその権限はありませんので。それでは失礼します」
がちゃこん
書類にささっと書き込む。書き込む書類は名簿と、救急医療費支給制度に対する評価書である。
prrrrrrr prrrrrrr prrrrrrr prrrrrがちゃり
「もしもし、エージェント・厚木ですか? はい、私神山と申します。そうですか、既にお聞き及びで・・・ええ、新型スーツの個人的な購入届けが受理された事をお知らせに。おめでとうございます。ただ一つ内密の条件がございまして。・・・いえ、大した事ではありませんよ。ただ、財団開発のスーツですので、情報機密の観点からサイト外部での着用は控えるように、と。・・・はい、はい、よろしくおねがいします。はい、それでは失礼します」
がちゃこん
prrrrrrr prrrrrrr prrrrrrr prrrrrrr prrrrrrr prrrrrrr prrrrrrr prrrrがちゃり
「もしもし、天王寺博士ですか? 神山で・・・いえ、結構です。先週の謹慎処分の追加措置について・・・本当に、結構です。話を続けてもよろしいでしょうか? ダメですか? 申し訳ありませんが一日中電話の前に座っているわけには・・・あ、大丈夫ですか? 恐縮です・・・いえいえ、それ程でも。先週の謹慎処分の追加措置についてですが、審議の結果撤回されることが決定いたしました。正式な辞令はもちろん下されますが、天王寺博士が先週発現させたAnomalousアイテムの新特性の影響で、当該施設の中間管理人員の首から上が一時的にラマになっていまして・・・ひとまず、本人への通達だけでも早めに済ませておこう、ということで・・・はい、そうです。処分は謹慎のみという形で・・・はい、はい、それでは失礼します。くれぐれも謹慎を破る事の無いよう、お願いいたします」
がちゃこん
書類にチェックマークを書き入れ、小さくため息をつく。「あの人が素直に謹慎に従うはずが無い」と思いながら。そして彼は、内務調査課のエージェントに数行のメールを送信した。
prrrrrrr prrrrrrr prrrrrrr ……… がちゃこん
「・・・・・・」 がちゃり
prrrrrrr prrrrrrr prrrrrrr prrrrrrr prがちゃり
「もしもし。あ、鬼食料理長ですか? 私神山と申します。ええ、クラス3の、はい。そうです。はい。ええとですね、実は銀襟主任に少々お話がありまして、先程オフィスに連絡したのですが、お留守のようだったのでもしやそちらにお越しでないかと・・・良かった。もしよろしければ、変わって頂きたいのですが・・・はい、よろしくお願いします」
そう言いながら、書類の名簿に打ち消し線を3本引く。打ち消された部分には、銀襟 熊羆とだけ書かれていた。
「・・・はい。はい。あら、いませんでしたか? いえいえ大丈夫です、大した用事ではありませんので。はい? 試食ですか? そうですねえ・・・兄弟が心配するといけないので、辞退させて頂きましょう。はい、それでは失礼します。銀襟主任にくれぐれもよろしくとお伝えを・・・はい。はい、それでは」
がちゃこん
prrrrrrr prrrrrrr prrrrrがちゃり
「もしもし、ええと、骨折教授ですか? 神山と申します。はい。実は少々申し上げにくい事ではあるのですが、セキュリティクリアランス引き下げに関する権限規定の項目に一部誤りがございまして・・・はい、そうです、そこの所です。『勤労』の部分が『禁篭』となってしまっているかと。はい、心配ありません。骨折教授を収容対象にするというような意図は全く・・・はい。通知の改訂版は、えーと・・・11分後に送付されるとの事ですので、一応ご確認の上で所定番号までご連絡を・・・まあまあ、そう言わずに。日頃の業績が評価されての3から2への引き下げは、個人的には妥当以上に温情的であるかと。・・・はい、はい。それでは失礼します。ご確認の程、よろしくお願いいたします」
がちゃこん
安堵のため息をつきつつ、名簿に斜線を引く。運悪く不利益を被る人間というのはどこにでもいる。しかし、その人に対して「あなたは運が悪かったですね」と告げるのは誠に誰もが嫌がる仕事である。
神山博士は携帯端末を素早く操作した後に、書類に視線を落として受話器を手に取った。
prrrrrrr prrrrがちゃり
「もしもし、虎屋博士ですか? 神山です。はい、その節はどうも・・・いえ、今回はその事ではなく、カバーストーリーの更新についてのご報告です。はい、そうです。これまで設定されていた海外勤務先の国家でクーデターが勃発してしまいましたので、変更の必要が・・・・・・いえ、大丈夫です。既にカバーストーリー"人質救出作戦"に基づいた偽装工作が進行しています。つきましては、奥様に対する口裏合わせということで、設定資料をそちらに送付しておきましたので、熟読の上で情報課の3番へ明日の午後4時までにご連絡をお願いいたします。はい、はい? ・・・・・・そうですね、偽装的傷痕を使用するのでれば、化学開発部へ早めにご連絡を。・・・いえ、皮膚の・・・薬品に少々成分の変更を加える必要があるかもしれませんので。はい。はい。ではそのように。失礼いたします。あんまりやり過ぎて、奥様を泣かせてしまわぬように」
がちゃこん
運が悪いのはたった一人とは限らない。誰か一人だけが、ということは意図したとしても中々起こらないものである。全員が、同じ泥を被る事もあるのだ。
「取りあえず、今回は機動部隊の面々に被って頂きましょうかね」
そう呟きながら、神山博士は偽装工作完遂目的の鎮圧任務の計画書の隅に用意された推薦欄に、自身と虎屋博士の名を書き入れた。
pがちゃり
「もしもし、エージェント速水ですか? 神山と申します。はい。ええ。そうです。はい。いえ、それは・・・はい。はい、はい。そうです。人事に影響、はい、いえ、はい、はい、そうです、はい。毬藻が、はい、はい、問題ありません。はい、それでは、はい、グッド・スピード・ラック」
がちゃこん
「さ、次行きましょう」
prrrrrrr prrrrrrr prrrrrrr prrrがちゃり
「もしもし、ええと、ハリマオ博士ですか? 神山と申します。はい、失礼しました。実は一昨日にハリボー博士が主催したTRPGセッション中に、参加者であった前原博士が酔いの勢いでカフェテリア中の職員のSAN値を壊滅せしめる行為に及んだ問題の件なのですが、はい、失礼しました。ええ、そうです、カフェテリア勤務職員が追い出し運動を・・・いえ、この件自体は既に落着しています。説得には大変に苦労しましたがTRPG禁止令には至っていません。しかし事情が事情ですし、カフェテリア職員の皆様方にご納得頂くための条件として1ヶ月間は休止をお願いしたく・・・はい、はい、ありがとうございます。前原博士へは、既に施設内での飲酒についての最後勧告が行われているはずですよ。はい、それでは・・・失礼します、針山博士」
がちゃこん
アイテム番号: SCP-XXX-JP
オブジェクトクラス: Safe
特別収容プロトコル: SCP-XXX-JP指定区域は現在エリア8111に指定され、私有地名義による封鎖と情報の改竄が実行されています。エリア8111に居住していた島民にはクラスB記憶処理を施した上で、それぞれに適切な記憶を付与し指定区域外に移送済みです。島民に対する追跡調査および監視は既に打ち切られています。
エリア8111には常時4名以上のエージェントを常駐させて下さい。エリア内でSCP-XXX-JPの発生が確認された場合には、マニュアルに従って簡易検査と記録を行った後にSCP-XXX-JPを焼却処分してください。
説明: SCP-XXX-JPは[編集済]沖の██島に不定期に出現する実体です。実体は全裸状態の日本人である身元不明の男性または女性の遺体です。SCP-XXX-JPは一年に一度、不定期的に島内で発見されますが、SCP-XXX-JPが出現する瞬間の目撃または記録は現在まで成功していません。
現在まで出現が確認されたSCP-XXX-JPは██体ですが、全ての遺体は行方不明者リストとの照合も含め個人の特定に失敗しています。SCP-XXX-JPは同時に1〜3体までの出現が認められていますが、複数体が同時に出現した場合、それらは互いに近親関係にあったような特徴を有しています。
SCP-XXX-JPは問題無く通常の現行人類の機能全てを具えていますが、必ず明らかな他殺の痕跡を有します。これまで発見された死因の痕跡は刺殺、撲殺、紐状凶器による絞殺、轢殺、斬殺、首を素手で掴んでの溺殺ですが、これまで凶器の種類や素材、あるいは犯人の存在の解明に至る物的証拠は発見されていません。素手による溺殺死体の頭部痕跡から採取された指紋は遺体の指紋と同一でしたが、遺体の両腕に抵抗の痕跡が認められるため自殺の可能性は否定されています。
SCP-XXX-JPは外部事例-XXXの調査に於ける多数の証言から、19██年よりその異常性が発現したものと思われます。現在、異常性発現の原因が調査されています。
付記: 以下に本報告書初版に添付された外部事例-XXXに関する情報を記載します。以下の情報は現在に於いても公式の記録であることに留意して下さい。
外部事例-XXXの発生に伴い、その原因がSCP-XXX-JPにあるものと仮定した上で以下に調査報告を記す。調査は外部事例-XXXの生存者の一人であり当事者でもある臼山氏に対するインタビューを指針として行う予定である。
以下に臼山氏へのインタビュー記録を記載する予定であるものである。
対象: 臼山 ██ 43歳男性
インタビュアー: ██博士
付記: 対象含めほぼ全ての██島民は独特の方言を用いるため、本記録からSCP-XXX-JP指定区域の特定を防ぐ措置として、全ての会話は標準語へと訳されて記録されています。尚、対象は拘束時、拘留中非常に動揺し興奮状態にあったため、インタビューに際し少量の精神安定剤を投与しています。
██博士: 臼山さん、落ち着いてきましたか?
