mizunoの水たまり
無難なSCPを作っていきたいところです
ここもなんとかせねば

「海を持ってきてください」
「…突然、無茶をいうね」
あまりに突拍子の無い発言に、上手く反応を返せなかった。
普段はろくな冗談も言えない子だというのに、無意識なのかそうでないのか、
たまに思考が吹き飛んだような事を言い出す。
「ほら、私外出すると、晴れの日を狙ってもいつも天気予報が外れちゃうんですよ。
もしそれでいざ海にいって雨になったら、なんだか他の人たちに罪悪感を感じちゃうじゃないですか?」
「実に難儀かつ迷惑な体質だな」
「ちがいますよぉ、ただの偶然です」
「それなら、最初から雨の日に行けばいい。なに君なら普段とそう変わらんだろう」
「言うと思いました、絶対寒いじゃないですか。相変わらずいじわるですねぇ」
言葉とは裏腹に、何がおかしいのか楽しそうな声が返る。
「だから、海の方を持ってきてくれればいいんです」
「なんにせよ、私達ほど海が似合わん組み合わせもあるまいよ…」


「そういえば、君に殺されたことはなかったな」
波に揺られ、周囲の水平線を見渡しながらポツリとつぶやく。
何かのバグ的なものだろうと思っていた。
殺される気づかいをしない話相手も悪くないと思っていたんだが。


彼は殆どの人間にとって、鼻持ちならない存在だった。
目にしただけでも嫌悪をもたらし、口を開けば不快を煽る。
理性ある者は、そうできる場合には彼を無視した。
話をしなければならない場合は罵倒し、多くの場合は殴打で会話を終えた。
他人の目を気にせず、理性の閾値を超え、たまたま凶器となるものを持っている状況下では
他者は容赦なく彼を殺した。

ほぼ毎日、彼は命を落としていた。
それでも彼はまったく懲りずに人前に姿を現し、嘲り、皮肉り、そして死んだ。

彼はそういうものだった。


「いまの総人口は…3万人と言ったところか。まだわりと足掻いているようだ」
そうつぶやくうちにも、彼の知覚はその数がみるみる減っていくのを感じている。
役割を果たしに死んでもいいが、その必要もなさそうだ。

彼はいつからかある「仕組み」の一部であり、そのセンサーでもあった。

彼が他者に殺されるとすぐ、その仕組みは彼を蘇らせた。
最も近くにいる人間のそばで。そして彼は毎日のように殺され続けた。

過去に、いや過去でも未来でもないいつか。
彼が死なない日々が続いた事があった。
その「仕組み」は、天地創造の期間が過ぎても、彼が死んでいないことを知った。
それは彼を殺す人間が一人もいなくなったことを告げていた。
その「仕組み」は世界の歯車のギアを掛け変え、逆回しをし、裏返した。

そしてまた彼と、彼を殺す人々は元通りになり、変わらず彼は殺され続けた。


太陽は水平線から無為に昇り、また沈んでいった。
風はなく、見渡す限りの海が凪いでいた。
少し以前から彼には、他者を感じることが出来なくなっていた。
「…つまりは今しばらくの間、君と私は二人きりというわけだ」
小舟の上で、日と塩に焼かれた顔を歪める。

軽く風がたち、小舟がふわりと揺れた。彼は何処からか笑われたように感じた。

数刻後、雨が降り出した。