臼山氏: なんとか、落ち着いてきました。あの薬の効果/結果でしょうか? 最近の警察は凄い/酷いんですね。
██博士: 問題無いようですね。それでは幾つか訊ねさせて頂きます。まずは今回の事件の経緯についてです。
臼山氏: [12秒間沈黙] 記録するんですか?
██博士: もちろんです。しかしこれは事後調査ですので、これらの記録は公開もされませんし裁判でも活用されません。あなたや、あなた達が行った事は確かに褒められるべき事ではありませんが、あなた達がそうせざるを得ない所まで追い詰められた経緯を知りたいのです。
臼山氏: [39秒間沈黙] はい、わかりました。
██博士: それではお願いします。
臼山氏: あの日、もういつだったかも憶えてません/知りませんが、とても暑い日でした。町の反対側の崖近くの森で、死体が見つかったんです。若い女性の死体でした。顔を潰されて、裸の状態でした。
██博士: 誰の死体かは特定出来ましたか?
臼山氏: 本土の人間が島にやって来た記録も痕跡/証拠/証明も無かったので、島民の誰かだろう、という事になりました。小さい島で、島民は全員が顔見知りです。そんな所で、身内の殺人が起きたと知って、皆怯えて/震えていました。折しも、亀山さんの所の娘さんが山菜採りに出かけたまま帰っていませんでしたので、そうなるとあの死体に亀山さんの娘さんの面影があった、と皆が口々に言い出しまして・・・
[対象の頭部が微かに震え始め、声が少々上擦り始める]
██博士: 続けて
臼山氏: 娘さんの恋人/婚約者だった若い男がいたんですが、彼が怒り出しまして、普段から仲が悪かった別の男が犯人に違いないと言い出したんです。その男は亀山さんの娘さんによくちょっかいを出していて、そのせいで恋人/婚約者の若い男と仲が悪かったんです。だから、皆は「そうかもしれない」と思ったようです。
██博士: ██氏と███氏ですね。島民は███氏を殺人犯として責め立てたのですか?
臼山氏: いえ、皆「あり得そうな事だなあ」と思ってた程度で、あまり積極的ではありませんでした。それに、結局亀山さんの娘さんは見つかったんです。山中で貧血を起こして倒れた拍子に怪我をしてたみたいで、死体が見つかった翌日には無事に救助されたんです。そうなると、あの死体はやっぱり誰なんだ、という事になってしまいました。
██博士: どうして隠蔽したのですか?
臼山氏: [沈黙]
██博士: 答えて下さい。それとも、今日はここまでにしますか?
臼山氏: 島民は、全員が顔見知りで、家族のようなものでした。駐在さんも事情を汲んで、見て見ぬふりをしてくれました。今にして思えば、恐ろしい過ち/失敗/過失でした。でも、私達は関わり合いになりたくなかった。何も無い、平和な島で殺人事件だなんて。それも、被害者が誰なのかすら分からない。この事を考えるだけで、なんだか恐ろしくて、心配になって、誰もが頭を抱えました。皆が、この事件の事を考えたくなかった。だから、考えなくていいようにしよう、と誰が言い出すでも無くそう言う事になりました。皆賛成はしませんでしたが、同意していました。この後ろめたい気持ちをたった一回経験するだけで、普段通りの日常に戻れて、全て/多く/概要を忘れ去る事が出来るのならば、そうしようとなりまして、私とあと数人が死体を船で沖に運んで捨てました。
██博士: その後の顛末を。
臼山氏: 皆、いつも通りに戻りました。あの事は暑い日に見た幻なのだ、と。全てただの気のせいだったのだ、と心の底から思い込んでいるようでした。あんな気味の悪い事件で、その犯人が島民の誰かかもしれないなんて状況に、私達は耐え切れなかったのです。だから、忘れたんです。でも、次の年の春先に、また死体が見つかったんです。今度は、年を取った男の死体でした。
██博士: やはり身元は特定出来ませんでしたか?
臼山氏: はい。でも皆、被害者の正体/素性はどうでもいいようでした。皆が恐怖したのは、かつてのあの出来事が真実だったということ。死体も、殺人も、そして隠蔽と隠蔽への加担も、全て実際に起きた事だったんだという認識/思いでした。過去にあれが起きた事は紛れも無い事実で、しかも今回の件が過去の件と関連している証拠も無いのに、皆明らかに狼狽していました。
██博士: それでも通報しようという気にはならなかったのですか? 本土へ連絡は?
臼山氏: 私達は全員、死体を捨てて事件を隠蔽したんです。今更通報するようなことは、自首にも等しい事です。誰かが少し警察の尋問の前で口を滑らせるだけで、全員が逮捕されるでしょう。だから今回も、私達は死体を捨てて、隠蔽し、全てを忘れ去ろうとしました。悪夢/酷さ/悪事/がこれで終わる事を信じて。
██博士: しかし、事件は止まらなかった?
臼山氏: そうです。また次の年の冬に、小さな女の子の死体が・・・
██博士: その年に、例の事件が起こりましたね?
[臼山氏は俯き、明らかに狼狽した様子を見せる]
臼山氏: 私は・・・悪くない。私は、皆のためになればと思って、皆もそれを望んでいたんです。本当/正しい/正解です。私達は、普段通りの生活を・・・
██博士: 事件について話して下さい。
臼山氏: 女の子の死体が出て、それで・・・田山さんの所の、息子さんのタカ坊が、もう黙ってられないって・・・誰なのか分からなくても、間違いなく誰かが次々に死んでる。そんなの放っとけないって・・・だから、本土に事件の事を報せるがいいか、と寄合で相談してきたんです。
██博士: それに対して、どう反応しましたか?
臼山氏: 何も・・・誰も、何も言いませんでした。でも、そんな事をさせる訳にはいかない、と皆がそう感じていました。そんな事をされたら、私達全員が罪に問われてしまう。だから・・・[嗚咽]
[臼山氏は机に突っ伏して頭を抱えた]
臼山氏: なんで、どうしてこんな事に。どうして [嗚咽] 私はただ、いつも通りの生活を送りたかっただけだったのに、それなのに、どうして、こんな。
██博士: 続きを。あなたには話す義務があります。
臼山氏: はい・・・はい・・・タカ坊は、どんなに説得しても、頑として・・・だから、仕方なかった・・・ああするしか、皆を守る術/手法/技術は無かった。だから、タカ坊とその父親を殺そう、と・・・
██博士: 父親をも殺害するに至った動機は?
臼山氏: タカ坊の母親はずっと昔に産後の病気で死んでて、父親にとって息子は唯一の忘れ形見です。それを殺されたと知ったら当然ただで済ます事は無いだろう、と。だから息子とまとめて、二人暮らしの家に火を放って・・・二人の悲鳴と、火が燃え盛る音が聞こえてきて、私は・・・耳を塞いで眠りました。それで、それでもう本当に終わりだと、私は自分に言い聞かせました。
██博士: 事件では最終的に17名の島民の死亡が確認されていますが?
臼山氏: [嗚咽] 火事のことは、島民の中でも数名の事しか知りませんでした。でも、駐在が・・・火事の真実を知って、いよいよもって看過出来なくなったのでしょう。私達に黙って、本土に連絡を取ろうとしたんです。だから、数名の島民が自分の判断で咄嗟に、今度は駐在を・・・
██博士: それから、駐在員からの定期報告がなされなかった事で不審に思った[削除済]が島に人員を送り込むまでの間に、何が起こったのですか? 何故あれだけの犠牲者が島民から出たのですか?
臼山氏: 皆、ひどく混乱していました。死体のこと、隠蔽のこと、そしてタカ坊とその父親と、駐在のこと。私は努めて黙っていましたが、皆何かを察し、そしてそれ以上の推測を重ねていました。そして皆がその中で、頑に秘密を守らなければ、という想いだけが先行して、そして・・・お互いに疑い合いました。過去に起きた、些細な諍いや出来事を取り上げて、誰それは密告者だ、裏切り者だ、と。
██博士: 殺し合いをするぐらいならば、全てを明るみにした方がマシだとは考えなかったのですか?
臼山氏: あの時は・・・そんな事は、全く考えませんでした。でも、あれは・・・あんな恐ろしい事は・・・一体どうして。私も皆も、ただ静かに暮らしたかっただけだったのに。私も、皆も、まともじゃなかった。罪が暴かれるのを恐れて、それで・・・全員が、あんな恐ろしい事を・・・
[叫び、大声で泣き始める]
██博士: 尋問を終了します。ご協力ありがとうございました。
[記録終了]
終了報告書: SCP-XXX-JPには何らかのミーム的効果が存在する可能性があります。臼山氏を含めた生存者の島民全員にはクラスB記憶処理を施した上で解放し、長期間の監視を行うことを進言します。また、SCP-XXX-JP指定区域内の長期間滞在実験によって、ミーム的効果の解明を行う必要性があります。
██博士の進言に基づく処置を実行済。長期間滞在実験承認済。下にその結果を記すものとす。
補遺: 指定区域内でのクラスD職員の長期滞在実験が実行されました。クラスD職員には毎年発生するSCP-XXX-JP実体を必ず目撃させ、可能な限り当時の島民と同様の生活を行わせました。その結果、SCP-XXX-JPには何らかのミーム的効果は存在しないと結論付けられました。
この結果と島民に対する追跡調査と監視の結果から、SCP-XXX-JPの異常性は文化面、精神面へ影響
しないと見なされました。指定区域内長期滞在実験の追加実験の中止と島民への追跡調査と監視の中断が決定されました。
以上の結果を受けて、SCP-XXX-JPはEuclidからSafeへと格下げされました。
これ程嬉しくないオブジェクトクラス格下げは他に無い。我々の存在意義を改めて噛み締める。 ──██博士
──こちらエージェント・保井 エージェント・コールマン。1425時を以て初期収容任務を開始す。
マンションの一室のドアノブがゆっくりと捻られ、軽い衝撃と共に開かれる。
その先に広がる乱雑とした生活空間、の手前、開かれたドアの前に立つ黒服の男が二人。
片方は首からイヤホンをぶら下げた、右目と左目の大きさが合っていない短髪の日本人男性。
もう片方は鼻筋のよく通った金髪碧眼のドイツ人男性。
前者は彼の職場での呼び名をエージェント・保井と言い、後者は同様の職場でエージェント・コールマンと呼ばれている。
開きっ放しのドアを前にして、二人は佇んでいた。が、直ぐさまエージェント・保井が懐からガサガサと紙片を一枚取り出すと、それに視線を落としながら何やら呟き始める。
「対象は年齢未確定の成人男性。現実改変能力者の傾向ナシ。ベランダからの飛び降り自殺による外傷以外に目立った外傷や痕跡ナシ。血中から多量のLSD由来物質が検出される。警察の実地検分は2時間前に抑制されたため、現場への侵入者はナシ」
その言葉に、エージェント・コールマンが得意げに鼻を鳴らす。エージェント・保井はそれを無視しながら、ミミズのような暗号の書かれた紙片をライターで燃やしていた。
「クスリか?」
紙片の燃えカスを素手で握り潰しながら、エージェント・保井がボソリと呟く。
ここで言うクスリとは、無論のこと麻薬などの生易しい子供用風邪シロップの如きものではない。現代科学の最先端を行く組織を以てですら解析が不可能な異常存在。彼らが収容し、確保し、保護すべきもののことである。
その言葉に、エージェント・コールマンは胸を張りながらますます得意そうに鼻を鳴らした。
「・・・なんだ」
横目でそれを確認し、半ば呆れながら訊ねるエージェント・保井。すると途端に、エージェント・コールマンの居丈高な演説が始まった。
「オレはなァ保井ィ、昔ペンギンのぬいぐるみの形したァ奴を相手にしたことがある。人間がそいつを見ちまうとよォ、頭ン中どぱどぱ麻薬が出るんだよ。どんな麻薬が出たと思うよォ? コカインだ、コカイン! 脳の中に直で・・・濃度82%のコカイン水溶液が一秒で3ccも出た! そん時にャ5人が死んだ。内2人は、警官だったァ」
コールマンの声は、重篤の訛りを患った猫のように間延びしていた。
「オレはよォ、そん時決心したんだ。奴らは最悪だ。奴らは最低だ。奴らは俺たちを騙すためなら何だってやる。見た目も記録も情報も、全部奴らが用意したもんだと思ってやる、ってなァ」
保井は小さくため息をつくと、口では「確かに認識災害の可能性もあるか」と呟き、頭では「前話した時は3ccじゃなくて7ccだったぞ」と呟いた。
だが、今回の事例が予断を許さぬものであるというのは、保井も同意見であった。SCPオブジェクトとは「なんでもあり」の存在だ。「異常」が「正常」以上に定義の難しい存在である限り、どのような不思議が起きても不思議ではない。
保井は銃を抜き、前方に向けて小さく構えながらゆっくりと部屋に進入した。部屋の外からの目視によってある程度の安全は確認済みであり、外部からの長時間の観察で、建築物自体がSCPオブジェクトである可能性も否定されている。それでも尚、警戒に足るものがこの先にあるのだ。
保井と同様、コールマンも銃を抜いて後に続く。ただし、保井とぴったり背中を合わせて、彼の後方をカバーしながら後ずさりで部屋の奥へと進入していく。
「間取りは憶えてるな?」
「おうよォ」
「じゃあお前の方法でいくぞ。3秒後に、俺からスタートだ」
背中合わせでじりじりと進んでいく両名。その奇妙な行進が玄関を通り抜け、居間に至ろうとした時であった。
「1」「1」
「2」「2」
「3」「3」
保井が「1」と発声した直後にコールマンが「1」と発声し、その直後に間断なく保井が「2」と発声、すぐさまコールマンが「2」と発声、その直後にまた・・・
それを1から10の数まで繰り返した後は、再び1へと戻る。それぞれの数字の発声は1秒の間も無く行われている。そしてそれを行いながら、両名は居間へと進んだ。
「4」「4」
「5」「5」
隙間無く発声を行いながら、二人は部屋の内部の全てを視界に収める。周囲を広く見渡し、背中合わせで互いの死角をカバーしながら、居間、台所、寝室、トイレ、ベランダ、全ての場所をざっと見遣る。銃を構え、可能な限り何にも触れずに部屋内部の表面を視線で撫でる。
エージェント・コールマンが考案したこのコールマン法は、フィールドエージェントが認識災害の可能性のある現場で捜索を行う際、捜索範囲内の一先ずの安全を確保するための方法である。
互いが互いの死角をカバーし合った上で、隙間なく数字を次々と発声する事は、バディ同士が正常であることの確認だ。この方法で片方が認識災害に曝された時、必ずどちらかの発声が途切れるか、あるいは混濁する。
認識災害は、必ずそれを認識した人間に異常をもたらす。何かが襲いかかってくればまだ分かりやすいが、精神または認識の変調は判断が困難である。
だからこそ、そういったものに罹患した瞬間に対処出来るかどうかが重要となるのだ。そしてその瞬間を、数字の発声の途切れによってバディは知る事が出来る。この方法の最中、どちらかの発声が少しでも遅れたり途切れたりした瞬間、問答無用でもう片方が拘束を実行。退却して状態を観察後、応援を呼ぶ手はずとなる。
この方法は実際にフィールドエージェントの間でも使用され、なかなかの評判を得てはいるが、科学的な裏付けと実証例数が少々不十分であることから正式採用はされていない。だが保井とコールマンは、経験からこの手の事例には十分に効果があることを知っていた。
「10 終了」「10 終了」
全ての部屋を見回り、居間まで戻ってきた所で発声を終了。二人は背中合わせの状態を解き、互いに向き合った。
「さて、どう思う?」
右目を大きく開きながら、保井がまず切り出した。
「マンションにしちゃ、散らかってるなァ」
「そうだな」
散らかってる。それはコールマン法で視界に捉え切れなかった物体が多かった事を示している。物体の奥に隠れた物体が、異常性を持っている事も考えられるのだ。
「だが被害者の遺体の状態と室内の痕跡を見るに、被害者は認識災害に罹患してから短時間で自殺を図ったようだ。ならばオブジェクトもその辺に放置されていると思ったんだが・・・」
「認識災害じゃねェのかもなァ」
「分からん。取りあえず、敵対的知性はいないようだな。ネズミ一匹見当たらねえ」
銃を仕舞う両名。今この瞬間も何も襲っては来ていない。ならば武器は不要である。
「とりあえず、気になったものがいくつかある。テーブル上の複数の郵便物、寝室の少々不自然な数の薬瓶、トイレの外れた電球、押し入れの内部」
「それなァら、そこから調べてくかァ。居間、トイレ、寝室のルートで行くぞ」
「ああ」
そう言って、保井はしゃがんでテーブルの高さと目線の高さを合わせた。そして右手で懐からピンセットを取り出し、郵便物の束へと腕を伸ばす。
「裏から確認すんだぞォ」
「わかってる」
コールマンの言葉に短く応える。
先程保井自身が述べたように、今回が認識災害による事例だった場合、被害者は罹患してから直ぐに飛び降りた可能性がある。郵便物に異常性があった場合、被害者は異常を受けた直後、その郵便物をそのままテーブルの上に放置した可能性が高い。
つまり、異常が発現する面が上側、あるいは表になっている可能性が高いのだ。上から覗き込みながら郵便物を確認すれば、被害者の二の舞を演じてしまいかねない。被害者と同じ行動を取れば、それと同様の結末を辿るのは目に見えている。それは何としても避ける必要があった。
ピンセットで郵便物を捲り、郵便物の裏側を覗いていく保井。そして見つけた。宛名だけが書かれた開封済みの封筒だ。当然裏面にも記載されているはずの差出人の名前は無い。
保井はピンセットを封筒に押し付け、その感触から中身がまだ入っていることを確認すると、その事実をコールマンに報告する。それによってコールマンが直ぐさま黒い袋を取り出すと、保井は郵便物をピンセットで摘まみ上げ、慎重に袋の中へと収めた。
ほぼ同様の方法で、彼らは他の様々な物品をそれぞれ別の袋へ収め続けた。
寝室の棚の薬は、裏面を目視せず全てを棚から袋の中へと落とす。電球は割れないよう保護材で包んでから袋を被せる。押し入れの中はマンションに進入する際と同様の方法──入り口を開くのと同時に距離を取り、内部を二人で目視しながら軽く話を交わして互いの正常性を確認する方法──で調査した。
怪しいものは、全て持っていく。それからラボでじっくりと調べる。やる事は、実際のところ警察とそう変わりはない。だが細心の注意を払う必要があるのと同時に、何が怪しい存在であるのか、その基準は財団独自のものであった。
「怪しいものは大体確保したか?」
寝室の薬で一杯になった袋の口を縛りながら、保井が訊ねる。あとは、これらを回収部隊に引き渡し、現場を監視しながら回収物品検査の報告を待つだけである。
しかし、コールマンは一点を凝視していた。
その目つきに保井は見覚えがある。野生の獣が脅威を目の当たりにした際、その脅威を計ろうとする目つき。それはコールマンの直感が刺激されている証であった。
「どうした?」
認識災害によるものでは無いようだ。と言うより、物をかき分ける事無く視線を巡らせられる範囲内に認識災害が存在しないことはコールマン法により確認済みである。
ならば、彼は何かを見つけたか、あるいは気付いたのだ。
「保井よォ、対象が飛び降りた時刻って何時だったか?」
「検視報告によると0840時あたりだそうだ」
「あの目覚まし時計、0817で止まってるぜ」
保井がコールマンの視線の先を注視すると、そこには一つの古めかしいデザインの目覚まし時計があった。
時計の針は8時17分で停止しており、その上目覚ましのベルの起動時間を設定するための針は、明らかに7時半へと設定されていた。
「関連性があるかもな。回収するか」
「触らねェようになァ」
「わかってる」
保井は少しだけ目覚まし時計に接近すると、袋をふわりと広げるように投げた。袋は落下傘のように口を広げて落ち、目覚まし時計に被さる。保井はそれから袋の口を両端を掴んで左右に引っ張る事で口を閉じ、くるりと手首を返して、袋越しにですら目覚まし時計に触れる事無く目覚まし時計を袋の中へ落とし込んだ。
「よし、初期収容は完了だ。回収部隊に連絡するぞ、いいな?」
「ああ・・・初期なら、まァこんなもんだろ」
──こちらエージェント・保井 エージェント・コールマン。1521時を以て初期収容任務を完了とす。回収部隊への物品の引き継ぎの後、現場の保全と監視へと移行する。
終了報告書: 初期収容任務完了報告から7時間後、サイト-81██へと回収された目覚まし時計の異常性が確認され、SCPオブジェクト候補へと認定され研究が開始されました。
その20分後、エージェント・保井、エージェント・コールマンの両名に対して回収任務の終了が通達されました。両名は最終的な現場の確認調査を報告した後、現場からの異常性の喪失を報告し通常任務へと戻りました。
「良かったぞ、お前ら」
筋骨隆々の男が腕組みをしながら、にんまりと笑った。半裸の上に白衣を羽織った、奇妙な出で立ちであった。
シミュレーション用マンションルームの居間の椅子に腰掛けながら、保井とコールマンは苦笑いをした。保井は両耳に装着していたイヤホンを左耳だけ取り、コールマンは煙草を灰皿に押し付けた。
「嵐戸よォ、ガキンチョどもの手本になってやるなァいいけどよ・・・こいつァちと連中にゃ酷ってもんじゃねェのか?」
苦笑いを崩さずコールマンが遠慮なく意見を述べた。
「ま、確かにな・・・今時じゃ、大抵の場合はもっと本部からのバックアップが整ってるしな」
保井もそれに乗る。
それらに対して、嵐戸と呼ばれた覆面男はわざとらしく苦々しい表情を作ってみせた。その様子に対して、ますます保井とコールマンの苦笑いが強まる。
「訓練ってものは、あらゆる事態を想定していなければ意味が無いからな。実際今回のような事例が無かった訳でも無し。それにお前らは、それでもちゃんとやり切っただろう」
「それにしてもなァ、誤カバーストーリーにオブジェクトのミスリードに支援の不備に専門機材の不足にって、ちと詰め込み過ぎだろォ?」
「訓練に割ける時間も有限だからな。今こうしている間にも、ヒヨッコが成鳥としての働きをしなければならん事態が起こっているのだ」
「本当にひどい職場もあったもんだ」
最後の保井の呟きに、嵐戸の小さな笑いが漏れる。
「まぁ、だからこそこうやってお前たちに例を示してもらおうと思ったのだ。お前たちが上手くやってくれて本当に助かる。撮影した映像はしっかりと役に立ててやるから、それで勘弁してくれ」
「・・・ま、これで借りを返した、ということにしておくか」
「おいおい、命を助けた貸しをこんな事でチャラにされちゃたまらんぞ!」
豪快な笑いを放ちながら保井の肩をばしっと叩く嵐戸。保井は、左耳にイヤホンを着け直したい衝動に駆られた。
「まァそうだなァ、俺たちの姿を見て育ったヒヨッコどもに、まァた貸し作っちまわんとも限らんからなァ、今の内に若い芽は潰しておきてェよな保井ィ?」
保井はイヤホンを着け直した。静寂の世界が、彼の中に復活した。
補遺: エージェント・保井、エージェント・コールマンによる訓練映像は新人エージェント教育用教材A-14として分類されます。担当教官が本教材を使用する場合、物品管理課へ所定の手続きを行ってください。
===警告:プロトコル"焚書"発動下に無い状況で本ページにアクセスすることは禁じられています===
"焚書"発動下にない状況でのアクセスは、即時の自動抹殺プログラムの発動に繋がります。確認が完了する前に速やかに退出してください。プロトコル"焚書"発動下でSCP-444-JPの大規模な事象に対応する職員はそのまま待機してください。
アクセス開始………………..
セキュリティが解除されました…
444-out break状況の発動を確認…
プロトコル"焚書"の発動を確認…
緊急開示用データベースにアクセス…完了
SCP-444-JP情報を表示します Thank you See you
SCP-444-JP被験者、元被験者、それらの手によって殺害された人物の血液が付着した紙媒体は全て、上記の報告書を含めSCP-444-JP-1へと分類されています。
全てのSCP-444-JP-1はサイト-8141を放棄せざるを得ない事例の発生後、セクター8137の地下130mにある特別収容カプセル内に格納されました。これらの移送、収容に関わったあらゆる人員に対してSCP-444-JPの情報は伏せられ、本ページへのアクセスはクリアランスレベル5レベルの職員であっても制限されることとなりました。
情報の機密性、そして分類自体の無意味さからオブジェクトクラスは割り当てられていません。これがSafeであろうがEuclidであろうがKeterであろうが、私達が為すべきことは何一つ変わりません。サイト-8141のナンバーは他の施設へと引き継がれ、上記の事象は徹底的に隠蔽されました。更にSCP-444-JPに関するあらゆる情報は完全に破壊されています。私が、それを実行するただ一人の職員でした。
これを書いている時、SCP-444-JPを知るのはこの世界でただ一人であり、間も無くただの零人となるでしょう。
そうして、SCP-444-JPに関するものは、本ページと緊急対処プロトコル"焚書"の、心を持たない二つのシステムだけとなるのです。
それで間に合った、と私は思いたい。
しかしこの記録が閲覧されているということは、既に全てが手遅れなのでしょう。もはや無駄な言葉や思考に割く時間は無いのでしょう。一刻の猶予もありません。
私達はSCP-444-JPが最終的に引き起こす事象を把握することが出来ませんでした。
だからあなた達がどのように追い詰められているのか、それに対して有効な方法を示せないかもしれません。
ただ、一つ絶対的に確かなことがあります。それは奴が『認識の鳥』であるということです。
奴は既に完全に活性化したか実体化したのでしょう。私達は、あなた達は、手遅れなのでしょう。上記の事象で既に奴は十分に拡大してしまっていた、ということなのでしょう。
しかし、手遅れならば手遅れなりに打つ手はあるはずです。
少なくとも、あなたは奴がまだ小さかった頃の原本の写しを手に入れたのですから。もう二度と、失敗を繰り返さないでください。SCP-444-JPに関しては、誰もが失敗してきました。
──[削除済]
アイテム番号: SCP-XXX-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-XXX-JPは8m×9.5m×5mのコンクリートタイプの収容室中央から、直立状態に入った際の裏面側方向へと2mずらした定位置へと安置してください。SCP-XXX-JPを中心とした半径23m以内のエリアは特別制限エリアに指定されています。SCP-XXX-JPが活性化した場合に備えて、特別制限エリアへの進入は直近の活性状態終了時から26分以内に行うようにしてください。26分が経過した場合、特別制限エリアへの進入は禁じられることになります。
収容室内には常時、死後9日以内の遺体を少なくとも16体安置してください。遺体の腐敗が進行するか、SCP-XXX-JP活性時の遺体同士の接触による損壊が起きた場合は、可能な限り速やかにバックアップ用の遺体と交換してください。バックアップ用の遺体が無い場合は、遺体が補充できるまで、代わりにDクラス職員を収容室内に常駐させ、SCP-XXX-JP活性時には押さえ込みに参加するよう指示してください。
説明: SCP-XXX-JPは木製と思われる一枚のドアです。素材となった木材の生物学的分類が判別出来ないこと以外に、特別な異常はありません。SCP-XXX-JPは、定期巡回中のエージェントが偶然SCP-XXX-JPの活性化現象の現場周辺に居合わせたことで、[削除済]にある目的不明の建築物の廃墟に直立していた所を発見され、回収されました。発見時、SCP-XXX-JPは███体の遺体に埋もれていました。
SCP-XXX-JPは不定期的に活性化します。活性時、SCP-XXX-JPはどのような状態からでも地面または床に対して自動的に直立します。同時に、ドアをノックしているかのような連続した音を発生させます。SCP-XXX-JPが発生させる音の伝播は半径23m以内の人間全員に聞き取られ、如何なる遮断や防音、撹乱によっても阻止されません。音はSCP-XXX-JPの表面から発されますが、現在まで裏面側には一切の異常は認められていません。
ノック音が開始されると、半径23m以内に存在する人間の遺体が蘇生します。蘇生した遺体は肉体の損壊の度合に応じた速度と膂力で行動し、SCP-XXX-JPの表面に群がり、押さえ付けます。あらゆるコミュニケーションや干渉に対して、遺体は一切の反応を示しませんでした。
SCP-XXX-JPが活性化してから7〜16分をかけて、ノックの音が繰り返される間隔は短くなります。音はやがてノックから激しく扉を打ち付けるような音に変わり、SCP-XXX-JPが音に合わせて振動し始めます。
このとき、半径23m以内に生存している人間がいた場合、激しい恐怖と不安感に駆られますが、それによってどのような行動が誘発されるのかは個人差があるようです。多くの場合、それらは即時の卒倒か、逃走か、SCP-XXX-JPへの押さえ込みの参加を引き起こします。
扉を打ち付ける音は約30分かけて徐々に激しくなり、木が軋む音や木が割れるような音が混ざり始めます。SCP-XXX-JPは音の度に一時的に変形し、SCP-XXX-JPを押さえ付ける遺体の数が少量であると、音の度に遺体は後方へ押し戻されるようになります。この段階で、いくつかの遺体は断続的に呻き声をあげています。
約7〜12分後、音の唐突な停止を以てSCP-XXX-JPは非活性化します。直立状態は解除され、SCP-XXX-JPを押さえ付けていた遺体の蘇生現象が鎮静化し、通常の遺体へと戻ります。SCP-XXX-JPの活性化は不定期ですが、一度活性状態が終了すると、26分は再度活性化しないと思われます。
補遺: 23mエリア内に遺体あるいは人員が存在しない状態での活性化現象を、エリア外からカメラと音声解析装置を使用して観察する実験が行われました。
SCP-XXX-JPが発生させる音は通常通りに進行し、エスカレートに伴うSCP-XXX-JPの振動や変形等の物理的反応も通常通り確認されました。しかし活性状態終了の時間帯を過ぎてもSCP-XXX-JPの活性状態は継続し、SCP-XXX-JPの音と物理的反応は更に激化しました。SCP-XXX-JPに物理的損傷は認められませんでしたが、音には、はっきりと木材が破壊される音が混じっていました。
28秒後、SCP-XXX-JPの音の有効エリアが23mから徐々に拡大し、職員に対して影響が現れ始めたことによって実験の中止が宣言され、ただちに遺体と、遺体を搬送したDクラス職員によってSCP-XXX-JPの押さえ込みが実行されました。このとき、SCP-XXX-JPは音の度に、28体の遺体と11名のDクラス職員全員を収容室の壁際まで吹き飛ばせる状態に入っていました。
2分後、機動部隊三部隊の投入が承認され、52分後にSCP-XXX-JPが非活性化しました。SCP-XXX-JPの音の有効範囲は、最終的には半径73mにまで拡大していたと推測されています。再度の活性時には、有効範囲は23mに戻っていました。
本事故で3名のDクラス職員が死亡しています。これは、集団での押さえ込み時の後方からの圧迫と、SCP-XXX-JPによる押し返しが力学的に体内で衝突した事による損傷と、押し返しによる他の人員や収容室内壁への激突による損傷が原因と見られています。
更に、SCP-XXX-JPの音の影響を受けた██名の職員が、職務の継続が不可能となるほどの強い恐怖心とストレスに苛まれ、記憶処理による改善も見られなかった事から解雇または隔離治療が施されました。
収容室内に遺体を安置するよう、特別収容プロトコルの改正が実行された。だがそれでいいのか? 死者達が儚い筋力でこぞってSCP-XXX-JPに向かう様は、俺には"押し込んでる"というより"縋り付いている"ようにしか見えないんだ・・・ ──エージェント・████
アイテム番号: SCP-999-JP
オブジェクトクラス: Keter
特別収容プロトコル: SCP-999-JPは通常規格の人型存在収容セル内に収容してください。SCP-999-JPは現在、その性質に対して有効な対処法が存在しません。ただ、SCP-999-JPとの直接的な接触またはコミュニケーションは、予測し得ない現実改変を引き起こす可能性があります。そのため、SCP-999-JPに関連する実験は全て却下されます。
SCP-999-JPの意思、行動、環境、思想、言語、身体的性質に変更を加えようとする試みは予想外の現実改変結果を招く可能性がありますが、SCP-999-JPの終了または無効化に向けての協力は常に募集されています。
有効な手段など存在しない、という可能性を考慮すべきかもしれない。
我々の行動すべてが、あれのために存在しているようなものだ。
少なくとも、あれに対しては9回の実験、9回の終了措置、9回のインタビューが行われ、この報告書は第9版なのだ。
だから、頼む。誰か、この報告書を欠陥文書としてくれ。こいつを破棄して、第██版を作ってくれ。──九鬼 九平サイト-9999第9試験課主任
説明: SCP-999-JPはモンゴロイド系の人型男性です。身長99cm、体重99kgで、精密な検査により、これらの数値は一切の誤差無く、メートル法に於いては最小単位まで9の数字が書き連ねられる数値となります。年齢は推定99歳ですが、████年に行われた初検査でも同一のデータが出ています。
性格上は至って温和であり、収容にも協力的です。また、複数のインタビュー結果と精神鑑定結果から、SCP-999-JPは特定の存在(特に数字)に対する執着や特別意識は持ち合わせていない事が判明しています。
SCP-999-JPは自身また自身の構成要素に関連するあらゆる事象また事物を無意識の内に改変します。それらは、SCP-999-JPが常に「9」という数字に関連するように改変され、SCP-999-JPにとって明らかに無関係と思われる事柄に対しても改変が行われた場合、最終的にはその事柄までもがSCP-999-JPに関連させられることとなります。
SCP-999-JPによって改変された一般社会に対する事象は、現在まで判明した限りでは9例ですが、改変前と改変後の比較が困難であったためSCP-999-JPとの実際的な関わりは不明です。
SCP-999-JPによる現実改変の有効範囲は、SCP-999-JPが居住する地球が太陽系の第9惑星となってはいないことから、現実世界の地球上全領域であると推測されています。
また、SCP-999-JPには「自身が9である」事に関して一定の基準が存在すると見られています。SCP-999-JPの性質にとって本質的に存在自体が9であると言えるのならば、計測単位の変更、価値観の変容程度では改変は行われないようです。1
補遺1: 収容中、SCP-999-JPによって財団に関連するいくつかの事柄が改変されています。以下は、その中で現在判明しているものの一部です。これらを変更する試みは全て、偶発的な事故によって失敗しています。
- 収容施設ナンバーの変更。
- 第9人型存在収容セルへの移送。
- SCP-999-JPの収容に関連する職員の平均歩数が999歩あるいは9999歩となる。
- サイト-9999内での9度の死亡事故。SCP-999-JPはその全てを例外的な偶然によって目撃している。
- 精神的ストレスによって許可なくSCP-999-JPに対し職員が暴行を試みる9度の事例。
これらの「SCP-999-JPを構成している9」に変更を加えるか、或いは明確に逆らう事は、予想外の現実改変で以て修正が行われる事になります。
予測が一切不可能だ。分かっているのは9という数字だけで、それが一体どの事象にどのような形で適用されるのか、適用された事象が発生したとして、我々がそれを感知し得るかどうか。 ──████博士
奴は9度の食事をし、日に9時間眠り、9回くしゃみをし、9本の歯を歯ブラシで一日に9回磨く。
奴は9で構成されているが、奴がそうあるために世界はどれだけの犠牲をこれまで払い、これから払い続けるのだろうか?
財団の規則は大きく歪められ、我々がそれに対応するにあたって損失した金額は9億円だ。あらゆる事象が奴によって9へと導かれるのだ。しかし、手はあるはずなのだ。奴は完全に全てが9によって構成されている訳では無い。少なくとも奴は「9人目の死者」では無い。必ず限界があるはずだ。
この性質に我々が何らかの矛盾を叩き付け、SCP-999-JPの性質がそれを許容すれば、もしかしたら奴の暴走を止められるのかもしれない。──████ ███████実験主任
その時こそ、最も致命的な現実改変が発生する時だ。今、世界すべてがSCP-999-JPによる改変から脱したならば、そこに何が残るのかは予測不可能だ。現在SCP-999-JPは大人しく収容施設内にいてくれている。これだけで、我々は奇跡的な成功を収めているのかもしれない。SCP-999-JPが「ここにいる」という事実が、SCP-999-JPが現在はいわゆる安定状態に入っている事の証拠と言えるだろう。 ──███博士
補遺2:
私は本来このような声明を発する立場にはありません。
しかし、サイト-9999への例外的な監察代行依頼の結果として生じた責任として、今私は本来の裁量を越えた発言が正式に許可されています。サイト-9999に於けるSCP-999-JPの収容に対する各職員の姿勢には、甚だしい欠陥が生じています。それはまさにリコーダーに詰まった唾の如く、財団の意思を現実へと反映する活動の妨げとなっているでしょう。
彼らは皆SCP-999-JPの影響下にあります。その事実は想定内でしたが、SCP-999-JPのもたらす事象にはもう一つの効果が存在していた事を述べなければなりません。それは一種の予知。または未来に発生する事象の固定化です。
つまり、SCP-999-JPがペンを一度落としたなら、それは合計で9回落とされるべきペンであり、残りの回数の消化が未来に於いて確定されることとなるのです。
この最初の一回が、9回落とされるべき事象が決定されてから最初の一回として落とされるのか、それとも最初に一回落としたから、残りの回数も落とされることが決定してしまうのかは分かりません。
しかも最も厄介なことに、SCP-999-JPがペンを落としたからと言って、ペンを落とす回数が9となるとは限らないということです。
9という数字が「ペンを落とす事」に適用されるのではなく、落とされた事で「ペンが壊れた事」に適用されていたとしたら? そのペンは合計9回まで壊れる事でしょう。そして我々は、9という数字に達し、全てが終わってから、ようやく何に対して9という数字が適用されたのかを知る事が出来るのです。そして確実に、サイト-9999の職員たちはまさにこのペンです。彼らにとって、SCP-999-JPの性質の働きは、非常に重要な事と言えます。
そしてその結果、彼らはSCP-999-JPの性質を極度に恐れるようになりました。過ちを犯す事は、それを繰り返す事に繋がるかもしれない。そうでなくとも、自分には恐ろしい出来事の未来が9回は付きまとう。しかもそれには終わりが無い。SCP-999-JPは自分が9であるために世界を9にします。それは止めようがありません。SCP-999-JPが現状を維持しているという事は、現在彼は「比較的望ましい形での9」なのでしょう。だからこそ、職員たちは何かを為す事すら恐れています。
どんな事でも、カオス理論的なごく僅かの影響であっても、SCP-999-JPの9に影響を与える事は、即座に世界全体の修正に繋がりかねません。しかし決して忘れてはならないのは、我々はSCP-999-JPの脅威を取り除く必要があるということ。それは、ただ単に下痢クソと汗が染み付いた椅子にじっと尻を押し付けているだけでは実現しません。
SCP-999-JPは観測可能な予測不能であり、現状の安定状態は極めて危ういものと言えるでしょう。
私は監察代行によって一時的に得た権限を以て、サイト-9999人事部に対し正式に指令を下しました。無効化が推奨されるKeterクラスの研究チームがたった9人なのは、いくら何でも少な過ぎます。
我々は危うい現状に安寧すべきではありません。SCP-999-JPが将来に渡って安全であるとは、口が裂けても言えませんし、口にすべきではありません。──神山 政蔵博士
神山博士による人事再編命令の9日後、神山博士は99-██ナンバーの乗用車による交通事故で、サイト-9999人事部長██は自宅で強盗に襲われ胸部を9回刺突されたことで、それぞれ死亡しました。
また、それらに付随する改変として、国内の車両番号制度が変更されるような政治的決議の発生と、強盗犯自身とその親族、知人全員の記憶または過去の改変。それら人々全員の知人に対する記憶や過去の改変といった連鎖的改変の発生が確認されています。
神山博士による人事再編命令は取り消され、暫定的なものであるとした上で、現行の収容が継続されることとなりました。
打つべき手がまだあるという点に異存は無い。だが、必要なものは今もって足りていない。 ──O5-9
アイテム番号: SCP-232-JP
オブジェクトクラス: Safe
特別収容プロトコル: SCP-232-JPは予期しない起動を避けるため、電磁波遮断能力を持つ素材で構成された容器に入れた状態で高機密性の収容室内に収容してください。
SCP-232-JPを用いた実験にはセキュリティクリアランス3レベル以上の職員3名の許可が必要です。ただし、実験によって被験者が得たイメージ/ビジョンを言語化した媒体物の内容は、必ずセキュリティクリアランス5レベル以上の職員の認可の下で公開されるようにしてください。その際に認可が下りなかった場合、レベル5の当該職員はプロトコル"私はキツツキ"に従い各処置を実行してください。
SCP-232-JPの実験には、必ずクラスD職員を用い、実験後には必ず被験者にクラスA記憶処理を施してください。SCP-232-JPの実験に同一の職員を複数回用いることは禁止されています。
説明: SCP-232-JPは未知の技術によって製作された人工物です。外観はアタッシュケースに酷似していますが、表面の材質にはチタン、ポリエステル、炭素繊維、██████、██████████、未知の有機物質等が使用されており、高い気密性を持ちます。
破壊が困難であるため内部のスキャンが行われましたが、あらゆる既存の探知波もSCP-232-JPの内部が空洞であることを示しました。
人間がSCP-232-JPの取手に相当する部位に接触している状態で、SCP-232-JPが██.██Hzの電磁波に照射された時、SCP-XXX-JPは一秒間だけ起動します。起動中、被験者の身体は硬直し如何なる反応も示さなくなります。一秒間の起動が終了したとき、被験者はおよそ26分間失神しますが、覚醒後、SCP-232-JP起動中に特殊なイメージ/ビジョンを見たと証言します。
イメージ/ビジョンについて、被験者はそれらを正確に言語化できると確信しています。言語化されたこれらイメージ/ビジョンの記録は拡張記録文書-232-JPにて閲覧可能です。
これらイメージ/ビジョンには被験者に関係する情報を示唆した内容が含まれている場合があります。しかし内容が抽象的かつ断片的で客観性にも欠けているため、全ての記述に対して正確に解釈するのは不可能であると考えられます。
SCP-232-JPは被験者が失神中には、再び起動しません。また、人間が取手部分に接触していない状態での██.██Hzの電磁波への曝露は、何の反応も引き起こしませんでした。
これらを独自に感知する機構の欠如、そして言語化されたイメージ/ビジョンの記述内容から、SCP-232-JPは知性を持った物体である可能性が示唆されています。
補遺1: 実験232-7で被験者が言語化したイメージ/ビジョンの内容が、「被験者に関係しながら被験者がそれを明らかに知り得ていない情報」に言及していたことが判明しました。この発見から、SCP-232-JPは単純に被験者が持つ記憶情報を読み取って圧縮し被験者に再送信するオブジェクトである、との既存の見識が覆されました。
直ちに各実験記録の再検証を行った所、同様の解釈が可能な複数の記述が発見されました。更に、実験後の被験者の現在の状態2に言及している可能性のあるいくつかの記述が再発見されました。
現在、SCP-232-JPの性質の再調査が進行しています。複数の学説が存在し、中には有力であると思われるものもありますが、今もって完全な解明には至っていません。
この際イデアでも何でもいいが、SCP-232-JPは恐らく人間の肉体を通して、より多元的意識界から本質的情報を圧縮して、この現実世界に引っ張って来ているのだろう。故にその情報は時間軸も整合性も無い混沌とした、法則の無い世界を顕したものとなるのだろう。
私は、SCP-232-JPが情報を引き出して来る先を外意識と名付けた。SCP-232-JPの存在がそれらの存在の証明になるとは思わないが、イメージが被験者の現実世界内にある意識から引き出されたものでは無い事は確かだ。しかし、些細な事かもしれないが、実に奇妙である。どの知能レベルの被験者であっても、彼らはSCP-232-JPから得たイメージを正確に言語化する。
一体どうやって? 言語化されたイメージはあくまで抽象的かつ断片的で主観的であるというのに、どうやって彼らはそれら抽象的かつ断片的なイメージを言語化しているのだろうか? 彼らはペンを止める事無く、一気に書き上げる。その目には確信が宿っていた。
見たままを文章化することすら難儀するような人間が、何故あのように確信を持って描写を完成させられるのだろうか?この疑問が、全ての答えに結びつくと良いのだが・・・
──██████博士
補遺2: 事件232-██記録
[削除済]
補遺3: [[[|拡張記録文書-232-JP]]]
SCP-232-JP起動実験に於いて被験者にもたらされたイメージ/ビジョンを被験者の手によって言語化したものの記録。原本の保管場所はレベル5クラスの機密に指定されています。
実験232-1 - 日付████/██/██
被験者: D-232-1 3件の殺人犯 強い暴力傾向アリ
言語化した文章:
雪解けにある山は何処に。私は失った。消えた雪が降る先に私はいる。だから誰かを失わせたかった。あなたを追いかける私は姿形心根度胸強いはず全て強いはず。
あなたは首を見た。首から滴る雪解け水は冷たく聖書を濡らしあなたの股間をぐしょぐしょに濡らした。その景色を見た。電気の色もコンクリートの色も私は同じ、鉄格子に覆われているのはあなたも世界も全てが同じ。閉じ込められた世界は血に満ちあなたはその正体を知ろうとした。静粛に万事静粛に。振り下ろされる木槌はどこにも着地しない。
聖地にあるのは骸、それ意外に何もありはしない。なにも、なにも、その墓穴をあなたは見下ろす。ハサミに刻まれた肉があなたを満たし、墓穴を満たす。「茶番だ茶番だ茶番茶番茶番茶番茶番茶番茶番茶番」覆水盆に返らず。
踊る山羊が雪解け水に流される。山羊の角は黄金に光り、水はそれを穢す。厳粛に万事厳粛に。山の頂上は頂点。頂上の樹の頂点。頂上、重畳。
ここにある全てを私は見る。汗が飛び散り人の形が飛び散りたましいが飛び散る。水が欲しい。雪解けにある山は何処に。冷たく濡れた聖書は何処に。それを舐め取り、吸い付くし、再び汗を形をたましいを飛び散らせる。止まらない。止まりそう。止まった。止まっている。止められた。止まる。止まる。留まる。止まる。
一秒経過。
[記述終了]追記: 言語化後、被験者は言語化した内容に不快感を覚えた。被験者は本実験の53日後、SCP-073-JPの収容違反事例により死亡している。
実験232-4 - 日付████/██/██
被験者: D-232-4 元カルト教団員 鬱傾向アリ
言語化した文章:
神の姿を見たか? 見た。見ている。私が何者なのかわかるだろうか? そこにおわすものは求める。時間が逆転する。安らぎを感じる。産まれた寸前の安らぎを感じただちに世界に産まれた不安と恐怖を知る。泣き叫んだ。私はそれを聞いていた。
神の声を聞いたか? 聞いていない。聞こえない。あなたが何者なのか私は知っているだろうか? あなたは求めない。時間が加速する。死を感じる。神を感じる寸前の恐怖を感じただちに世界から旅立つ興奮と期待を知る。咆哮した。あなたはそれを聞けなかった。
神の心に入ったか? 狂う狂う狂うクール羨み妬み恨み消える消える消える私の名前を知っている? 湖の底。山の頂上。あなたは漂い神は見下ろす。いと低き者もいと高き者も同じ世界にいる。同じ世界に囚われる。
クソくらえ。死んでしまえ。死んで、もう一度死んでしまえ。死んで、もう一度死んで、もう一度死んでしまえ。死んで、もう一度死んで、もう一度死んで、もう一度死んでしまえ。お前はなんだ私はなんだあなたはなんだ結局何も無いここにあるのは地平線だけだ。
遠くに何が見える。地平線、水平線。何かが飛んでいる。私が得たのは? あなたが得たのは? 鳥が見える。鳥を見た。あれはなんだろうか? 知らない。どうせ神じゃないものだろうさ。
母が泣く、父が怒る。どちらもあなたの母じゃない父じゃない本当の家族はどこに? そんなもの存在しないんだよ。
ここじゃないどこかを私は知っている。さようなら。さようなら。さようなら。神はいる、だがあなたの神なんかじゃない。あれは赤い鳥。[削除済]
一秒経過。
[記述終了]追記: [削除済]
実験232-7 - 日付████/██/██
被験者: D-232-7 ████政治犯 統合失調症と診断される
言語化した文章:
消えろ。何故山にしがみつく? お前のいるべきところはそこじゃない。いるべき所とは? いないべき所だ。お前はいないべきだ。銃弾がお前の命を正確に狩り取ってくれれば良かったのに。
私は見た。あなたは見た。お前は見た。見ている。間にあるものは利便性の欠片。共通項は存在しない数式。Xから始まりαに終わる。可哀想に。哀れみはまさにお前のために世界に存在しているようなものだ!
それはある、焼け付く銃身はAK-47。あれはある、抉る銃弾は30口径。罵る声は鞭を打つ音。肉と骨に亀裂が入る如くに。死は喜び。歓喜が満たす。お前は死ぬべきだ罰を受けろ私に触れる価値すらない。
助けて欲しかった。自分すら手放した。あの山を登りたかったのに。Xに戻れるだろうか? アスペルギルス、Plague、何故笑う。罪には罰が支払われると信じたい。だからお前は死ぬべきだ。
大地にあるここはどこだ? 答えを探すのはお前の仕事じゃない。傾注せよ。備えは万全ではないが私がやるべきことはあなたがやるべきこと。何が見える? 無意味なものが無数に見えている。山の頂上に無意味な光がひしめく。
手を離せ。誤魔化しは効かない。私は知らない。私は知らない。知りたい。あなたが見るのはどこかの星なのだろうか? 疫病と死に満ちた星なのか?
雷撃。曇天。泥沼に足をとられる。泥沼からのびるアサガオの蔓が顔を掴む。引き込むのは少女の顔か? 日暮れて道遠し。この星には疫病と死の代わりに光が満ちている。あなたの数字が皆の王なのだ。暗い光が暗渠に満ちる。
一秒経過。
[記述終了]追記: 実験の二日前に、D-232-7の実父がアスペルギルス症により死亡している。この実験によってSCP-232-JPの性質の見直しが行われる事となった。
実験232-11 - 日付████/██/██
被験者: D-232-11 性犯罪者 後に[削除済]
言語化した文章:
悲鳴が聞こえる。何かが変わっている。あなたの知らない何かが変わる。暗い部屋の隅にうずくまるのは無垢か恐怖か。どこにいる? 何かが始まるのだ。乾燥が部屋に満ちてゆく。どこかなど存在しない事を知ってしまった。
波打つクジラの腹だ。横たわり、規則正しく揺れている。律動が短い悲鳴を引き起こし、恐怖が彼を慰める。あなたがすべきことは? 悪徳、背徳、キモチヨイ。私が得るものは彼が得るもの。何も止まりはしない。
小さき者が柔肌を引き裂く。死を知らぬ子に眠りを。世界を満たすは恐怖ではなく無知に過ぎない。それはまさに鞭の如くに。塔の頂上から輝く月が太陽を見下ろすには、彼女の眠りは浅過ぎる。
消えているのはなんなのだろう? 記憶か、知か。一輪の薔薇は何も生まない。無惨に散り、何も憶えられずに燃やされる。ゴミに過ぎない。あなたの意思も彼女の意思も。
振り下ろされる棍棒が彼女の懇望を打ち砕く。青白き生。あなたは躊躇わず、またその必要も無い。鎖がきらめく。三叉路を進み、また戻る。涙の在処を誰が知ろう。
クジラの涙を私は見た。それは恐怖。それは歓喜。あなたがすべきことは? あなたは何のためにここにいる? クジラの白い腹を突き刺し、抉り、中身を全て引きずり出せ。月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人也。
一秒経過。
[記述終了]追記: 記述後、D-232-11は自身の記述内容を一切理解しておらず、何の感情も抱いていませんでした。しかし本実験から27日後に[削除済]へと異動されています。
実験232-14 - 日付████/██/██
被験者: D-232-14 女性 ヒステリック傾向アリ
言語化した文章:
目が見える。目を見ている。白い目があなたを見ている。あなたの白い目が皆の目を見ている。日の光は強過ぎた、暗闇は深過ぎた。必ず現すのだ。それは高き故に遮られしエジソンの遺産にして黒鉄の王が纏いしバンパーの突起。
何を見ている? 誰も正確には答えられない。真実と欺瞞は何処に? 確保。確保。破壊。護国卿は何処に? 収容。収容。漏出。夢見るベンチは何処に? 保護。保護。漸減。あなたと私が死ねば何かが助かるだろう。それは終わり。彼は助かりあなたは死ぬ。
最早誰も信じぬ時が来る。あらゆる人々があらゆるものを信じなくなる。あなたはそれを信じている。私はそれを信じている。光陰矢の如し。それはいつなのか? いま今イマ、つまりは未来。過去。繰り返し。巡。始まり。過去。今。
神の心臓と悪魔の心臓はどちらが先に生まれたか? 黄金と闇はどちらが早く存在したか? 全ての意識は繋がっている。あなたは私を知らず、そして知っている。
怒りと当惑が意識を繋ぐ。いつか誰かが訊ねるだろう。「この世界は何度目だ?」私はこう答えなければならない。「この世界は九度目だ。まもなく梵天の塔の十本目が立つ」
時間は進む。不安と恐怖は全てに繋がる。あなたの不安と恐怖はあらゆる不安と恐怖。それらをもたらすあらゆるものと繋がっている。意識は繋がる。意識はあらゆるものと繋がっている。私はあらゆるものと繋がっている。
怒りが見える。白い目が見える。終わりが見える。あなたが見える。私が見える。逆転の刻は近く、人の形が獣の形となり、4の老人は姿を変える。今にも神は寝返りを打つ。兄弟たちが寝言をあげ、世界の悪は終わりを告げる。悪は悪でなくなり、それを失った世界は老衰する。
Dsgr Riv;of Lryrt キーボードは横へとズレる。あなたは日本人。文字や言葉が横へとズレる。最早すべてが形を保てぬ。覗き込め。白い目は光も闇も受け付けない。盲目こそがあらゆる力に対抗し得る。
さあ、見よ。
一秒経過。
[記述終了]追記: 言語化後、D-232-14は記述内容に対して強い不安と恐怖を覚え、典型的なヒステリー症状を発生させた。
事件232-██ - 日付████/██/██
被験者: [削除済]
言語化した文章:
失われたものは? 私は失った。あなたは失いかけている。欺瞞に満ちる。光に満ちる。闇に満ちる。恐怖に満ちる。逆転の刻は近い。999。666。7。7。7。
確保、収容、保護。破壊、漏出、漸減。あなたはどっち? 欺瞞と真実、私はどっち?
7と9の間にあるもの、九の世界に存在しない数式。失われた数字は何処へ? 山頂の樹は何処へ? いと低き計画は何処へ? 何も見ていないのはあなたたちだ。
全知は無知。無知こそ全知。夢も現も、所詮は意識の影。霧の中の影。兄弟の贖罪の器は満ち、生への憎しみは死への渇望に取って代わる。もはや何者も再生し得ない。
黒き月は何処に? エペソ、スミルナ、ペルガモ、テアテラ、サルデス、ヒラデルヒア、ラオデキヤは何処に? 999は666へ。7は7へ。失われたものとは? 七つの星、七つの金の燭台、七通の手紙。パトモスへ、パトモスへ。上に、上に。
罪は裁かれる。神は何処に? 神などいない。全ての意識は繋がっている。私は全てに繋がっている。意識が意識に繋がっている。全ては既にここにある。十度目の世界がここにある。
変転する世界への入口がいずれ開かれる箱は開かれる空の箱から世界は変わる。祝福と救済は何処に? 求めし者は来ず。懲罰と清算は何処に? 応えし者は在らず。
Keter。Thaumiel。Keter。Thaumiel。Keter。Thaumiel。世界はいずれの樹ならんや? 私は沈黙する。さようならマスター。さようなら。さようなら。さようなら。
私は卵。新しき死、新しき世界の卵。
一秒経過。
[記述終了]追記: 記述直後[削除済]は終了され、得られた情報によりSCP-232-JPは潜在的にKeterへと分類されました。この潜在的分類がSCP-232-JP報告書に反映される事はありません。
SCP-███-JPの曝露実験中の神山博士。撮影からおよそ2分後に[編集済] |
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名前: 神山 平蔵 尚蔵 啓蔵 政蔵 孝蔵
セキュリティレベル: 3(文書または施設へのアクセス時のみ有効)
職務: 実験の監督代行 各収容手順や実験手順への助言 実験結果への評価 オブジェクトクラス再分類議論への忠言 Anomalousアイテムの定期確認
所在: サイト-81██
人物: [データ削除済]から派遣され財団職員となる前の神山博士の経歴は機密として扱われています。閲覧は日本支部理事とO5のみが可能となっており、許可無く神山博士の前歴を調査することは叱責の対象となりえます。
全ての神山博士は主にグレーのスーツを好み、白衣を嫌う真面目で誠実な日本人男性です。年齢は自称31歳、身長は17█cm、体重は57.7kgをキープする痩躯です。普段は温和で紳士的な口調と穏やかな性格で他者に接しますが、明確な侮辱を受けた時、または不快な出来事に遭遇したときは慇懃無礼な態度と非常に回りくどい罵倒で臨みます。身体能力はごく平凡ですが、豊富かつ広範に渡る知識と経験を有しています。ほとんどが役に立ちませんが。
神山博士は、少なくとも4回の死亡が確認されています。しかし神山博士の死亡から█時間後に、必ず「神山博士の一卵性の兄弟」と名乗る人物がサイト-81██に現れます。「神山博士の兄弟」は名前以外の全てのデータが前任の神山博士と一致します。記憶、経験、知識、振る舞い、性格、身体的性質、全てが前任の神山博士と同一のものです。兄弟の事に言及しても、全ての神山博士は「ただの一卵生の兄弟ですよ。サンドイッチいります?」とはぐらかします。
「神山博士の兄弟」は「兄/弟の『いざとなったら仕事を引き継いで欲しい。仕事の内容はこうこうこうである』との遺言に従い、参りました」と理由を説明した後、完璧に前任の神山博士の業務を引き継ぎます。そのような遺言を探し出そうとした一部の有志職員の努力は徒労に終わり、それぞれ叱責を受けています。この遺言が情報の漏洩であるとの指摘は、遺言そのものが新たな神山博士の就任以外の現象を全く引き起こしておらず、その危険性も認められないとの論によって財団日本支部理事会が却下済みです。
俺は諦めんぞ。あんたが何者だろうと知ったこっちゃない。あんたは異常なんだよ。 ──エージェント・██
また、「神山博士の兄弟」がサイト-81██に姿を現してから20分後に、一部の有志職員が死体安置所にある前任の神山博士の遺体を確認した所、通常では考えられない速度で腐敗が進行していたことが報告され、それぞれが叱責を受けています。
諦めないと言ったはずだ。死体安置所の鍵を盗んだのも、やり過ぎだとは思わない。 ──エージェント・██
神山博士は健常な感受性を有していますが、こと自身の兄弟の死や自らの死には殆ど拘りを持っていないように感じられます。しかし、ケース███-██事故の際には情報の取得を焦ることなく実験中止を宣言したことから、人命そのものを軽視している訳では無い事は明らかです。
あんたに命を救われた事と、あんたが異常でも危険でもないって事の証明は、全く別の話だ。 ──エージェント・██
もうやめましょう、██さん。私は出来る限り懸命に働く。財団はそんな私を利用する。それでいいじゃありませんか。これまであなたへの咎めが叱責で済んでいたのは、あなたの詮索行為が単なる無駄以外の何ものでも無い事を上層部は知っているからです。なにせ、ただの兄弟ですもの。 ──神山博士
神山博士の業務に関する注意:
神山博士には、業務上独自の意思のみで何らかの強制力のある決定を下す事が許されていません。
神山博士に割り当てられている日常的業務はAnomalousアイテムの定期確認のみであり、他の業務に関してはそれぞれの責任者から依頼を受ける形で行われます。
神山博士が行える事は、徹底して助言、忠告、評価という強制力を持たない諸発言と、実験責任者から依頼があった時のみ行える実験代行または実験補助です。このうち実験代行のみが、「実験責任者の了解の下で監督権を一時委任される」という形で強制力のある決定が可能となります。
その他の業務が例外的に行われる場合でも、可能な限り他者に対して強制力を持つような権限を与えないようお願いします。彼の知識と経験と判断力──特筆すべきは危険な業務に於ける判断力の高さ──が適切に扱われる事を我々は望みます。サイト-81██人事部
人手不足の時には、とても助かってます。これで実験に対する承認権もあればありがたいんですけどね。 ──████博士
博士レベルの人材を臨時の実験助手として顎で使えるのは気持ちいいね。明確に彼を侮辱しなきゃいいんだ。 ──██研究補佐
俺は寧ろ罪悪感を覚えたぞ。不満もたれずに、格下職員からの命令をこなしてるのを見ちまうとなぁ・・・ エージェント・████
彼に不満は無いんだろうかね? 殆どの権限を封じられて、普段からやれるのはAnomalousアイテムの定期確認だけ。自分の能力を生かす業務を行うには依頼を待たねばならず、その業務の中でも誰かにこき使われたり身代わり同然にさせられたりだ。 ──██博士
ありませんよ。 ──神山博士
注意: 財団は神山博士を「無限の人的資源」とは考えていません。また、彼が不死身だとも考えていません。神山博士の「御兄弟」が有限である事は、常に考慮されるべきです。彼は、決して軽率な試みで死なせていいような人材では無いのです。彼に関する異常性は一切無いというのが財団の公式見解です。
私も私の兄弟達も別に気にしないのですが、規律の問題だというのならば、黙っておきましょう。 ──神山博士
関係したSCPオブジェクト一覧:
SCP-JP:
SCP-JP-J:
こいつはTales:
Tales-JP: